第25回読売演劇大賞(2018年) 受賞者・受賞作紹介

 昨年1年間の演劇界の成果を顕彰する第25回読売演劇大賞が決まりました。審査評などで受賞作、受賞者を紹介します。(敬称略)

大賞・最優秀女優賞

宮沢りえ(「足跡姫~時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)~」「クヒオ大佐の妻」「ワーニャ伯父さん」の演技) 気迫、魔性、そして妄想力

■審査評 河合祥一郎

 一瞬もゆるがせにしない厳しさを《美》に秘め、狂おしいまでの《熱》を妖艶(ようえん)なクールさに潜ませている。「足跡姫~時代錯誤冬幽霊~」で彼女が演じたのは、演劇の原点とも言うべき役――三、四代目出雲阿国――であった。彼女が踊るその足跡がアシ・アートという芸術になるという「傾(かぶ)き」ぶりを、凄(すさ)まじい気迫と色気を以(もっ)て演じてみせた。演劇への熱い思いに根差すこの作品の精神を見事に体現してみせたその実力は余人の及ばぬものである。

 「ワーニャ伯父さん」では一転して、退屈を抱えた後妻エレーナ役として、いるだけで田舎の人間関係に波紋を惹(ひ)き起こしてしまう魔性の女を演じた。

 そして「クヒオ大佐の妻」では、古いアパートの一室でミシンを踏みながら《クヒオ大佐》の帰りをひたすら待つ妻役として不思議な存在感を見せた。アメリカ空軍パイロットを自称する《クヒオ大佐》の実在が危ぶまれるなかで、いわば圧倒的な妄想力で観客の思惑を裏切って現実を変容させてゆく。その妄想力は役のものというより、女優宮沢りえのものであると感じさせられた。すばらしい妄想力の持ち主なのだ。

 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を3度受賞している彼女だが、読売演劇大賞の最優秀女優賞もこれで3度目となる。しかも今度は大賞である。満を持しての受賞と言えよう。これからもますます多くの観客を魅了してほしい。

 ◇みやざわ・りえ 1988年に映画デビュー。舞台では近年「海辺のカフカ」「ビニールの城」など大作が続く。現在は「近松心中物語」に出演中。第12回と第16回で最優秀女優賞、大賞は初受賞。44歳。

最優秀作品賞

子午線の祀(まつ)り(世田谷パブリックシアター) 木下戯曲 意欲的な挑戦

■審査評 大笹吉雄

 東京・世田谷パブリックシアターでの本公演(7月)の約9か月前に、この作品(木下順二作、野村萬斎演出)は小劇場のシアタートラムでドラマ・リーディングの形で試演された。この時も萬斎演出だった。テキストが大幅にカットされていたものの、この戯曲が「群読」として初演(1979年)された例にならい、そのスタイルがほぼ踏襲されていた。

 ドラマ・リーディングの成果を踏まえ、主要な役に新たなキャストを迎えた本公演では、初演以来の上演形式とはまったく変わっていた。

 「群読」だけではなく、個人とそれを超える運命との衝突という、木下戯曲の本質を視覚化し、登場人物をダイナミックに動かす演出になっていた。

 この戯曲としては初めての試みだったが、深い読みによる意欲的で立体的な挑戦の結果が、今回の顕彰につながったと言っていい。

 思えば木下順二が長年にわたって心血を注いだ作品で、それが今、新しい形でよみがえった。一種の快挙である。

 ◇「子午線の祀り」 戦後日本を代表する劇作家・木下順二の傑作。平家一門の栄枯盛衰を宇宙の視点から壮大に描く。音楽は武満徹。出演は萬斎、成河、河原崎國太郎、若村麻由美ら。

最優秀男優賞

橋爪功(「謎の変奏曲」の演技) 揺れ動く傲慢さ、卑小さ

■審査評 みなもとごろう

 橋爪功の演じるノーベル賞作家アベル・ズノルコの一挙一動、片言隻語に心を奪われた。幕が下りてかすかな疲労感を覚えた。と同時に、芝居を観(み)る醍醐(だいご)味とは、まさに客席でも何かを為(な)し終えたという、この感覚なのだという思いがじわじわと湧いてきた。

 ノルウェー沖の孤島で、長年、一人暮らしを続けている彼のもとに、地方紙の記者を自称する男が訪れる。最新作の恋愛小説についての取材という触れ込みだったのだが、実は彼は……。小説のモデルとなった一人の女性をめぐって、ズノルコの私生活の神秘のベールが徐々にはがされてゆく。

 世界的な作家としての傲慢(ごうまん)さと一人の男としての卑小さとが揺れ動くさまは、実に大胆でいて微妙で、しかも素早い。そこから発するオーラはどのようなカメラのクローズアップも及ばない。橋爪功の本領が舞台にあることを示した演技だった。

 死者を蘇(よみがえ)らせるには嘘(うそ)が必要、といったせりふがあるが、舞台はまさに嘘そのもの、橋爪功の見事な「嘘」に乾杯!

 ◇はしづめ・いさお 文学座、劇団雲を経て1975年に演劇集団円の設立に参加し、現在は代表を務める。舞台、映画、ドラマで主役・脇役問わず幅広い役をこなす。「謎の変奏曲」は森新太郎演出。76歳。

最優秀演出家賞

永井愛(「ザ・空気」の演出) 無言の「空気」との対峙 

審査評 矢野誠一

 自分で演出する戯曲は、ある部分で多少手を抜きながら執筆しがちと告白した劇作家を何人か知っている。稽古で修正するのを想定してのことだろう。

 永井愛の作品から、こんなケースを窺(うかが)うことは難しい。執筆作業を演出作業と連動させていくのが、永井愛の劇作作法と言っていい。「ザ・空気」は、そうした創作姿勢が最大限の効果をあげている。

 永井愛作・演出の「ザ・空気」は、テレビの報道番組製作に携わる人たちが、報道の自由に関するさまざまな問題に困惑し、翻弄(ほんろう)されるさまを、放送開始時間までに残された時間のなかでスリリングに展開している。

 部屋の空間とエレベーターの開閉という無機質な美術(大田創)を背景に、登場人物それぞれが逡巡(しゅんじゅん)、煩悶(はんもん)する不安定な心理行動を、台詞(せりふ)から巧みに抽出してみせた演出力を高く評価したい。

 空気のような無言で不気味な圧力と対峙(たいじ)せざるを得ない、組織に属する人間の抱える共通の問題を鋭く提示してくれた。

 ◇ながい・あい 劇作家・演出家。二兎社主宰。社会に潜む問題に迫る喜劇、森鴎外、樋口一葉ら歴史上の人物を題材にした舞台で高い評価を得てきた。「歌わせたい男たち」が第13回の最優秀作品賞。66歳。

最優秀スタッフ賞

土岐研一(「天の敵」「散歩する侵略者」の美術) 豊かで美しくシニカル

審査評 前田清実

 劇団「イキウメ」作品への土岐さんのアプローチ、イメージの離陸・着陸、アイデアの入り口・出口が気になって仕方がなかった。今回の受賞対象作の舞台美術は共に、崇高な世界をシンプルで豊かに、決して冷酷でも無く、観(み)る側の想像力をかき立て、スタイリッシュに語ってくれた。演出の前川知大さんとは阿吽(あうん)の呼吸に違いない。才能の競演。羨ましい限りである。

 思い切って聞いてみた。「何を切り口にプランを立てていらっしゃるのですか?」と。「リサーチです」と、優しく穏やかに迷わず返って来た。合点がいった。土岐作品は抽象と具象の表現の振り幅が大きい。「天の敵」では棚に数多(あまた)の食材や香辛料の瓶、ソファとテーブルの配置。「散歩する侵略者」では白い板目の床、UFOの様な楕円(だえん)。この見事な空間は、無駄の無い「Less is more」。徹底的なリサーチと知恵と智慧(ちえ)、そして努力の賜物(たまもの)なのだ。だから豊かで美しくてシニカルなのだ。根幹がしっかりしているからこそ変幻自在なのだと納得した。

 ◇とき・けんいち 舞台美術家。米コネティカット大大学院で学び、帰国後の2001年から演劇作品などを手がける。第18回と21回に優秀スタッフ賞。46歳。

杉村春子賞

シライケイタ(「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「袴垂れはどこだ」の演出) 演出6年で大きな飛躍

■審査評 西堂行人

 杉村春子賞は元来、有望な新人に与えられる賞であるが、今回、文字通り「新人」は見当たらなかった。そこで、今もっとも「旬」で比較的キャリアの浅い新鋭に着目したところ、シライケイタが浮上した。

 この1年の彼の仕事は本当に目覚ましかった。春の「実録・連合赤軍」の演出にはじまり、「SCRAP」の作・出演、夏には温泉ドラゴンでの「幸福な動物」(作=原田ゆう)、年末の福田善之の「袴垂れはどこだ」の演出。まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍だ。演出を始めてわずか6年にして大きな飛躍の年となった。

 制作母体は各々異なるが、彼が目指している方向性は一貫している。それは集団と個の関係を通して、人間が生きる場としての演劇の可能性を真摯(しんし)に探ることだ。小空間を舞台に俳優たちと徹底的に議論を重ね、集団のアンサンブルを練り上げていく。シライを核に参集した俳優やスタッフたちは、彼のぶれない姿勢や思想に大きく鼓舞されたことだろう。まさに「旬」と呼ぶにふさわしい演劇人である。

 ◇シライケイタ 1998年蜷川幸雄演出「ロミオとジュリエット」で俳優デビュー。2010年に劇団「温泉ドラゴン」の旗揚げ公演に処女作を執筆。11年から劇作と演出を始めた。43歳。

芸術栄誉賞

仲代達矢 激動の時代 つねに先頭

■審査評 渡辺保

 私がはじめて仲代達矢を見たのは、前の俳優座劇場で上演されたイプセンの「幽霊」であった。東山千栄子のアルヴィング夫人、千田是也の牧師に対して仲代達矢のオスワルト。幕切れの「太陽を」という叫びは、新鮮で、衝撃的で、今でも忘れることが出来ない。新劇史の輝かしい一頁(ページ)である。

 それから幾星霜。小沢栄太郎演出の「東海道四谷怪談」の浪宅の格子の向こうに立った民谷伊右衛門の凄愴(せいそう)な姿、千田是也演出の華麗な絵巻の「ハムレット」の豪奢(ごうしゃ)さ。黒沢映画「用心棒」の無頼ぶりから、奈良岡朋子と共演した「ドライビング・ミス・デイジー」の運転手まで。あるいは亡き夫人宮崎恭子とともに立ち上げた劇団「無名塾」で多くの俳優を育て、能登に劇場をつくって今日に至る。

 その間、全盛を極めた「新劇」は衰退し、近代は現代へと大きく転換した。その激動のなかで、仲代達矢はつねに舞台の先頭を歩いてきた。その活動は演劇の「歴史」そのものであり、称賛に値するだろう。

 ◇なかだい・たつや 1952年、俳優座養成所に入所。小林正樹、黒沢明、成瀬巳喜男ら名監督の作品に多数出演した。俳優養成の私塾「無名塾」を40年以上続け、塾生とともに全国で演劇公演を開く。85歳。

選考委員特別賞

「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」 「ビリー」探し1年以上

■審査評 中井美穂

 長年望まれていながら、なかなか実現しなかった舞台が、ついに日本版で上演された。

 主人公は、英国のサッチャー政権下の炭鉱町で暮らす少年ビリー。演じる子役は、声変わり前で、ほぼ出ずっぱり。歌に演技はもちろん、この作品の肝となる高度で激しいダンス、バレエ、タップ、アクロバットが出来なければならない。しかも、東京、大阪で約4か月のロングラン公演だ。

 日本でこのビリーを演じる少年を探すために英国人スタッフと共に1年以上かけてレッスン形式のオーディションを行い、最終的には5人のビリーが誕生した。

 主役のみならず多くの少年、少女キャストの成長、それを舞台上で支えるメインキャストの安定、様々な役をこなしたアンサンブルの充実と献身、制作サイドの熱意が作品を通して伝わり、多くの観客を獲得した。

 作品自体の完成度と相まって日本の新しいミュージカル制作のあり方を考えさせた点でも評価したい。

 ◇「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」 2005年に英国で初演されたミュージカル。作曲はエルトン・ジョン。演出はスティーブン・ダルドリー。ビリー役は加藤航世、木村咲哉、前田晴翔、未来和樹、山城力。企画制作はホリプロ。

優秀賞受賞作、受賞者は次の通りです。

  • ◆優秀作品賞=「ザ・空気」「怪人21面相」「屠殺(とさつ)人ブッチャー」
  • ◆優秀男優賞=市村正親、佐川和正、佐藤誓、中村雀右衛門
  • ◆優秀女優賞=新橋耐子、藤井由紀、森尾舞、若村麻由美
  • ◆優秀演出家賞=小笠原響、小山ゆうな、日澤雄介、和田憲明
  • ◆優秀スタッフ賞=鎌田朋子、塵芥(ちりあくた)、乘峯雅寛、前田文子

(2018年2月3日 読売新聞)