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2008年 高校生講座

2008年 高校生講座

 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」(読売新聞社など主催)の「高校生講座」がこの夏、全国4か所で開かれた。4人の日本人受賞者の名前を冠した講座に、合わせて約140人の高校生が参加。ノーベル受賞業績に関係する科学実験を行い、受賞者との交流を楽しんだ。(文中敬称略)


「白川教室」   2008年7月26日(土)、福岡市・九州大伊都キャンパス

  筑波大名誉教授・白川英樹氏(2000年化学賞)

好奇心持ち 何でも学べ

 実験前に、白川さんは、失敗や偶然から大発見をする「セレンディピティー」について講義した。ノーベル賞を受賞した「導電性プラスチック」はその典型。好奇心を持つ、すべてを観察し記録する、当たり前のことも疑う、文系、理系にこだわらず何でも学ぶ――がセレンディピティーの元になると語りかけた。

写真:白川氏

 実験で挑んだのは、透明スピーカー作り。電圧をかけるとわずかに伸縮する「圧電フィルム」の両面に、増幅器からの音声信号を伝える導電性プラスチックの膜を作り、フィルムを振動させて音を出すのだ。電気を通し、フィルムの動きを妨げない柔らかさを持つ導電性プラスチックがあって初めて実現する。

 導電性プラスチックの材料には、エチレンジオキシチオフェンという物質を使った。この分子がたくさんつながる(重合)と、中を電子が流れる。重合させるには触媒を入れればよい。

 実験台に濾紙(ろし)を敷いて圧電フィルムを固定し、上端にエチレンジオキシチオフェンと触媒を入れた溶液を注射器で垂らす。ガラス棒で一気に延ばして広げる。

 「大胆にすべき時は大胆に、細心の注意を払うところは慎重に、メリハリをつけて」。実験には説明書にない多くの技術やコツが要る。白川さんは、高校生たちに助言して回った。フィルム上に延ばした溶液が次第に黄色からあい色に変わる。分子が重合して高分子になっている証拠だ。

 両面に膜ができたら、配線と音出しだ。フィルム周辺に導電性テープを張り、アンプを接続する。音源は、めいめいの携帯電話や携帯音楽プレーヤー。ジーという雑音に混じり、軽快なポップ曲がかすかに聞こえた。突然、別の作業台で大音量の曲が響き渡った。

 佐賀・弘学館高3年の近本圭祐さんがスピーカーを半円状に曲げたのだ。「丸めたフィルムが効率よく空気を振動させ、大きな音が出た」と白川さんが解説する。

 その後、あちこちで音が鳴り始めた。生徒たちの顔は緩み、実験室は夏のビーチのような雰囲気に。福岡・明善高1年の案納桂子さんは「科学の力ってすごい。私も新しいものを作ってみたい」と、大いに刺激を受けていた。


質疑応答

一歩一歩進んでいけばよい/白川

福岡・筑陽学園高1年 科学の進歩の一方、環境破壊も進んでいる。

白川 これまで科学のことは科学者、社会のことは社会でと別々に考えてきた。これからは、科学者も科学技術の利点と欠点を社会に示し、社会も科学の理解を進める必要がある。

福岡・修猷館高2年 学ぶ一番の方法は、自分の興味を深めていくことだと思うが、限界がある。

白川 すべてを知ることはできない。一歩一歩進んでいけばよい。若い人は柔軟性がある。やらないよりもまし、と考えればよい。

広島・ノートルダム清心高1年 アセチレンの研究を始めたころ、いまの成果を予想できたか。

白川 思ってもみなかった。自分が導電性プラスチックの研究を始めたのは流行が終わったころ。競争相手も相談相手もいなかったが、やりたいようにできた。

福岡・明善高1年 モットーや信念はあるか。

白川 とことんこだわり、あきらめないこと。




「野依教室」   2008年8月8日(金)、埼玉県和光市・理化学研究所

  理化学研究所理事長・野依良治氏(2001年化学賞)

写真:野依氏

化学は命救う「錬金術」

 右手と左手は、見た目はそっくりだが、同じ向きには重ならない。そんな関係が、分子の世界にもある。「鏡像異性体」と呼ばれるものだ。構造はそっくりなのに性質が異なる。極端な場合、薬が毒になったりする。有名な「サリドマイド事件」はその典型だ。

 野依さんは、鏡像異性体の一方だけを作り出す「不斉合成」の技術を開発。化学工業や製薬の世界に革命をもたらした。野依教室では、理研の袖岡幹子主任研究員の指導で、鏡像異性体の仕組みや性質の違いを理解する実験が行われた。

 高校生たちは、まず、プラスチックの球と棒を使い、香料に使われる「リモネン」の分子模型に挑戦した。球は原子や、「置換基」という原子団を、棒は原子をつなぐ「手」を表す。炭素原子に見立てた球に4本の手を付け、その先に色の違う球を取り付けていく。

 リモネンは、炭素原子10個と水素原子16個からなる化合物。亀の甲のようなベンゼン環に置換基がくっついている。この置換基の付き方で、鏡像関係にある2種類のリモネンができる。一方はオレンジの、もう一方はレモンの香りがする。

 立体構造を作るのはちょっと難しいが、アドバイスを受けながら完成させていく。「実際の分子は、ふにゃふにゃしてるから、構造がすぐには分からない」という野依さんの説明に、生徒は興味津々。

 続いて、本物のリモネンを使っての実験。偏光板という特殊ガラスの間にリモネンをはさんで光を当てると、光の角度が変わった。

 光の角度の変化は物質によって違う。袖岡さんはこの性質を利用し、物質を見分けるクイズを出題した。2種類のリモネンとその混合物、別の物質の4試料を用意、「どれがどれか当ててみて」。生徒たちは協力し合って旋光度を測定し、次々と物質の特定に成功。埼玉・大宮高1年の西岡克紘さんは「手探りで実験し、正解に到達するとうれしい」と話していた。

 締めくくりに、野依さんが「科学者を目指す君たちへ」と題し講演。「化学は無から有を生み出す現代の錬金術。その手法で作られた医薬は、何千万人もの命を救っている」と研究の意義を語った。


質疑応答

写真:実験の様子
野依理事長の指導を受けながら、異性体の性質を調べる

これだと思うもの見つけて/野依

埼玉・川越高1年 不斉合成は完成した技術なのか。

野依 もっと効率の高い触媒を見つけなければならない。今の化学はたくさんゴミが出るが、これからはゴミを出さない化学をやらないとダメだ。みなさんに取り組んでほしい。

東京・成蹊高2年 ノーベル賞受賞で変わったことは。

野依 研究一筋だったのに、世の中に引っ張り出され、いろいろ言わされ、使われている。その場その場で、懸命にやっている。ただ、会社に入っていれば、もっと世の中に貢献できたかもしれない。

埼玉・狭山ヶ丘高3年 子供のころから科学者を目指していたのか。

野依 父と行った講演会で「ナイロンは空気と水と石炭から作る。クモの糸より細く、鋼鉄よりも強い」という話を聞き、技術者になって有用なものを世に出す仕事をしたいと思った。みなさんも広く勉強し、これで生きていこうと思うものを見つけてほしい。特に女性に期待している。




「小柴教室」   2008年7月22日(火)、名古屋市・名城大付属高

  平成基礎科学財団理事長・小柴昌俊氏(2002年物理学賞)

ニュートリノに感謝しよう

 小柴さんが物理学賞を受けた研究は、宇宙からやってくるナゾの素粒子「ニュートリノ」をとらえたものだ。巨大な水槽の内壁に、直径50センチの電球型センサーをびっしり取り付けた装置「カミオカンデ」で、ニュートリノが水と反応する時に出る微弱な光を観測した。

 教室に集まった44人の生徒たちは、伊藤好孝・名古屋大教授の指導で、カミオカンデと同じ原理で動作する装置を製作、宇宙線の一種「ミュー粒子」の観測に挑戦した。

 用意したのは、懐中電灯サイズの光電子増倍管2本、ガラス瓶と、ミュー粒子を光に変換するシンチレーター、遮光シートだ。

 ガラス瓶に水を満たし、増倍管とつないで固定、遮光シートでぐるぐる巻きにする。これで水とミュー粒子が反応した光だけを、増倍管がとらえることができる。もう1つの増倍管には、シンチレーターを固定。それぞれ表示装置に接続し、ミュー粒子を観測すると鋭い波形が現れる。

写真:小柴氏

 このサイズの増倍管だと、理論予測では、ミュー粒子を毎分20個観測できるはずだ。教室では10班に分かれて3分間観測。結果を報告し合った。「41個」「103個」「83個」……。ばらつきはあったが、平均値は、60・83個。理論と一致する結果に、生徒の間から「おおー」と声が上がった。愛知・岡崎高1年の岩月憲一さんは「自分の班は装置にトラブルがあったが、先生といろいろ原因を考えるのが楽しかった。簡単にあきらめないことが大事だと学んだ」と喜んだ。

 実験に続き、小柴さんが「大きいこと、小さいこと」というテーマで講義。銀河や星など、スケールの大きい宇宙の成り立ちを扱う物理学と、小さな素粒子の謎を追う物理学が、実は似ており、両者を結びつけるのはニュートリノだと、小柴さんは解き明かす。

 「人間を作るには、92種類の元素が必要だ。重い元素は、重い星が寿命を迎えた時に起こる超新星爆発でしか作れない。その爆発に大きく関与しているのがニュートリノだ。『ニュートリノさん、ありがとう』ということなのだ」と締めくくった小柴さんの壮大な説明に、生徒たちはすっかり魅了された。


質疑応答

物理学やりがいある/小柴

愛知・瑞陵高1年 陽子の崩壊はまだ見つかっていないのか。

小柴 スーパーカミオカンデの大きさで陽子崩壊が観測できるかどうか、実は分からない。2か月前にスーパーカミオカンデに行った時、「たまったデータを洗い直し、それでも見つからなければ、『陽子は少なくともこれだけの寿命がある』という論文を書いて」と研究者に話をした。

京都・洛星高2年 ニュートリノは何かに利用できるのか。

小柴 利用法を見つければ、ノーベル賞を3つくらいもらえる。例えば宇宙に満ちているニュートリノを測定できれば、ビッグバンの3秒後の状態がわかるはずだ。

大阪・清風高1年 先生にとって物理学とは。

小柴 物理をやったのは、やりがいがあると感じたから。ノーベル賞なんか意識したことはない。自分が面白いと思うことをやっただけ。カミオカンデでも、実験装置を作っている最中にいろいろ思いついて、計画を度々変更した。




「田中教室」   2008年8月1日(金)、仙台市科学館・同市青年文化センター

  島津製作所フェロー・田中耕一氏(2002年化学賞)

異分野の視点で大発見

 田中教室の実験テーマは「質量分析で分子式を知ろう」。田中さんは、たんぱく質の質量を正確に測る新たな方法を開発し、ノーベル賞を受賞している。

 田中さんが見守る中、東北大准教授の伊藤隆さんが実験を指導した。

 最初にやったのは、メタノールとエタノールの分子模型作り。分子が持つ振動エネルギーを赤外線で測定すると、その分子の形を推定できる。分子の具体的イメージを持てば、その原理をつかみやすい。

 高校生たちは、原子の種類ごとに色が違う球と、長さが異なる棒を組み合わせ、手際よく立体模型を組み立てていった。時間に余裕がある生徒は、サッカーボールのような炭素の多面体を組み立てた。

写真:田中氏

 実験の第2段階では、島津製作所が用意した質量分析計と分光光度計を使った。高校にない高価な最先端機器に、生徒たちは興味津々の様子。

 これで本物のメタノールとエタノールを分析する。まず試料を注射器に少量とり、質量分析計に注入する。わずかでも不純物が混じると正確なデータが得られないため、丁寧に注射器を洗う生徒たち。分子量の分析結果が棒グラフになって出てくると、ほっとした表情を見せていた。

 分光光度計での分析も終え、最後に班ごとにデータの解釈の仕方を学んだ。「こうした分析を3つぐらいやると、正体が分からなかった物質の分子模型を作れます」と伊藤さんは教える。仙台三高2年の八重樫功穏さんは「高校ではできない体験で、楽しかった」と満足そう。

 実験後、田中さんが「イオンを空中に浮かせる・飛ばす」と題して講演。質量分析についての難解な内容を高校生にも分かるよう工夫して話した。

 田中さんが開発した質量分析では、たんぱく質を電気を帯びたイオンにして飛ばし、空中で捕獲して測定する。ノーベル賞の業績は、たんぱく質を入れる溶媒の成分を間違って作ったのに、捨てずに試したことから生まれた。「学生時代に学んだ電気工学が生きたかもしれない」と話し、異分野からの視点が大発見を生み出す可能性があると強調した。


質疑応答

実験 やるだけで楽しい/田中

福島高1年 大学院に行かなかった理由は。

田中 ものを作るのが好きで、早く人の役に立ちたかったし、親にもあまり迷惑をかけたくなかった。

宮城・東北学院高3年 田中さんにとって、実験とは。

田中 やるだけで楽しい。分かり切ったことでも、測ってみると発見がある。

宮城・秀光中等教育学校5年 大学で電気工学を学んだのに、なぜたんぱく質を研究しているのか。

田中 入社して配属された5人のチームに、電気のことではとてもかなわない人がいた。(たんぱく質などを扱う)化学実験をだれかがやる必要があった。

仙台三高2年 どんな失敗をしたか。

田中 思い出したくない。99・9%が失敗。昨日に至るまで失敗し続けている。

福島高1年 研究をやめたいと思ったことはないか。

田中 今もあるが、お客さんに喜んでもらえると思うと続けられる。失敗は忘れられる。昔は神経質だったが、ずぶとくなった。




主催=読売新聞社、NHK
後援=外務省、文部科学省
協賛=トヨタ自動車、日本航空、清水建設
協力=名城大付属高、浜松ホトニクス、九州大、クレハ、ソニーケミカル&インフォメーションデバイス、仙台市、島津製作所、理化学研究所

(2008年8月27日 読売新聞)