トップ > 調査研究本部 > ノーベル・フォーラム > 2011科学フォーラム石川




2011年7月10日(日) 科学フォーラム石川

科学と社会

 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「次世代へのメッセージ」が7月10日、石川県野々市町の金沢工業大学で開かれた。今回のテーマは「科学と社会」で、根岸英一・米パデュー大学特別教授(2010年ノーベル化学賞)が「夢を持ち続けよう」、白川英樹・筑波大学名誉教授(2000年ノーベル化学賞)が「アカデミズムと社会〜学者と社会との対話〜」のタイトルで、それぞれ基調講演した。対談では、科学者の心構えから、若者への期待まで様々な話題を取り上げ、「興味を持った研究テーマで突き進もう」「懐疑心を持ち続けよう」などと、約450人の聴衆に熱く語りかけた。(文中敬称略)


▽参加受賞者
 根岸英一 米パデュー大学特別教授(2010年ノーベル化学賞)、白川英樹 筑波大学名誉教授(2000年ノーベル化学賞)
▽コーディネーター
 札野順 金沢工業大学教授

基調講演根岸英一氏「夢を持ち続けよう」

ねぎし・えいいち
1935年中国・新京生まれ。東京大工学部卒。米ペンシルベニア大留学。パデュー大研究員、助手などを経て現職。2010年、北海道大の鈴木章名誉教授らとともに「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」でノーベル化学賞を受賞。

高い夢 楽観主義で探索

 有機化学とは何か。まずそれを確認したい。炭素を含んだ化合物は、みんな有機化合物。たとえば我々自身の体、着ている物、食べる物など、とてつもなく身近で重要なものだ。21世紀を展望した時、食糧、医療、薬品、燃料などの有機化合物を獲得するために、有機化学の重要度は非常に高まるだろう。

 私は50年来、金属を取り込んで、うまく有機合成する方法を追求してきた。有機合成で大切なのは、合成効率を上げ、余計なものができないよう工夫し、目的の物質を多く得ることだ。

 このことは、若い頃から考え始めた。「帝人」に入社した時、高分子の化学反応を研究してくれと言われたが、大学時代は遊んでばかりいたので、どこから手を着けていいかわからなかった。フルブライト奨学金制度を使い、留学先の米ペンシルベニア大学でたたき直してもらったことは、私にとって非常に大きい。

 大学では、教室の成績は良かったが、実験室に入ると、どうも不器用で、うまくいかない。当時の有機合成法は回りくどく、作れるものも限られていた。悔し紛れというとおかしいが、「もっと簡単にならないだろうか」と考え始めたのが、私の研究の出発点だったかもしれない。

 その頃、パデュー大のハーバート・ブラウン教授(1979年ノーベル化学賞)が、特殊な金属を使って簡単に有機合成できる技術を発表しているのを聞いた。これだと思い、ブラウン先生の下に研究員として行くことにした。先生からは、アイデアをもらったという気持ちはないが、研究の進め方は学んだ。

 私は、何かメッセージを、と頼まれると、「Pursue your lofty Dream with Eternal Optimism」(高い夢を持ち、永遠の楽観主義でそれを追求しよう)と伝える。

 ブラウン先生は、本当に楽観主義でへこたれなかった。失敗しても失敗と思わない。行き詰まることもあるが、それは探索の過程であって、別の道を探ればいいだけ。そのうち、宝の山にぶつかるかもしれない。だから、大きな目標を持って探索していけばよい。

 私の場合は、どんな有機化合物でも簡単に作ることが、大きな夢だった。ブラウン先生の流儀で研究を進めると時には良いことにも当たる。新しい発見だ。発見を一つ、二つと重ねるうちに、こんなに楽しい商売はないと思うようになる。お金をもらい、時には賞ももらえる。そして50年続けた後に、ノーベル賞をいただけたのは望外の喜びだ。

 ここにいる皆さんも私自身も、幸せに生きたいと、全員が望んでいるだろう。幸せの要素としては、健康、家族、仕事が挙げられる。さらに4番目には趣味がある。仕事がしんどい時、いい趣味を持っているのは大切。そして私が特に伝えたいのは趣味のことだ。仕事が面白くなると趣味になっていく。私自身も仕事という趣味が突出している。仕事が趣味になった時、素晴らしい人生と呼べるのではないだろうか。


基調講演白川英樹氏「アカデミズムと社会〜学者と社会との対話〜」

しらかわ・ひでき
1936年東京生まれ。東京工業大卒。同大大学院博士課程修了後、米ペンシルベニア大研究員、筑波大助教授を経て2000年まで筑波大教授。2000年、電気を通すプラスチックの「導電性ポリマーの発見と開発」でノーベル化学賞を受賞。

研究成果 説明する責任

 小学校2年生の一時期、東京大学の近くに住む祖父の家に預けられ、祖父から赤門の存在を教えられた。「象牙の塔」という言葉を当時知らなかったが、初めて知る大学は、社会からかけ離れたところと感じた。

 大学の教員だった頃は、中小企業の経営者たちから「大学はいかめしくて近寄りがたい」と聞かされることが多かった。

 2000年に定年退職する時に、自分は在職中、社会に何を貢献したかと自問自答した。研究成果を論文発表することが使命で、社会に顔を向けることはなかった。もっと発言すべきだったと反省した。

 研究者個人が社会に向けて話をするのはなかなか難しく、多くの場合、マスメディアが仲立ちする。マスメディアの影響力は大きいが、科学技術報道の質と量は十分とは言えなかった。

 私がノーベル化学賞を受賞した時、受賞意義に言及した報道はわずかだった。そのことを痛感し、取材や報道は実際どうなっているのか体験してみようと04年秋、科学ジャーナリスト養成塾に入った。そこでは、取材した材料の取捨選択や一般の人にわかるよう易しく表現することを学んだ。

 昨年亡くなった作家の井上ひさしさんは、難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く、面白いことをまじめに、まじめなことを愉快に、愉快なことを一層愉快に、という言葉を残した。報道にそのまま当てはまると感じる。

 科学技術の研究費の大半は税金で賄われ、研究成果が人間や社会に影響を及ぼす場面が多くなってきた。こうしたことから科学技術に携わる研究者、技術者の倫理や社会責任が問われるようになっている。研究成果や影響を、学会だけでなく社会にも積極的に説明することが求められる。科学ジャーナリストがわかりやすく伝えることも必要だ。そうして科学技術に携わる者と社会との対話が行われ、社会の中の科学技術が実現して初めて、科学者は「象牙の塔」を出たといえる。

 大学から企業への技術移転も活発だが、国は、国家的・社会的課題の解決に役立ち、経済発展に寄与しそうな研究開発を選んで重点化している。ただし、役に立ちそうにない研究の成果も知的共有財産として大切にしなければならない。

 本来、こうした基礎研究を行うべき国立大学が、法人化を機に、役に立つ研究にばかりまい進するようになった。

 ワトソン、クリック両氏(1962年ノーベル生理学・医学賞)がDNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造を発見した時に、社会に役立つ、金もうけになる、と思っただろうか。自由な発想から生まれる研究は重点化とはかけ離れているが、人類の未来のためには必要だ。

 私たちが科学技術に対する理解を深め、科学技術を社会に根付かせるためにも、研究者や技術者が社会に向かって自分が行う研究の成果や、研究と社会との関わりを易しく語る努力をもっとすべきである。科学技術における学者と社会との対話がますます進むことを願う。



パネル討論世界に目を向け/好きな分野追求

写真:札野順・金沢工業大学教授
コーディネーターの札野順(ふだの・じゅん)金沢工業大学教授

研究の現状

札野  根岸先生、白川先生が、互いにお聞きになりたいことを話してもらい、その後、会場からの質問をいくつか紹介したい。

白川   私は、有機合成化学にあこがれがある。植物は太陽光を利用して(光合成を行い)エネルギーを作るが、それが人間の手で行えれば、エネルギー革命や食糧革命につながる。現状はどうなっているのか。

根岸 結論から言うと、まだ期待に沿える段階ではない。ただ、今世紀中にはかなり進展し、できるようになると確信している。天然で起きていることを実験室で再現し利用する生化学的なやり方が一つある。それと同時並行で、石油から化学繊維を作ってきたように、別の方法でそういう原理を構築できると思うし、その方がはるかに早いだろう。同じ目的でも手法はかなり違うので、両方のやり方で追求すべきだ。

 時間はかかるだろう。私の研究室でも(ノーベル賞につながる)重要な大発見があったのは、もう30年以上も前のことになる。

発見の過程

札野 根岸先生から白川先生にご質問を。

根岸 先生が研究していたポリアセチレンや、炭素化合物のグラフェンという素材について、今後はどのような展望が描けるか。

白川 私は、炭素がずっと手をつないだような構造のポリアセチレンを研究してきたが、研究のモデル物質としてまず注目したのが、まさにグラフェンだった。グラファイトという(層状の)化合物から1枚だけはがし取ったのがグラフェン。何もしなくても電気が通るので、物理学者や理論化学者が注目していた。

 グラファイトを1枚のグラフェンにする方法がなかなか見つからなかったが、意外なことにセロハンテープを張ってめくると、1枚だけはがれてきた。発見者は昨年、ノーベル物理学賞を受賞した。一見、簡単なことに思えるかもしれないが、創造性があり、そこに至るまでには試行錯誤もあったのだろう。

札野 科学の面白さが伝わってくる。

白川 いったんわかると、全く別な方法を発見する人も出てくる。少し前に訪問した韓国の大学では、きれいに磨いた銅板を加熱して、そこにメタンガスを流すだけでグラフェンを作っていた。様々な電子材料にしようと、ものすごい勢いで研究していた。

札野 根岸先生は講演で幸せの条件に触れたが、科学者の幸せと、科学が貢献して生まれる社会の幸せとの関係をどう考えるか。ノーベル賞に輝いた「根岸カップリング」は特許を取っていない。社会のために使ってもらおうとしたのか。

根岸 そこまで博愛主義者ではないが、いい仕事ができたときには誰よりも早く発表したい。特許よりそちらに関心が高かった。結果として、特許を取る機会を失ったというか忘れた。後になって皆さんがどんどん使ってくれたことは、私にとって願ってもないこと。結果としては良かった。

自分の師選び

札野 会場の高校生からは、「子供のころ、勉強は得意でしたか」という質問が寄せられた。

白川 (成績は)平々凡々だった。それでも、小学校の時は、新しい学年になると、教科書をもらったその日に全部読んでしまった。本が好きで好きでしょうがなかった。

根岸 平々凡々ではできない(笑)。

白川 先生の話は上の空で、自分の好きなことをコソコソやっていた。それでも算数と理科はよかった。勉強はしないけれども、興味があったからよかったんだと思う。

根岸 私は小学校、中学校の時はよくできた(笑)。親からは勉強しろと一度も言われたことがなく、教室での勉強だけだった。高校時代は馬車馬みたいに勉強した。

札野 若い時に海外に出ることの重要性は。

根岸 世界を自分の活動の場として、そこから師を選ぶ。そして非常に重要なのは、いい先生につくこと。日本にいても日本だけではないし、米国にいても米国だけではない。世界中を考慮すべきだ。

白川 狭い日本より、もっと人材が豊富な世界に目を向けるのは価値がある。言葉の壁があるかもしれないが、実践して初めて身につく。最初は苦労しても半年もすれば意思疎通できるようになる。

札野 会場から質問が届いている。日米の研究環境や教育の違いは。

根岸 大学院から上のレベルでは、日本のいい点は、しっかりしたチームが、ある程度できていること。核となる人物を中心に研究が進む。能率的で、良いシステムだと思う。米国では、ポスドク(博士研究員)が2、3年で入れ替わり、長期的に様々な情報を蓄えているのが私だけになる。もう一つの大きな違いは、米国は大学院レベルで、1年半から2年間、しっかりした講義があることだろう。

札野 いわゆるコースワーク(基礎講義)だ。

根岸 このコースワークが、基礎知識になり、知識レベル全般が上がる。それをしっかりこなすと、後になって、あの時に習ったことがやっぱり重要だったな、となる。

白川 教授、准教授というタテ社会の日本に対し、米国はヨコ社会だと感じた。タテ社会では能力があっても空きがないとポストが得られない。米国では本人の実力さえあれば、しかるべき立場が得られる。米国では人材交流が非常に活発だと見うけられた。

科学者の資質

札野 科学者にとって最も大切な資質は何か。

根岸 自分は何が好きか、これが第一。その好きなことについて自信がある。となれば、とことんのめり込んで突っ込んでいく。基礎知識を持ち、判断力も必要だ。精神的にへこたれず、やり遂げる意志が強いとか、科学者にはそういう面も重要。失敗を失敗と思わず続けることだろう。

札野(基調講演で述べた)永遠の楽観主義だ。

根岸 あるテーマで10年かけて研究をやり、もう一つのテーマでまた10年、というふうに、課題が見つかってくる。これは失敗ではなく探索の過程だ。そこに、失敗や偶然が大発見につながる「セレンディピティー」がある。

白川 何かに夢中になるきっかけというのが、あるに違いない。ささいなことかもしれないが、それを積極的に体験することが重要だ。自分が興味を持つことが職業にできれば一番いい。きっかけがあれば科学者を選ぶのも結構だし、科学者以外の職業も考えてみたい。作家の村上龍さんは、500以上の仕事を解説した『13歳のハローワーク』という本を出版した。参考にするのも一つの手だと思う。

札野 若い世代へメッセージをお願いしたい。

白川 粘り強くやることが必要。もう一つ大切なことは、常に様々なことに対して一方的に受け入れるのではなくて、ちょっと疑ってかかる。先生の言うことも、教科書に書いてあることも、そのままうのみにするのではなく、本当かなと疑問を持つ。そして、別の方法で調べてみる。そういうことを心がけてほしい。

根岸 食糧問題やエネルギー問題など、皆さん一人一人が「これから解決すべき課題」を見つけてほしい。繰り返しになるが、本当に好きなことを探す。その分野に必要なことを十分にできるのか自問して、自分に向いていると思ったら突き進んでもらいたい。

会場の声

◆失敗重ね前進の大切さ

 金沢市、大学生、真鍋仁志さん(22)  根岸さんは目標を持つことの重要性、失敗を重ねながらでも前に進むことの大切さを教えてくれた。電気関係の学科にいるが、専門的な話を一般の人にわかりやすく伝えるのは大切で、白川さんが話していたことを意識したい。

写真:フォーラムの様子
ノーベル賞受賞者を囲むフォーラムで、拍手を送る聴講者
◆夢あきらめない

 石川県白山市、高校生、太田早紀さん(16) 好きなことを追求していくのが重要だと学んだ。宇宙飛行士が夢なので、失敗しながらでも、あきらめずに追いかけてみたい。教師の言葉や教科書をうのみにしないで疑ってかかるという話は、学校では聞けないので面白かった。




主催=読売新聞社
後援=外務省、文部科学省、NHK
協賛=トヨタ自動車、清水建設、住友化学、ノバルティスファーマ、金沢工業大学

(2011年8月4日 読売新聞)