第13回読売あをによし賞

 文化遺産の継承に多大な貢献をした個人・団体を顕彰する「第13回読売あをによし賞」の受賞者が決まった。65件の応募があり、本賞には、オホーツク文化の研究や出土品などの保存に取り組んできた北構(きたかまえ)保男さん(100)(北海道根室市)が選ばれた。奨励賞は、棚田の再生や後継者育成を進めるNPO法人「棚田LOVER’s」(永菅(ながすが)裕一理事長、兵庫県市川町)、特別賞は、災害で被災した古文書などの救出、保全活動を行っている「歴史資料ネットワーク」(奥村弘代表委員、神戸市灘区)が受賞した。

オホーツク研究 80年以上

本賞

北構 保男 氏

  •  5~12世紀にオホーツク海沿岸で栄えた「オホーツク文化」を80年以上研究し、遺跡発掘や遺物保存に取り組んできた。「好きなことを続けてきただけですが、大変光栄」と目を細めた。

     鯨やアザラシを捕って生活したオホーツク人の文化は、サハリンから広がったとされる。遺跡では鯨類の骨や歯を使った釣り針や銛(もり)先、装飾品が出土している。10世紀以降、本州系の擦文(さつもん)文化やアイヌ文化と混ざり合い、徐々に姿を消した。

     14歳の頃、根室市の弁天島遺跡で、アホウドリの骨に捕鯨の様子を彫刻した針入れを見つけたのがきっかけで、オホーツク文化に興味を抱いた。1937年、国学院大予科に入って考古学を学び、占守(しむしゅ)島や幌筵(ぱらむしる)島など北千島の発掘調査団や、北方領土の国後島、歯舞群島の学術調査にも参加した。

     戦後は根室市で印刷会社を経営する傍ら、東京教育大(現・筑波大)の考古学演習を誘致し、研究会を創設。手つかずだった同市周辺の遺跡を調査して回り、鯨の歯で作った婦人像などを発掘し、オホーツク文化の広がりを明らかにした。「サハリンから北海道北東部や千島列島まで伝わっている。広く分布することに驚かされた」と振り返る。


 2017年、弁天島遺跡の針入れや千島列島、北方領土の出土品など、貴重な遺物約13万点を市に寄贈。3月から一部の公開が始まった。「オホーツク文化は未解明の部分も多く、今後も研究が必要。人間の生活に密着した豊かな文化があったことを多くの人に知ってほしい」と力を込めた。

「日本の原風景」 担い手育成

奨励賞

  • NPO法人 「棚田LOVER's」

 兵庫県の山間部を中心に、棚田の保全や担い手育成に取り組んできた。理事長の永菅裕一さん(34)は「これまでの活動を認めていただいた」と喜ぶ。

 「あと5年もすれば、この美しい棚田がなくなってしまう」。2007年、大学生だった永菅さんが卒業研究で同県内の農家を訪ねた時に聞いた言葉が、活動を始めたきっかけだ。少子高齢化などによる後継者不足で、棚田は各地で放棄され、鳥獣によって荒らされていた。「日本の原風景を未来につなぎたい」とサークルを結成。10年にはNPO法人となり、メンバーは約50人にまで増えた。

 崩れた石垣を積み直すなどして田んぼを再生させる一方、田植えから収穫までを体験しながら学ぶ講座や、とれた米の試食会なども開催。交流人口を増やして、農業に関心を持ってもらおうと、様々な取り組みを展開している。

 近年は、豊かな自然を体感してもらう婚活イベントにも力を入れる。これまでに43組のカップルが成立。移住を検討する人も出てきた。「多様な生物を育んできた、美しい棚田を守るため、ともに活動してくれる仲間を一人でも増やしていきたい」と意気込む。

被災した史料を救出、保全

特別賞

歴史資料ネットワーク


 1995年の阪神大震災の際、地域の歴史資料を救出、保全するために結成された。「史料の救命士」の先駆けとして、レスキュー活動だけでなく、全国で同様の組織設立を支援し、ネットワーク構築にも取り組んでいる。代表委員の奥村弘・神戸大教授(59)は「地道な活動を理解していただき、望外の喜び」とほほ笑んだ。

 事務局の神戸大では、今も2011年の東日本大震災で被災した史料のクリーニングや撮影を行っている。記録を取ることは、万一に備えてデータを後世に伝えるためにも重要な作業だ。


 救った史料は、商家の帳簿や地方の行政文書など、文化財指定を受けていないものがほとんどだが、地域史研究や生涯学習に活用されている。「災害をくぐり抜けた史料は、被災の記憶を伝え、歴史文化の発展にも役立つ。今後も市民と協力して活動していきたい」と奥村さんは語る。

(2019年5月15日読売新聞)