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2008年11月4日(火) 科学フォーラム神奈川

「科学の知をどう生かすか」

人類繁栄のカギ、若さ生かし追究

 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」の「科学フォーラム神奈川」が11月4日、神奈川県平塚市の東海大学湘南キャンパスで開かれた。テーマは「科学の知をどう生かすか」。利根川進氏、小柴昌俊氏、クレイグ・メロ氏が、それぞれの観点から講演した。パネル討論は、会場からの質問に3氏が答える形で進み、活発な議論が交わされた。(文中敬称略)


▽参加受賞者(受賞順)
 利根川進 米マサチューセッツ工科大学教授(1987年生理学・医学賞)
 小柴昌俊 平成基礎科学財団理事長(2002年物理学賞)
 クレイグ・メロ 米マサチューセッツ大学医学部教授(2006年生理学・医学賞)
▽コーディネーター
 尾身朝子 東海大学教授

基調講演クレイグ・メロ氏「線虫が6つのノーベルメダルをもたらした!」

写真:クレイグ・メロ氏
Craig MELLO
1960年米コネティカット州生まれ。82年ブラウン大卒。フレッド・ハッチンソンがん研究センターなどを経て、2003年から現職。06年に「RNA干渉」に関する研究で生理学・医学賞を受賞。

 科学の世界で成功するこつは3つあると思う。まずは仕事を楽しいものにすることだ。仕事と趣味を近づけるとよい。次に、あきらめず懸命に仕事をすること。ただ、間違った研究を辛抱強く続けても何も発見できないので、複数の研究を並行して行い、そのうちのいくつかがうまくいくように願う態度も必要だ。

 3つ目は、素晴らしい同僚を見つけることだ。私は、アンドリュー・ファイア博士との協力がうまくいったおかげで、ノーベル賞受賞につながる成果を残せた。私たちは別々の都市で活動していたが、電話やインターネットを使って常に意見を交換し、信頼関係を築き、発想を分かち合った。

 科学への投資を抑えたブッシュ政権を振り返り、教育の大切さを痛感する。教育をおろそかにすると、国民は、重要なことは何か、大統領選で何を基準に投票すべきかが分からない。研究者は、優れた政策を実行できるように政治家や役人も教育しないといけない。

 ノーベル賞を受賞したのは「RNA(リボ核酸)干渉」というたんぱく質合成の抑制についての研究だ。体内にある一つひとつの細胞の中に、ウイルスのような有害な侵入者の複製を止める機能がある。1998年に私たちが論文を出すまで、そんな細胞の防衛メカニズムを誰も知らなかった。

 DNAには遺伝情報が記録されている。その情報をRNAが写し取り、たんぱく質を作る。ウイルスの作り方などが書かれた異常なRNAが細胞に入ってくると、2本鎖構造をした警察官役のRNAが働き始め、異常なRNAを破壊し、たんぱく質の合成を抑える。

 この警察官役のRNAが標的のRNAの働きを邪魔する仕組みを「RNA干渉」という。警察官役のRNAは、標的をうまく見つけ出す能力を持っている。

 私たちは、RNA干渉の研究に長さ1ミリの線虫を使った。線虫は小さくて構造が単純なので、端から端まで調べることができる。人間は線虫に似た細胞やDNAを持っており、線虫をモデルに研究すれば、人間の機能も分かってくる。様々なRNAの働きを阻害することで、コピー元のDNAの働きを理解できる。

 RNA干渉をどのように病気の治療に使うか。必要なRNAを作って細胞に注入し、病気を起こすたんぱく質の合成を防ぐ方法もある。たとえば、脳腫瘍(しゅよう)のマウスに、RNA干渉の仕組みを利用した阻害剤を与えると、腫瘍の成長が抑えられる。将来、人間のがん治療にもこういった手法が応用できると期待している。


基調講演利根川進氏「創造力をどう鍛えるか」

写真:利根川進氏
とねがわ・すすむ
1939年名古屋市生まれ。京都大学理学部卒。81年から現職。87年に「多様な抗体を生成する遺伝学的原理の解明」で生理学・医学賞を受賞。2009年、日本の理化学研究所脳科学総合研究センター長に就任予定。

 創造力を身につけるにはどうすればよいか。よく尋ねられるが、非常に難しい質問だ。私が現在研究している脳科学の分野でも、未解決の問題だ。だがそれでは答えにならないので、50年近い研究者としての経験に基づいて話したい。

 私自身にどのくらい創造力があるのか判断しかねるが、ノーベル賞の候補となるような研究をするには、創造性の高い研究をした学者を先生に持つことが大切だと思う。若い時には、テーマの選び方や研究の進め方など、よく分からない。そこで、優れた研究者の研究室に入れてもらい、やり方を学ぶのだ。

 私の場合、博士号取得後、サンディエゴのソーク研究所で、レナト・ダルベッコ先生の下で研究したことが大きかった。1970年のある日、旅行中の先生から「将来成果が上がりそうな生命科学の分野に免疫学がある」と手紙をいただいた。当時私は免疫学についてほとんど知らず、免疫学の分野で分子生物学の手法を使っている研究者も、世界にだれもいなかった。

 しかし、重要な未解決テーマを見抜く先生の大局観に感銘を受けていたので、スイスにできたばかりの免疫学研究所に就職した。そこでの10年間の研究がノーベル賞に結びついた。

 創造性の高い成果は、優れた指導者に、エネルギーと知性、高い志を持った若い研究者が遭遇した時に生まれると思う。ダルベッコ先生もノーベル賞受賞者だが、先生の研究室から、私も含め4人の受賞者が出た。先生の指導者もノーベル賞を受賞している。このような例はほかにもある。

 日本の場合、中央集権的な考え方や戦後に導入された画一主義、平等主義が、創造的活動の妨げになっているのではないか。米国の主要大学はほとんどが私立で、研究資金は卒業生や個人の寄付が大きい。各大学は自分たちで研究テーマを決め、独自性を出しながら競争している。

 日本、特に国からの予算が多い国立大学では、税金の有効活用との名目で研究テーマの重複を避けた調整が行われがちだ。その結果、活発な競争の中での切磋琢磨(せっさたくま)が少なくなっている。

 日本は、民主主義と社会主義のよいところを併せ持った素晴らしい国だと思う。しかし、科学技術を推し進めるためには、実力のある人や機関を優遇し、民間から資金を導入しやすくして、多様化と健全な競争を促進する必要がある。


基調講演小柴昌俊氏「宇宙、人間、素粒子」

写真:小柴昌俊氏
こしば・まさとし
1926年愛知県生まれ。東京大学理学部卒。70年に東大教授。87年、ニュートリノの観測に世界で初めて成功し、2002年に「天体物理学への貢献、特に宇宙ニュートリノの検出」で物理学賞を受賞。

 1964年、東大で助教授になった最初の授業で「宇宙、ニュートリノ、素粒子」と黒板に書いた。まず左に宇宙、次に右に素粒子と書いた。この両方を取り持つのは……「山勘だけど」と言って、真ん中にニュートリノと書いた。山勘も、うんと考えると当たる。

 宇宙が137億年前に生まれた時、今あるすべての天体が一点にあり、ものすごいエネルギーを持っていた。これをビッグバンと呼んでいる。その後、膨張して広がり、温度が下がったのが現在の宇宙だ。

 我々の体は、92種類の元素の組み合わせで出来ている。これだけの元素が地球上にあったから、我々のような複雑な生物が生まれた。ビッグバンの時はそうではなかった。極めて高い温度の中で粒子と反粒子が作られ、それが対になって消える、という繰り返しが起きていただけだった。

 それだけだと、星も我々も存在していないが、10億回に1回ぐらいの割合で反クォークでなくクォークだけが残り、宇宙ができた。今年のノーベル物理学賞に選ばれた小林さんと益川さんの理論は、宇宙の初めにクォークがどう生き残ったかを説明するものだ。

 生き残ったクォークがくっついて陽子や中性子を作り、水素とヘリウム、ごくわずかなリチウムができ、集まって星が生まれた。星の中で核融合が起こり、増えたヘリウムがくっついて炭素、酸素と、大きな元素が作られていった。

 そこでできるのは鉄まで。重い元素は、星が最後に重力でつぶれる時に生まれ、大爆発によってまき散らされた。この超新星爆発にニュートリノが関係していて、ニュートリノがないと、爆発は起きなかった。宇宙に放出された物質でできたのが太陽系や地球だ。だから、我々はニュートリノさんのお世話になっているのだ。

 目に見えない素粒子を観測できるのは、飛行機雲と同じ理屈だ。飛行機雲を見れば、地上から見えない飛行機の動きもわかる。ニュートリノの場合は、水分子の中の電子とぶつかった時に出る光を使う。

 太陽から来たニュートリノを見ようと観測装置のカミオカンデを1年半かけて準備したら、2か月もたたないうちに南の空で超新星爆発が起こり、そこから来たニュートリノ11個を見つけた。やがて太陽ニュートリノも観測した。それでカミオカンデのある神岡は「ニュートリノセンター」と呼ばれるようになった。


パネル討論

写真:尾身朝子氏
尾身朝子(おみ・あさこ)
 1961年東京都生まれ。ITコンサルタントとして、電子ジャーナル・デジタルアーカイブの分野で活躍中。2004年から東海大学総合科学技術研究所教授。

尾身 科学の知を社会にどう生かすか。

メロ 地球人口は科学技術が支えている。科学知識のおかげで医学や新薬開発が進み、50億人以上の食料を賄えるようになった。だが人口は100億人まで増える予測もある。人口増などに伴う様々な課題を解決しないと繁栄を持続できない。科学は、課題解決の鍵を握っており、日米欧は研究開発の投資額を増やすべきだ。若者には、科学者という進路を考えてもらいたい。

利根川 科学の知の生かし方は2つある。1つは、人類が直面する問題の解決に科学の知識を利用すること。新しいエネルギー源の開発や、環境を破壊しない技術を発明することなどが挙げられる。

 もう1つは、科学の発見について一般の人々に説明していくことだ。人々に科学の知識がないといろいろな問題が起こる。日本では、危険性がないと証明されている場合でも、遺伝子組み換え作物への拒否反応が強い。米国では、神による創造説を多くの人が信じ、進化論を信じない。真実に目を背けたまま政策を作ったり価値判断したりすると、社会にいい影響がない。

小柴 科学者が観察したり法則を見いだしたりした結果、宇宙は膨張していると我々は理解している。近年はこの膨張が加速しているという観測事実も出てきた。基礎科学は一文の得にもならないが、我々が住む宇宙がどういうものか分かるのは素晴らしい。

尾身 基礎研究の成果で様々な事象の理解が深まるのは楽しい。

小柴 応用を目的とした科学は産業に役立つが、研究結果をどう使うかを学者ではなく政治家が決めてしまうケースがある。典型例が、広島や長崎に落とされた原子爆弾だ。開発に携わった米国の研究者は「あの爆弾が人の上に落とされるとは考えていなかった」と話していた。だが、当時のトルーマン大統領は投下の命令を下した。

会場から 利根川先生が免疫学から脳科学に研究テーマを変えた経緯を知りたい。

利根川 学生の時に学んだ分子生物学の考え方を免疫学に利用して問題を解いた後、分子生物学に戻った。分子生物学の考え方と手法は、生命科学のあらゆる分野に使える。面白いテーマを探し、人間の脳に関心を持った。すでに50歳になっていたが、残りの人生は脳科学の道を歩むと決めた。

会場から RNA干渉の発見は偶然だったのか。

メロ 偶然というのは科学では重要だ。我々は線虫の細胞に2本鎖のRNAを入れてどんな反応が起きるかを見ていた。実験を進めると、標的のRNAが関係するたんぱく質ができなくなるという、驚くべき結果が出た。植物でも同じ結果が出て、どの生物にも同じシステムがあると思った。この仕組みの発見が、人の病気の治療につながることを願っている。

会場から 日本から米国への留学生が減っていると聞くが、問題はないか。

小柴 心配していない。私が若いころは、米国と日本の基礎科学の研究レベルには格段の差があった。理論よりも実験の分野で日本は遅れていた。だが、日本のレベルも上がってきた。米国に行かなくても、研究者は成長できる

利根川 米国の大学は素晴らしいと思う。そこにはオープンな文化があって、研究者同士、先生と生徒が、気軽に話し合える雰囲気がある。それが研究の促進に役立っている。日本の学生も、大学院か(博士号取得後の)ポスドク時代に米国などに出るのがいいと思う。

会場から 生理学・医学賞の受賞者が日本では1人しかいないのはなぜか。

利根川 難しい質問だ。ノーベル賞は成果を上げてから受賞まで時間がかかる。早い人で10年、遅い人で20〜30年。今年出ていないからといって、来年出ないとは限らない。

メロ 日本のことはわからないが、生理学の分野は基礎研究に重きが置かれている。よい人材を集め、成果を上げるためには、資金の投入が欠かせない。

利根川 ノーベル賞は、先べんをつけた人や、突破口を開いた成果が選ばれることが多い。日本の研究は、誰かが作ったものを発展させたものが多い。もっと先駆的、開拓的な研究を進めるべきだ。

会場から もし20歳に戻れたら、どんな研究をしたいか。

写真:フォーラムの様子
パネルディスカッションを行うノーベル賞受賞者(右から小柴昌俊氏、利根川進氏、クレイグ・メロ氏)

小柴 私が14歳の時にかかった小児麻痺(まひ)をなしにしてもらいたい。そうすれば、楽器を習っていただろう。音楽はいいなあと思っていたが、麻痺のために手を出せず、未練が残っている分野だ。

利根川 1つは、今研究している脳科学、ニューロサイエンスだ。50歳を過ぎて始めたので、自分はまだ教官レベルに達してない。もう1つは宇宙で、特に地球外生命に興味がある。

メロ やりたいことをしてきたので他の分野については考えにくい。最初からやるなら、今のことをもう一度やりたい。まだわからないことが多すぎるから。若い人には、いろいろなことを幅広く経験していくことが大切だと伝えたい。

会場から 大学院生だが、研究を進めるときに何を心がければよいか。

利根川 何をしたいのか、どういう分野に進みたいか。強い興味を持てる方向を決めてほしい。そして、最適なトレーニングを積むにはどうすべきかを考えること。目標を高く置き、トレーニングに励んでもらいたい。

会場から 中学2年の娘が科学者を志望している。大学は日本に行くべきか、それとも米国に行くべきか。

利根川 子どもが科学者を目指すのは、とても素晴らしいことだ。大いに激励してほしい。大学から外国に行く必要はなく、大学院からでいいと思う。ただ、日本で受験勉強に縛られているのはまずいと思う。

小柴 自分の国とは違う文化、国があることを肌身で感じることは非常に大切だ。だからといって若いうちに外国に行くのが一番とは言わない。ケース・バイ・ケースだ。若い人へのアドバイスは、できるだけいろいろなことを、物おじせずに自分で体験しなさいということ。そうすれば「これをやりたい」というものを自分でつかむことができる。自分が見つけたものなら、困難に遭ってもやめようとは思わない。

尾身 最後に一言。

メロ 人類の将来は明るい。その中で科学は大きな役割を果たすだろう。若い人たちに、科学に参加してほしい。まだまだ素晴らしい発見があると思う。

利根川 一生をかけても、これなら面白い、というものを探してほしい。本を読むだけでなく、いろいろな人、尊敬している人と話をして、その中から自分の道を見つけていくことだ。人の言うことに耳を傾けながら、自分の考えで進んでいくことだ。


主催=読売新聞社、NHK
後援=外務省、文部科学省
協賛=トヨタ自動車、日本航空、清水建設
特別協力=東海大学

(2008年11月13日 読売新聞)