第10回読売あをによし賞

 文化財の保存・修復に大きな功績があった個人や団体を顕彰する「読売あをによし賞」の第10回受賞者が決まった。75件の応募から本賞に選ばれた廣瀬賢治さん(72)(京都市上京区)は、掛け軸や屏風(びょうぶ)の表具に用いる古代裂(ぎれ)の製作に取り組み、多くの国宝や重要文化財の修理に貢献したことが評価された。奨励賞は、紅染(べにぞめ)の媒染剤などに使う、梅の実を黒くいぶした烏梅(うばい)を製造する中西喜久さん(71)(奈良市)、特別賞は、寺社専門の建築会社として文化財建造物の保存・修復、復元工事に携わってきた株式会社金剛組(大阪市天王寺区)にそれぞれ贈られる。

表装復元「縁の下の力持ち」

本賞

表具用古代裂の製作 廣瀬賢治さん

  •  書画を掛け軸や巻物、屏風に仕立てる際、材料となる金襴(きんらん)や錦、緞子(どんす)、綾(あや)などを、主に中国から日本に伝わった古い裂(布きれ)を参考に西陣織で復元製作し、多くの国宝や重要文化財の修理に貢献した。受賞を「材料や道具、機織りの職人たちと共に、縁の下の力持ちの一人として喜び合いたい」と謙虚に語る。

     1872年創業の西陣織織元の家に生まれ、機の音を聞いて育った。だが、当初は家業を継ぐつもりはなかった。働き詰めの職人仕事を敬遠し、高校卒業後に広告代理店に入社。4年余り勤めたが、「やはり家業が気になって織物に興味を抱くようになり、23歳で継ぐことを決めた」。

     機織りの準備や技術を身に付ける修業を積み、文化財に用いる表装裂地の復元に情熱を傾ける父・敏雄さん(故人)の背中を見て仕事を学んだ。

     初めてメインとなって担当した国宝修理は、1985~87年度に行った京都国立博物館所蔵の「釈迦金棺出現図(しゃかきんかんしゅつげんず)」(平安時代後期)。同館などと協議を重ね、聖護院門跡(京都市左京区)所蔵の平安時代の錦を復元して表装に用いた。


 表装裂地は、文化財全体の品格を左右する。国宝級の文化財に用いるものを作るには、約20人もの専門家が携わる。染色家が何度も糸を染め直し、その都度、織り直す。表具師が色や模様の均衡を見ながら裂地を取り付ける。文化財と調和した表装が完成すると、感激もひとしおという。

 「できないとは言わない。必ず挑戦する」が信条。顕微鏡で古代裂の織り方や糸を観察し、それに近い糸を全国の産地から探し出し、職人が手機で織る。日本画を描くのに用いる薄い絹織物「絵絹」も150種類以上、復元した。敏雄さんに続き2007年、表具用古代裂製作の国選定保存技術保持者に認定された。


 11年には文化財修理の担い手でつくる「伝統技術伝承者協会」(京都市中京区)の理事長に就き、螺鈿(らでん)細工など伝統技術の映像記録にも取り組む。「100年、200年先に修理する人が困らないように」と使命感を燃やす。

染織支える「唯一の担い手」 

奨励賞

  • 烏梅製造 中西喜久さん 

 1万本を数える梅の名所として知られる奈良・月ヶ瀬で、全国で唯一、烏梅の製造を担う。会社勤めの傍ら、30歳代で携わるようになり、2011年に国選定保存技術保持者に選ばれた。「賞をいただくような器ではないが、今後も一生懸命作り、染織作家らを支えていきたい」と意気込む。

 烏梅は、梅の実をいぶして乾燥させたもの。湯につけた溶液を紅染の染液に加え、布や糸を浸すと発色がよくなる。7月初旬に完熟した梅の実を集め、自宅の作業場で煤(すす)を丁寧にまぶした後、薪(まき)などを燃やして24時間いぶす。その後3週間程度、天日で乾燥させる。

 梅をいぶす際、70度に保つのがコツで、干す工程では雨にぬれないよう手間もかかる。文化財の染織品修理や復元にも不可欠で、昨年は60キロを作った。地味な作業だが、「染織の先生から、『おかげで良い作品ができた』と言われるのが励みです」と語る。

 月ヶ瀬の梅は本来、烏梅を作るために植えられたとされ、江戸時代には各農家が盛んに烏梅を製造していた。ところが明治時代以降に化学染料が普及し、価格が暴落して製造者が激減。父・喜祥(きよし)さん(故人)の代には、中西家のみになった。

 群馬県に住む長男謙介さん(37)が5年前から作業を手伝っており、地元の小学生にも製作過程を見学してもらう取り組みを続ける。「将来、烏梅作りに携わってくれる人が増えればうれしい」と決意を新たにしている。

伝統守る「最古の企業」

特別賞

金剛組 


 「世界に誇る日本の木造技術を評価していただいたと、光栄に思っています」。刀根健一社長(61)は、受賞に笑顔を見せた。

 578年、四天王寺(大阪市天王寺区)を建立するため、聖徳太子が朝鮮半島・百済から招いた工匠・金剛重光を創業者とし、「世界最古の企業」ともいわれる。1597年再建の同寺支院の多宝塔に「総棟梁(とうりょう)金剛匠」との銘があり、伝統が続いてきたことを示している。毎年1月11日には同寺金堂で「手斧(ちょんな)始め」という伝統の仕事始めの儀式を営む。


 8組約110人の専属宮大工を抱え、堺市美原区にある関西加工センターの加工場(約7600平方メートル)で作業の6割を行い、現場では部材の組み立てや調整をする。1955年の株式会社化以降、住吉大社(大阪市住吉区)の本殿4棟(国宝)をはじめ、172件の文化財建造物の保存・修復、復元工事を手がけた。


 神社や寺院を支えてきた人口の減少は深刻さを増し、文化財行政は財政難に直面している。それでも、専属宮大工でつくる「匠(たくみ)会」会長の木内繁男さん(65)は「予算がないから簡単な構造でよいというわけにはいかない。常に高度な技を使い、次代へ継承するのが役目」と力を込める。刀根社長も「伝統工法にこだわり、日本の文化を守り伝えるのに貢献していきたい」と語った。

(2016年5月11日読売新聞)