第11回読売あをによし賞

 文化財の保存・修復に多大な貢献をした個人や団体を顕彰する「第11回読売あをによし賞」の受賞者が決まった。72件の応募から本賞に選ばれた黒田俊介さん(73)(京都市山科区)は、襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)の下地や外枠を、厳選した材料や独自の技法で製作し、国宝や重要文化財の修復を支えたことが評価された。奨励賞は、内戦で失われかけていたカンボジアの伝統的絹織物の復興に取り組む森本喜久男さん(68)(カンボジア・シェムリアップ)、特別賞は、再現力や耐久性に優れたコロタイプ印刷で正倉院文書など文化財の複製を手掛けた株式会社便利堂(鈴木巧社長、京都市中京区)にそれぞれ贈られる。

国宝・重文 陰で守る

本賞

表装建具製作 黒田俊介さん

  •  襖や屏風などの障壁画を張る下地や外枠の製作に、大津市内の工房で取り組む。障壁画が完成すれば、自身の仕事は外から見えなくなる。受賞について「陰の仕事が認められたことは大きな喜び。多くの人のお力添えがあってこそ、晴れがましい賞をいただけた」と感謝する。

     代々、指物師を営む家に生まれた。高校卒業後、父に弟子入り。「経営よりも、職人はまず仕事ができないと人がついてこない」。父の教えに従い、熱心に腕を磨いた。

     当初は日本画の額縁を中心に製作。1978年頃、絵画や書跡の保存修理を担う表具会社「岡墨光堂(おかぼっこうどう)」(京都市)から仕事を依頼されたのを機に、瑞巌寺(宮城県松島町)の本堂や二条城(京都市)二の丸御殿など、数多くの国宝や重要文化財の修復に携わるようになった。

     「文化財の建具は、ただの骨組みではない。障壁画を長くいい状態で残すため、親切な仕事をしなければ」と材料と技法に気を配る。


 材料には、縮みや脂分の少ない吉野杉の辺材を用いている。建具は、時間がたって木が縮むと、張られていた障壁画がたるんで傷むため、部材を巧(たく)みに加工して予防する。また、襖の枠の底にも敷居の傷みを少なくする独自の工法を用いている。

 「細かい工夫は一見しただけではわからないが、結果は全然違ってくる」と自信をみせる。


 2008年に弟子を取り、10年には伝統技術伝承者協会の理事に就任。後継者育成にも力を入れる。「文化財を守る一員なのは誇り。技術と共に、文化財保存の心構えや考え方を伝えるのが責務です」と決意を語る。

カンボジア織物に再び命 

奨励賞

  • 森本喜久男さん

 カンボジア・シェムリアップ国際空港から車で約1時間。荒れ地を開拓した織物の村「伝統の森」で暮らす。20年以上続いた内戦で消えかけていた同国伝統の絹織物を復興し、織物生産で人々が生活できるようにつくった村だ。「自然素材を生かした本物だけが持つ布の肌触りや風合い、美しさにひかれ、ここまでやってこられた」と話す。

 京都で手描き友禅職人として働いていた森本さんは約40年前、カンボジアの織物と出合った。訪れたタイ・バンコクの博物館で、鮮やかな赤を基調とし、唐草風の大胆な文様と精緻(せいち)な織りに目を奪われた。

 1995年に国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の依頼でカンボジアの伝統織物について調査。翌年、プノンペンに民間活動団体(NGO)のクメール伝統織物研究所を設立、絹織物の復興活動を本格化させた。

 まず各地を巡り、熟練の技を持つ高齢者を探し出した。「彼らの『手の記憶』を呼び覚まし、伝統を掘り起こす作業だった」と振り返る。2000年にシェムリアップに移り、技術の継承に力を注いだ。

 「伝統の森」づくりは03年から始め、「黄金の繭」と呼ばれる黄色の糸を出す蚕の飼育、餌となる桑や染色用の植物の栽培、糸引き、織りなど全ての作業を担う。現在、23ヘクタールの敷地に約80人が暮らしている。

 「ここで一緒に生活し、仕事をする彼らが僕の宝。いい環境をつくることで、いい仕事ができる」。職人たちが織った布を手に、誇らしげに語った。

世界で唯一の印刷技術

特別賞

株式会社便利堂


 奈良・法隆寺の金堂壁画や正倉院文書をはじめとする文化財の複製をコロタイプ印刷で作り、1887年の創業以来、日本の文化財保存に貢献してきた。

 コロタイプは19世紀半ば、フランスで生まれた。ガラス原板にゼラチンを塗り、ネガを焼き付けた版を作って印刷する。顔料を含む専用インクは耐久性が高く、色は鮮明で繊細な筆致の再現性も高い。


 一方、版作りやインク量の調整は職人による手作業で、高い技術が求められる。さらにカラー刷りは1色ずつ版画のように重ねるため大量生産に向かない。このため、現在、カラーコロタイプの技術は世界でも便利堂だけが持つ。


 象徴的なのが、法隆寺金堂壁画の複製事業。1949年の壁画焼損前に写真撮影して複製を作っており、壁画の復元模写を可能にした。コロタイプの原板となった原寸大のガラス乾板は、重要文化財に指定された。


 また、正倉院文書や伊藤若冲(じゃくちゅう)らによる日本絵画の傑作の複製も作り、展示や研究に役立てている。


 鈴木巧社長(51)は「長年の取り組みを評価していただけて光栄。コロタイプの技術を継承し、今後も日本文化の発信に貢献したい」と意気込んでいる。

(2017年5月31日読売新聞)