第11回(2004年度)読売国際協力賞
笹川陽平 世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使
特別賞:奥・井ノ上イラク子ども基金
国際協力活動に貢献する個人や団体を顕彰する読売国際協力賞の第11回受賞者は、笹川陽平・世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使(65)に決定しました。正賞と副賞500万円を贈ります。また、イラク復興支援活動中の昨年11月に殉職した、在イラク日本大使館員2人を記念して設立された「奥・井ノ上イラク子ども基金」に特別賞300万円を贈ります。
笹川氏は理事長を務める日本財団と共に30年間にわたり、地球上からハンセン病を撲滅する活動に貢献。2001年からは特別大使として世界キャンペーンに従事しています。そのかいあって、2005年の制圧目標年を前に、かつて1000万人を超えた患者数は約50万人に激減しています。
また、奥克彦大使と井ノ上正盛1等書記官の殉職は、身命を賭(と)した国際貢献の重要性を再認識する契機となりました。その志を継承する同基金には大きな期待がかけられています。
表彰を受ける笹川氏(左)
笹川陽平(ささかわ・ようへい)氏
1939年東京都生まれ。65歳。明治大学卒。84〜89年日本造船振興財団理事長。89年から日本財団理事長。ロシア友好勲章、ミレニアム・ガンジー賞、チェコ・ハベル大統領記念栄誉賞など受賞多数。
世界を奔走30年 ハンセン病撲滅へ尽力
第11回読売国際協力賞は、ハンセン病撲滅のため、自身が理事長を務める日本財団とともに、30年余にわたって途上国を中心に治療薬の無料配布や、医療活動支援などに献身している笹川陽平・世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使に決定した。笹川氏は毎年、患者発症率の高いインドやブラジルなど20か国以上の地方や辺地を訪れており、日本財団がこれまでWHOなどに寄せた撲滅運動資金は2億5千万ドル以上に上る。またイラクで殉職した奥克彦大使と井ノ上正盛1等書記官を記念して設立された「奥・井ノ上イラク子ども基金」に対し、特別賞が贈られることになった。基金は途上国の子どもたちの教育支援を理念に掲げ、準備活動を開始している。
インド西部のジャルカンド州の州都・ランチ市から車で約1時間。人里離れた小高い丘の上に、社会から追われ、行き場を失ったハンセン病患者たちの集落「インディラ・ナガー・コロニー」があった。
昨年3月、この集落を訪れた笹川氏は、患者たちの手をとっては、次々と声をかけ続けていた。
「何か足りないものはありますか。元気出して」
後遺症で両手が変形した女性は静かにうなずく。近づいてきた最長老の男性は「治療費がなくてこうなってしまった」と両手を差し出した。やはりすべての指が硬く固まっていた。
「この病気は早く手当てすれば完全に治る。そのことを多くの人に知らせて、病気の理解が進むような社会運動を急いで起こしてほしい」。笹川氏は州当局の衛生担当官を訪ね、粘り強く訴えた。
薬無料配布 資金提供も
30年以上も続けてきたハンセン病制圧活動。その大半は、ハンセン病のまん延する国を訪ね、患者たちの声に耳を傾けては、各国政府のトップ、WHOの担当者に実情を訴える地道な活動に費やしてきた。理事長を務める日本財団からは、1995年から5年間、治療薬を全世界に無償で提供した。医療面からも多くの人々を救ってきた。
海外での活動は年間3か月に及ぶ。インドは毎年3〜5回は訪れる。ハンセン病に対する、差別の悲惨さを肌で感じており、活動の原点もそこにある。
笹川氏をはじめとする関係者の努力が結実し、2003年の世界の患者数は、1985年のわずか1割(約50万人)にまで激減した。WHOは、ハンセン病患者を各国で1万人に1人以下にすることを目標に掲げているが、未制圧の国も85年の122か国から、今やインドやネパールなど9か国までになった。
「最後の1マイルに来ている。ファイナル・プログラムの最後の一歩のために、世界の力を結集したい。私はどんな力にでもなる」
インドでの活動ぶりを同行取材した際、笹川氏はこの言葉を何度も口にした。みなぎる決意は、人々の心を動かし始めている。
(注)「ハンセン病」 『らい菌』による慢性感染症。菌に感染すると、10年単位の潜伏期を経て皮膚に腫れやまだら模様が現れ、神経がまひし、手足に特有の変形が生じる。乳幼児期に感染者と濃厚に接触して感染すると考えられているが、感染力は弱いとされ、発症も極めてまれ。現在は、3種類の薬の服用で完治する。
両氏の遺影を前に記者会見で基金設立を発表する清宮克幸さん
【特別賞】奥・井ノ上イラク子ども基金
殉職外交官へ広がる共感
「奥・井ノ上イラク子ども基金」は、外交官としてイラク復興支援の任務にあたる中、現地で殉職した奥克彦大使と井ノ上正盛1等書記官の遺志を受け継ぎ、国の将来を担う子どもたちの支援に貢献しようと、今年8月、設立された。代表発起人となったのが友人や外務省関係者たち4人。その1人、早大ラグビー部監督・清宮克幸さんは同部で奥大使の後輩にあたる。
「今回の特別賞は大変な名誉です。基金設立から2か月がたち、募金額が700万円に達したところですが、受賞をきっかけに、広く基金のことが知られ、一般市民から募金が寄せられることを期待しています」
発起人を代表して受賞の喜びを話す清宮さんの表情には、意義ある支援活動を展開していこうという決意がにじむ。
基金設立にあたって財界やマスコミ、教育界から企業トップや大学学長など53人が発起人に名を連ねてくれた。イラク再建に日本が果たせる役割と場を求めて活動中、殉職した2人の外交官に対する賛辞と共感の広がりを示している。
基金はイラクを中心に途上国の恵まれない子どもたちの教育支援と、奥、井ノ上両氏のような国際社会に貢献できる日本人の人材養成プログラム援助――を設立趣旨に掲げる。しかし、現実のイラクでは治安がなかなか安定せず、厳しい状況が続いている。
清宮さんは「ラガーマン(ラグビー選手)だった奥大使にちなみ、子どもたちのスポーツ施設、たとえばサッカー場整備を手始めに具体的援助に入っていきたい」と抱負を話す。
そのためにも、地道な募金活動を欠かせない。先月20日、東京・秩父宮ラグビー場で早大と英国オックスフォード大学のラグビー友好試合が実施された際、会場で募金の呼びかけが行われた。来日したオックスフォード大学ラグビー部は奥大使が外務省入省後に留学中、所属して活躍したクラブ。試合も奥大使メモリアル・マッチとなった。
イラクで活動中の奥大使が、外務省ホームページに寄せた「イラク便り」をまとめた遺著には、アラビア語専門の井ノ上書記官と各地の学校や養護施設を訪ね歩く様子が描かれている。設備破壊や略奪にあった小学校を訪れた後、奥大使は「でも救いはあります。それは子どもたちの輝く目です」と書き残した。基金が目指すのも、そんな子どもたちの目から輝きを失わせないことにある。
(2004年10月22日 読売新聞)