第24回読売演劇大賞(2017年)の審査評

 第24回読売演劇大賞(主催・読売新聞社、後援・日本テレビ放送網)が決まりました。審査評などで受賞作、受賞者を紹介します。(敬称略)

大賞・最優秀スタッフ賞

堀尾幸男(「逆鱗」「遠野物語・奇ッ怪 其ノ参」の舞台美術) 光と色 微細にして壮大

■審査評 前田清実

 昔から堀尾さんの作品を見ている。そして何度もご一緒している。尊敬してやまない大先輩が激論の末、大賞を受賞された。しかも、演劇大賞24回目にして、スタッフからの選出は初めてという快挙。多くのスタッフの励みになるに違いない。

 「逆鱗」は、野田秀樹の作・演出。人間と人魚との現在と過去を往還する奇想天外な物語が、終戦間際に海の底で散った若者たちの悲劇に結びつく。最小限の装置が屈折し、分散し、反射しと、目まぐるしい視覚効果を生み、それが巨大水槽、海底に変化する。鱗(うろこ)のようにキラキラするパネルはまさに目から鱗。並外れた情熱と桁外れの粘り強さが、演出家の求める世界を具現化し、美しく裏切るのだろう。ニーチェの言葉を借りて言うなら「職人」。そうなのだ、堀尾さんはあらゆる術を持ち合わせた腕の立つ熟練工なのだ。劇場の大小に合わせて細部にこだわり、丁寧に仕上げ、結果、壮大なものを創りあげる。今で言う「GRIT(やり抜く力)」の申し子だ。

 「遠野物語・奇ッ怪 其ノ参」(構成・脚本・演出=前川知大)を観劇した後、堀尾さんの元に走り「つるされた赤い和紙は何故、黒くなるの」と、素人のような質問を投げた。あの「たたみいわし」という素材は和紙ではなく、麻を固めた布地だと教えてくれた。専門的な事は分からなかったけれど、境界(たたみいわし)が民話を題材にした作品のあちらとこちらの間を見事に表現した。鍛練に裏打ちされた、真の力を持った堀尾さんの背中をいつまでも追いかけよう、と思う。

 ◇ほりお・ゆきお 武蔵野美術大、ベルリン造形大に学び、演劇、オペラ、バレエまで幅広く手掛ける舞台美術家。最優秀スタッフ賞は第3回、第6回に続き3度目の受賞。70歳。

最優秀作品賞

「ジャージー・ボーイズ」(東宝/WOWOW) 青春の輝きを鮮やかに

■審査評 萩尾瞳

 新鮮な驚きに満ちた舞台だった。「ジャージー・ボーイズ」は、1960年代の人気グループ「ザ・フォー・シーズンズ」の半生を彼らのヒット曲で紡ぐ、いわゆるカタログ・ミュージカルだ。ブロードウェー作品の翻訳初演だが、単なる翻訳物を超える密度があった。

 藤田俊太郎の演出が作品に新たな光を当てる。TVモニターを駆使して、観客を同時代の目撃者に仕立ててしまうのだ。モニターに映るベトナム戦争の映像に、主人公たちのイノセント・エイジと米国のそれが重なりもする。観客は物語に並走しつつ、青春の輝かしさと哀切さを体感する仕掛けだ。オリジナル版が凡庸に思えるほど刺激的な舞台であった。

 主演・中川晃教のハイトーン・ボイスも圧倒的だった。他のキャストも確かな歌唱と各々(おのおの)の個性を生かして、また魅力的だった。全てが一丸となった素晴らしい出来ばえで、ミュージカルとしては初の最優秀作品賞に輝く。ここは、一ミュージカル・ファンとして手放しで喜びたい。

 ◇「ジャージー・ボーイズ」 米ニュージャージー州出身の4人組グループの青春物語。「シェリー」「君の瞳に恋してる」などの名曲と共に彼らの光と影を描く。

最優秀男優賞

中川晃教(「ジャージー・ボーイズ」の演技) 名歌手の唱法写し肉薄

■審査評 青井陽治

 いくつもの奇跡が重ならなければ上演そのものが不可能だった。まず実在の主人公フランキー・ヴァリそっくりに歌えなければならない。ブロードウェーの審査に合格。過酷な音域と唱法に挑戦。作品も役も難題いっぱい。時代・地域・人種・階層。特殊性を踏み込んで表現しながら普遍のメッセージを乗せる。

 川の向こうはマンハッタン。その川ひとつが渡れない。低所得。労働者。イタリア移民。そこから「声」ひとつを「黄金の切り札」として世界の人気者に成り上がる。結婚。子育て。女性問題。バンドの話だからグループ内の軋轢(あつれき)。酒。麻薬。裏社会。瞬くうちに中川の実年齢34歳を超え、娘の死、歌手としての再生、バンドの再結成。お決まりを凝縮したような物語。

 中川の演技には背景の研究、内面の探求の跡が明らかだ。だがそれ以上に、ヴァリの唱法を身体に写すことに徹し、体幹のポジション、呼吸、頭蓋の響きなどから、音楽的、身体的に複雑で強烈な人物に肉薄した。正に彼にしかできない奇跡のアプローチだ。

 ◇なかがわ・あきのり 2001年にシンガー・ソングライターとしてデビュー。翌年、ミュージカル「モーツァルト!」に主演し、杉村春子賞に輝いた。台湾での人気も高い。34歳。

最優秀女優賞

鈴木杏(「イニシュマン島のビリー」「母と惑星について、および自転する女たちの記録」の演技) 大人の女の魅力と機微 

審査評 河合祥一郎

 凜(りん)とした潔さ。色気と根性。真摯(しんし)さと愛らしさ。鈴木杏の魅力を語り尽くすことはできないが、その最大の美点は言葉を大切にした確かな演技力にあると言えよう。

 「イニシュマン島のビリー」の少女ヘレン役では、悪口雑言を吐いて乱暴をふるいながらも主人公に慕われる魅力を持つ複雑な役を見事に演じた。人物の“個性”をここまでしっかりと作り込む力量には驚かされる。

 「母と惑星について、および自転する女たちの記録」の次女・優役では、どうしようもない夫を持つ現代娘の逞(たくま)しさを見せ、“今ここで生きる”現前性を説得力をもって表現した。

 オフィーリアやジュリエットを演じていたときの純真さを失わないまま、大人の女としての魅力や機微も自在に表現し得る底力をこの女優は会得した。「奇跡の人」のヘレン・ケラーもアニー・サリヴァンもこなしてその演技力の確かさを示してきた彼女の素晴らしさが、ついに最優秀女優賞にふさわしいものと認められたのは、実に喜ばしい。

 ◇すずき・あん 1996年デビュー。2003年の「ハムレット」以降、故・蜷川幸雄演出の舞台に度々出演。巨匠の厳しい要求に必死に応えたことで同世代で一頭地を抜く実力派女優に成長した。29歳。

最優秀演出家賞

ケラリーノ・サンドロヴィッチ(「8月の家族たち」の演出) 冷たい滑稽感が冴える

審査評 矢野誠一

 ケラリーノ・サンドロヴィッチという劇作家の、演出者としての豊かな才能が端的に発揮されるのは、戯曲の読み方の上手さだと思う。それはオリジナルの自作よりむしろ、岸田國士「パン屋文六の思案」や太宰治「グッドバイ」にみられるような、潤色、脚色、構成といったかたちで、ほかに原作のある作品に対したとき、より顕著だ。トレイシー・レッツ作・目黒条訳「8月の家族たち」の上演台本・演出も、例外ではない。

 現代アメリカが舞台のシリアスな家族劇と言える「8月の家族たち」は、重苦しさに支配された辛(から)いドラマだ。ゆがめられた社会構造のなかで、血の関係のもたらす対立、相克、葛藤から、冷たい滑稽感に満ちた劇世界を創り上げた演出の冴(さ)えは、緻密で、透徹した戯曲の読解力によるものだ。

 この人の遊びごころには多分に魅力があるのだが、「8月の家族たち」ではあえてそれを封印したのも好結果につながった。

 ◇主宰する劇団「ナイロン100℃」で、20年以上、作・演出を担当している。ナンセンスなギャグに、人間の不条理がにじむ作品を生み出してきた。第9回と第23回で優秀演出家賞に輝いた。54歳。

杉村春子賞

三浦春馬(「キンキーブーツ」の演技) 難役に挑む勇気と努力

■審査評 中井美穂

 投票委員の方から最多の推薦があり、選考会では満場一致で文句なしの受賞となりました。  2009年、19歳で初舞台を踏んだ時に「なんて舞台に向いている人だろう」とびっくりしました。歌もダンスも殺陣も声も芝居もルックスもいい。

 その後も劇団☆新感線の公演でコミカルなキャラクターを演じ、新境地を開拓。そして昨年、ブロードウェーミュージカル「キンキーブーツ」のローラ役でその存在を確かなものにしました。

 12センチのハイヒールにド派手なヘアスタイル、タイトなミニスカートで歌い踊るドラァグクイーンを演じながらボクシングシーンもあり、歌もポップなものからバラードまで幅広い音域が必要な難役。全てをかけてローラに挑んだ勇気と地道な努力が実を結びました。

 持って生まれた素質に加えて飽くなき向上心を持つスケールの大きな俳優さん。これからも舞台の上でますます輝く姿を追いかけます。おめでとうございます。  

 ◇みうら・はるま 子役時代から活躍し、コメディーからシリアスな作品まで、全方位で力を発揮する若手の成長株。大河ドラマ「おんな城主 直虎」にも出演している。26歳。

芸術栄誉賞

吉井澄雄 現代演劇の画期的照明

■審査評 大笹吉雄 

 舞台創造の現場に舞台監督、美術、照明、衣装、音響、効果などと各専門分野が成立し、それを総合的にまとめる演出という役割が確立したのは、小山内薫と土方与志が1924年に創設した築地小劇場においてだった。

 その築地で一気に評価を高めたのが、美術と照明だった。ことに照明がそう言われた裏には、この劇場が日本で最初にホリゾント(舞台背景の壁)を設置し、観客が劇場の中ではじめて青空を目にしたというようなことがあった。

 そういう画期的な照明に手腕を発揮したのが故遠山静雄さんだったが、吉井氏はこの遠山さんの弟子に当たる。そして吉井氏もまた、師匠同様、画期的な足跡を記した。

 日生劇場での浅利慶太演出、商業演劇に初登場した当時の蜷川幸雄演出、二代目市川猿翁が創出したスーパー歌舞伎……。こうした現代の演劇を考える上での節目の公演は、吉井氏のシャープな照明があったればこその成果だった。当然の受賞というべきだろう。  

 ◇よしい・すみお 演劇、オペラ、舞踊と幅広く活躍する日本の舞台照明の第一人者。日生劇場や新国立劇場など数々の劇場の建設にも関わった。パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座の作品も手掛けている。84歳。

選考委員特別賞

三浦基(「ヘッダ・ガブラー」「桜の園」の演出) 時代の壁越える明快さ

■審査評 みなもとごろう 

 自由な青春時代をおくったヘッダ・ガブラーは、平凡な学者テスマンとふとした物欲がもとで結婚する。三浦の「ヘッダ・ガブラー」は、原作を大胆に変換した「ヘッダ・テスマン」という夫の姓を付けた呼びかけから始まる。そこで、主題が見事に浮かび上がる。以後、彼女は様々の呼び方をされるが、それはアイデンティティの喪失の反映である。一旦(いったん)自己を見失えば、支配・被支配の過酷な関係性からは逃れえない。現代の情況と見事に照応する舞台である。

 「桜の園」は、従来の信条に拘泥する有産階級、個人の才覚を誇る新興商人、貧富のない社会を夢見る知識階級の三者の思いを、互いに切なく描く。一方で、この三者の連帯を分断する貨幣の山(拝金主義の象徴)を築いて、ロシア革命の成功とその崩壊との必然を見事に俯瞰(ふかん)する。

 三浦基の演出は、物語を解体して一見難解だが、虚心に接すれば古典絵画の裸体に加えられたイチジクの葉を除去するように、時代の壁を乗り越える明快なものである。   

 ◇みうら・もとい 京都の劇団「地点」代表。徹底した戯曲の読みと独創的解釈、大胆な構想力で、斬新なドラマを作り上げる。受賞対象作はイプセンとチェーホフの名作。43歳。

優秀賞受賞作、受賞者は次の通りです。

  • ◆優秀作品賞=「For the people-リンカーン 自由を求めた男-」「宮本武蔵(完全版)」「三億円事件」「ヘッダ・ガブラー」
  • ◆優秀男優賞=市川猿之助、坂本昌行、千葉哲也、三浦春馬
  • ◆優秀女優賞=轟悠、濱田めぐみ、山本郁子、吉田羊
  • ◆優秀演出家賞=千葉哲也、原田諒、藤田俊太郎
  • ◆優秀スタッフ賞=沢田祐二、高橋巌、玉麻尚一、原田保

(2017年2月4日 読売新聞)