第67回読売文学賞(2015年度)の受賞作と選評


 第67回読売文学賞の受賞作と選考委員の選評を紹介します。

小説賞

古川日出男「女たち三百人の裏切りの書」 気宇壮大な企図

古川日出男さん

 「宇治十帖(じゅうじょう)」。薫(かおる)と匂宮(におうのみや)の、浮船をめぐる恋の争奪戦だが、この物語の一部、あるいは大半は紫式部の筆になるものではないとの説が有力だ。

 そこで、贋作(がんさく)の流布に業を煮やした紫式部が百有余年後、怨霊となって、時の有力政治家藤原建明(たてあきら)の女、紫苑(しおん)の君に憑依(ひょうい)して、本物の「宇治」を語り出すという設定。展開は豊穣(ほうじょう)にして波乱万丈。筋は従来の筋に忠実かと思えば、ある時は大きく裏切ってゆく。

 ヒロイン浮雲の入水(じゅすい)も、それを救(たす)けるのは横川(よかわ)の僧都(そうづ)ではなく、瀬戸内海から寄せて淀川を遡(さかのぼ)ってきた海賊たちへと変更される。浮舟の背後に東北(みちのく)・蝦夷(えみし)の勢力が控えているという設定なども痛快だ。

 これを「本」にして出版、流布させるのは当の藤原建明で、まさに紫式部の後楯(うしろだて)となって『源氏』を書かせた藤原道長(光のモデル)に通じる。しかも、建明は物語の後半、「本」の中で薫へと変身する。

 物語の中と外、「本」の中と外、フィクションとリアルが、埒(らち)を越えて混然一体、渦を巻いて我々を引きずり込む。

 『ドン・キホーテ』(正篇(へん))に当(あた)るのが『源氏』で、古川氏の「宇治」は『ドン・キホーテ』(続篇)に当る。企図は気宇壮大、まさにセルバンテス的快挙の作である。(辻原登)

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 ふるかわ・ひでお 1966年、福島県生まれ。98年、『13』で小説家デビュー。2002年、『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞、日本SF大賞。06年、『LOVE』で三島由紀夫賞、15年、『女たち三百人の裏切りの書』で野間文芸新人賞。

戯曲・シナリオ賞

荒井晴彦「この国の空」(原作・高井有一) 大胆な圧縮操作

荒井晴彦さん

 荒井晴彦氏は、高井有一『この国の空』(一九八三年)が発表された直後から、映画化を企図し原作者の許諾も得ていたという。三十年越しの執念がついに結実し、脚本が書き上げられ、荒井氏自身の監督した映画が完成・公開されたのは昨年八月のことだ。

 谷崎賞を受賞した原作は、太平洋戦争末期の「銃後」の庶民の暮らしを端正な文章で淡々と描いた佳品だが、そのエッセンスを二時間余りの映像作品に凝縮させるには、思い切った省略や時系列の組み換えが必要になる。その大胆な圧縮の操作が、繊細きわまる取捨選択の配慮によって支えられていなければならないことは言うまでもない。練達の脚本家は、長いキャリアの中で蓄積してきた経験、磨き上げてきた技倆(ぎりょう)のすべてを投入し、この大胆と繊細の間然するところのない結合を見事に達成した。主人公「里子」の官能の目覚めに物語を焦点化した、静謐(せいひつ)で胸苦しい感動的な映画作品がそこから産まれ落ちた。

 終戦直前の時点で物語は終(おわ)るが、脚本の末尾で「里子」は、「私の『戦争』がこれから始まるのだ」という、原作にはなかった内心の声を呟(つぶや)く。原作に伏在していたベクトルを鋭く可視化させ、物語の余白へ観客の意識をいざなう、鮮やかな締め括(くく)りであろう。(松浦寿輝)

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 あらい・はるひこ 1947年、東京都生まれ。脚本家、映画監督。助監督を経て77年、脚本家デビュー。「遠雷」「Wの悲劇」「ヴァイブレータ」などの脚本を手がけ、キネマ旬報脚本賞、毎日映画コンクール脚本賞、日本アカデミー賞優秀脚本賞など多くの賞に輝く。

随筆・紀行賞

別所真紀子「江戸おんな歳時記」 市井の女の俳諧 

別所真紀子さん

 江戸時代。俳諧は、芭蕉や蕪村、一茶をはじめ、男のものだったという印象がある。わずかに、加賀の千代女(ちよじょ)の名はうかぶが、尼僧でもあり、例外的な存在だと思わせる。ところが本書には、多くの市井の女たちの俳諧が示されているのだ。

 台所の様子を、野に咲く草花を、虫の音を、そして日常のこまごました事々の中にある生死観を、女たちはなんと多彩に詠んでいることだろう。女性が抑圧されていたと思われていた時代に、こんなにものびのびと彼女らが句を詠んでいたことに、まず驚かされる。著者である別所真紀子氏は、たんねんに資料にあたり、多くの女性の俳句を緻密に掘り起こした。それらの作品を示すことによって、江戸時代の女性の生活を浮かびあがらせ、想像させる。散文で説明されることにも増して、短い俳句の例示による想像は、大きくふくらむ。

 句を詠むにとどまらず、元禄時代に肥前の女性が、和歌の歴史にもない史上初の女性選集『菊の道』を出版したという事実もまた、本書で知った驚くべき事実だった。『菊の道』に続いて、百冊近くもの選集が出たこと、その中には十歳に満たない少女たちのすぐれた句もおさめられることなど、独自の研究は枚挙にいとまがない。(川上弘美)

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 べっしょ・まきこ 1934年、島根県生まれ。詩人、作家。連句誌「解纜(かいらん)」主宰。日本社会事業学校卒。小説『雪はことしも』で第21回歴史文学賞。著書に小説『数ならぬ身とな思ひそ 寿貞と芭蕉』、俳諧評論集『共生の文学』など。

評論・伝記賞

宮田毬栄「忘れられた詩人の伝記 父・大木惇夫の軌跡」 人生を貫く波瀾 

宮田毬栄さん

 父の伝記を娘が書く。

 この場合、有利なのは本人をよく知っていることと、資料が手元にあること。

 不利なのは、身近な相手なのに敢(あ)えて距離を置いて見なければならないこと。

 この伝記が成功した理由は右の不利な点を克服したことにある。著者は編集者として多くの作家を育て、多くの作品を世に出した。この仕事を通じて世間と社会を知り、人を見る目を養った。

 「詩の稟質(ひんしつ)に恵まれ、詩作にのみ没頭する一生を送りながら、不遇のうちに死ななければならなかった詩人」の矛盾に満ちた生涯は、悲劇的だからこそ辿(たど)り直すに値する。

 悲劇になった理由はどこまで本人に帰することができるだろうか。運命の配剤と本人の選択、その比率は如何(いかが)だったか。この詩人、なかなか奔放なのだ。

 例えば、十七歳で会った初恋の相手が他に嫁いでアメリカに渡り、五年後に戻ってくる。晴れて夫婦になれたのはよいが、彼女はそのまま結核の療養生活に入る。

 こういう波瀾(はらん)が父の人生を貫いている。娘はそれを整理して、評価し、記述する。時折は感情を抑えきれず、哀憐(あいれん)と怨念が表に出る。この緊張関係から上質の大部な伝記が生まれた。(池澤夏樹)

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 みやた・まりえ 1936年、東京都生まれ。早稲田大文学部仏文科を卒業後、中央公論社に入社。文芸誌「海」編集長、書籍編集部長、雑誌編集局次長などを歴任。97年に退社し、文筆、講演活動を続けている。著書に『追憶の作家たち』。

詩歌俳句賞

小池光「歌集思川(おもひがは)の岸辺」 相聞=挽歌の力

小池光さん

 現代詩、短歌、俳句というジャンル分けは正確ではない。現代自由詩、現代短歌、現代俳句と分け、併せて現代詩と総称すべきだろう。現代詩の一年間を通観して最も心に残ったのが、小池光歌集『思川の岸辺』。

 二〇一〇年から一三年まで四年間の発表作から選ばれた五百四十二首。その最初の年十月、作者は十五歳で知りのち結婚、四十数年生活を共にした伴侶を亡くした。しかし、死の刻(とき)や葬儀については触れず、闘病に寄り添った期間の日常と没後の孤住生活を淡々と語るのみ。

 そう、この作者の歌は歌うというより語るというほうがふさわしい。状況としては悲痛のはずだが、ふしぎに読む者を励ましてくれる。姿勢正しい相聞にして挽歌(ばんか)が持ついのちの力というべきか。

 ・お父さん、とこゑして階下に下りゆけば夕焼きれいときみは呟く

 ・わが妻のどこにもあらぬこれの世をただよふごとく自転車を漕ぐ

 ・思川(おもひがは)の岸辺を歩く夕べあり幸(さち)うすかりしきみをおもひて

 ・食後飲む薬六錠歯のくすり目のくすりあはれこころのくすり

 題名中の「思川」は実在の川であるとともに亡き妻を思う作者のありようでもあろう。(高橋睦郎)

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 こいけ・ひかる 1947年、宮城県生まれ。東北大大学院修士課程修了。歌人。読売歌壇選者。仙台文学館長。78年、『バルサの翼』で現代歌人協会賞を受賞。96年、『草の庭』で寺山修司短歌賞、2005年、『時のめぐりに』で迢空賞。13年に紫綬褒章。

研究・翻訳賞

沓掛良彦・訳「黄金の竪琴 沓掛良彦訳詩選」 心に染みる美酒

沓掛良彦さん

 本書は、沓掛良彦氏から手渡された薔薇(ばら)の花束だ。

 古代インド、ギリシア、中世の吟遊詩人を経て、近代フランスまで。様々なジャンルの言霊が咲き乱れる園から、「花々のうちのたぐひなき花」を沓掛氏が摘み取れば、すべてが薔薇に化ける。

 その芳しい文体は、心に染みる美酒でもある。急いでページをめくると言葉が零(こぼ)れる。一篇(いっぺん)ずつを舐(な)めるように味わっていくうちに、指先まで酔いが廻(まわ)る。

 「浮世はのう、所詮(しょせん)あそびか所詮小屋」

 ギリシア詩人の仮面の下から、沓掛氏のくぐもった声が漏れる。

 古代ギリシア語の何が「浮世」に化けたのか。「かぶきたまへや」の原語に思いを巡らすとき、読者は重力を免れた浮遊感に身をゆだねる。

 狂おしい恋に、果敢に身を投じた古(いにしえ)の女流詩人たちを、本書の沓掛氏は篤(あつ)くもてなしている。かと思えば、中世ラテン語の「酒の歌」を、漢詩と口語に自在に訳し分けた遊びのページがある。

 おもしろうて、やがて寂しき。この境地に至る道のりは、碩学(せきがく)の一生を掛けた戦いの軌跡でもある。

 翻訳という創作の、古典となるべき運命を背負った一冊である。(荻野アンナ)

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 くつかけ・よしひこ 1941年、長野県生まれ。東京外国語大名誉教授。西洋古典文学を専攻。『サッフォー 詩と生涯』『西行弾奏』をはじめ多くの著書のほか、『ホメーロスの諸神讃歌』、エラスムス『痴愚神礼讃』などの訳書がある。


(2016年2月1日 読売新聞)