第27回読売演劇大賞(2020年) 受賞者・受賞作紹介

 昨年1年間の演劇界の成果を顕彰する第27回読売演劇大賞が決まりました。審査評などで受賞作、受賞者を紹介します。(敬称略)

大賞・最優秀男優賞

橋爪功(「Le Père 父」の演技 )

ダスティン・ホフマンに並んだ

■審査評 矢野誠一

 東京・千石にあった三百人劇場で、1974年に上演された劇団雲公演・モリエール「スカパンの悪だくみ」を忘れかねている。演出は芥川比呂志で、スカパンに扮(ふん)した橋爪功に目を瞠(みは)った。なんとローラースケートを履いた軽快そのものの動きで、怪人スカパンをユーモラスに演じきったのだ。

 爾来(じらい)46年。サッカーボールを自在に操るような抜群の運動神経に加えて、卓越した台詞(せりふ)術を武器に、現代新劇界を代表する男優のひとりとして存在感を示してきた。2017年の「謎の変奏曲」、18年「TERROR テロ」で、役の人物の内包するミステリアスな要素を鋭い視線と表現で解明し、見事な成果を実らせた橋爪功は、19年の「Le Père(ル・ペール) 父」で、固有の演技方法論を確立したように思う。

 フロリアン・ゼレール作、ラディスラス・ショラー演出による「父」で、橋爪功はアンドレなる80歳の一人暮らしの認知症を患った「父」を演じた。舞台には娘夫婦も登場し、家族間の葛藤も描かれるのだが、終始「父」、ということは認知症患者の視点で展開される。時間的経過が前後する舞台で、認知症ならではの思考、行動を、計算されつくした演技で表出したのに舌を巻かされた。高齢化社会のかかえる本来深刻であるはずのテーマを、暗くなることなく、ときに微笑(ほほえ)みをもたらす演技を混(ま)じえて訴えたのが手柄だ。

 これは私の勝手な推測だが、橋爪功がダスティン・ホフマンを畏敬しているとしたら、もう同列に並んだと言ってもいいだろう。

 一度も劇場に足踏み入れることなく生を終える人の多いこの国にあって、千田是也の「令嬢ジュリー」、滝沢修の「炎の人」、芥川比呂志の「ハムレット」、森繁久彌(ひさや)の「佐渡島他吉の生涯」、小沢昭一の「唐来参和(とうらいさんな)」に出会えたのを至福と感じる者だが、それに橋爪功の「Le Père 父」を加えたい。

 ◇はしづめ・いさお 放送中のテレビドラマ「やすらぎの刻(とき)~道」をはじめ舞台、映画、テレビで主役・脇役問わず幅広く活躍する。演劇集団円の代表。第15回選考委員特別賞、第25回最優秀男優賞。78歳。

最優秀作品賞

「Q」:A Night At The Kabuki(NODA・MAP)

変転し消える、その空の中にこそ

■審査評 渡辺保

 「Q」は、これまで多くの傑作を生んだ作家の新しい側面を開く作品であった。

 能の「俊寛」に始まり「シラノ」の僧院になり、「ロミオとジュリエット」の両家の争いはたちまち源平の合戦になり、ついには第二次世界大戦後のシベリア抑留に至る。むろんこれらの変幻自在の展開はこれまでの野田作品にも用いられた手法であった。しかし「Q」ではその変化のなかで、最後に運命に翻弄(ほんろう)されながらも生き続ける恋人たちの想(おも)いが浮かび上がり、それすらも紙飛行機になって虚空に消えていった。全ては空。しかしその空のなかにこそ動かしがたいものがある。

 人間はいつの世でも愚かな戰(いくさ)に走り、今また私たちはその戰の予感にいる。果たしてこの運命を切り開くことが出来るのか。そのことを問い続けてどこまでも止まらずに変転して行くもの。この透明な空に消え、それでいて確かな精神の行方こそ私たちが「Q」によって今度新しく手にしたものであった。

 ◇「ロミオとジュリエット」を題材にして野田秀樹が創作。英国の人気ロックバンド、クイーンの名曲をちりばめ、戦争に引き裂かれる純愛を描いた。出演は松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳ら。

最優秀女優賞

神野三鈴(「組曲虐殺」「マクベス」の演技 )

剛と柔、二面性複雑に表現

■審査評 河合祥一郎

 ベリャコーヴィッチ演出「マクベス」でのマクベス夫人役の演技が圧巻だった。人間ならざる悪を自らの体内に取り込もうとする肉感性が夫マクベスに対する強烈な欲望へと昇華して、ねっとりと熱い新しいマクベス夫人像を打ち立てた。「オレステイア」のクリュタイメストラ役でも、女の強さを繊細さと共に描き出して作品の要となる貫禄を示した。

 包み込むような母性的な優しさを持つ女優だが、役が求める強靱(きょうじん)さに応える迫力が年々高まり、「組曲虐殺」(2009年初演、12年再演)再々演では、小林多喜二の同志で彼の身のまわりの世話をする伊藤ふじ子という役が持つ、厳しい信念の“剛”と細やかな気配りや優しさの“柔”との二面性を複雑にからみあわせて表現し、役を膨らませた点が高く評価された。

 14年に「カッコーの巣の上で」のラチェッド婦長という善意の悪を演じたのが転機だったのではないか。着実に実力を積み重ね、見事な大輪を咲かせた。

 ◇かんの・みすず 井上ひさし作品で好演を重ねてきた。翻訳劇でも活躍。昨年はHBOアジアのドラマ「TATAMI」(斎藤工監督)にてAsian Academy Creative Awards主演女優賞日本代表に選出。53歳。

最優秀演出家賞

松本祐子(「スリーウインターズ」「ヒトハミナ、ヒトナミノ」の演出)

目瞠る1年、「障がいと性」難作も敢行

■審査評 西堂行人

 この一年の松本祐子の仕事は質量ともに目を瞠(みは)るものがあった。取り上げた劇作家は気鋭が揃(そろ)い、作風も多彩だった。自身の所属する文学座ではテーナ・シュティヴィチッチ作「スリーウインターズ」と佃典彦作「一銭陶貨」、劇団東演で堀川恵子原作、シライケイタ脚本の「獅子の見た夢」、そして今もっとも旬な横山拓也作の「ヒトハミナ、ヒトナミノ」である。

 障がい者の性的葛藤と介護する者たちとの心の交流を描いた同作は、深刻になりがちな内容を、時にはユーモアを交えつつ辛辣(しんらつ)な人間批評にまで踏み込んだ。演出はていねいできめ細かい人物造形に成功した。こんなあやういテーマで地味な作品はなかなか商業的に成立しにくい。そこで松本は自身が参加する企画集団マッチポイントで上演したのである。

 近年、松本は老舗の劇団にとどまることなく、旺盛な他流試合に挑んでいる。女性演出家の活躍が著しい昨今、松本は数多くの問題作を手がけ、リーダー的な存在になりつつある。

 ◇まつもと・ゆうこ 文学座所属。明治大を卒業後、1992年に文学座付属演劇研究所に入所。99年、劇団25年ぶりの女性演出家として「冬のひまわり」を演出し、注目を集めた。2006年に「ぬけがら」「ピーターパン」の演出で毎日芸術賞千田是也賞など受賞多数。52歳。

最優秀スタッフ賞

服部基(「チャイメリカ」「組曲虐殺」の照明 )

多喜二の影の鮮烈、照明の力

■審査評 赤川次郎

 私のような普通の観客が、お芝居を見ながら「照明」がどうなのか考えることは、あまりない。見終わって「ああ、いい舞台だった」と思えば、それは照明も含めてよくできていたからに違いない。

 今回、スタッフ賞の候補に推したとき、正直なところ、服部さんがすでにその世界を代表する大ベテランであることも知らなかった。

 ただ、「チャイメリカ」のめまぐるしい場面転換が少しも見る者を混乱させなかったのは、巧みな照明プランがあってのことだと感じたし、そして何より、「組曲虐殺」で、チャップリンの姿の小林多喜二が舞台奥に消えていくシルエットの鮮烈な印象。「ああ、今、多喜二が死んだのだ」と分(わか)らせる場面に、照明の力を見た。

 そのすばらしい瞬間への感謝のスタッフ賞である。

 ◇はっとり・もとい 吉井澄雄氏、沢田祐二氏に師事し、演劇、ミュージカルからオペラ、能、日本舞踊まで舞台芸術の照明を数多く担当。過去4回、優秀スタッフ賞を受賞している。日本照明家協会理事。岡山県出身。70歳。

杉村春子賞

菅田将暉(「カリギュラ」の演技 )

この役で「発見」 未来は洋々

■審査評 大笹吉雄

 菅田将暉は今、歌手としてまさに旬の季節を迎えている。そしてカミュ作「カリギュラ」(訳=岩切正一郎、演出=栗山民也)のタイトル・ロールを演じて、舞台俳優としてもまたそうであることを示した。

 これ以前にも、わたしはシェークスピア作「ロミオとジュリエット」やストッパード作「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」といった舞台を見ている。しかし、このカリギュラ役で菅田将暉を「発見」したとの思いが強い。その意味では新人であり、だから杉村春子賞がふさわしい。

 暴君ネロと並び称せられるカリギュラの、人間の死という不条理に直面した揚げ句の際限のない自由を求める姿が、徹底的な破壊行為を介して描かれる。そのモンスター性を凝縮したのが、カリギュラが女装して踊る場面だった。あれだけの表現力を発揮し得た俳優に、洋々たる未来のないはずがない。これからを大いに期待している。

 ◇すだ・まさき 2009年に「仮面ライダーW(ダブル)」でデビューし、映像作品を中心に活躍。映画「あゝ、荒野 前篇」で18年、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞。音楽活動では昨年末、NHK紅白歌合戦に出場した。26歳。

芸術栄誉賞

キャッツ 劇団四季 

あらゆる面で画期的

■審査評 萩尾瞳

 「キャッツ」の日本初演は1983年。劇団四季による初演は、あらゆる面で画期的だった。東京・新宿に専用劇場を作り、かつてない1年間のロングランに挑戦したのである。公演の成功は日本にロングラン公演を定着させるきっかけとなり、作品人気はその後のミュージカル界を牽引(けんいん)する力ともなった。

 以降、「キャッツ」は各地で公演を重ね、東京上演中の2019年3月には1万回の上演記録を達成する。1万回の記録は、同じ劇団四季の「ライオンキング」がすでに達成しているけれど、「キャッツ」の記録はやはり重い。東京、大阪はもとより、全国の中規模都市での公演を積み上げた結果だからだ。

 T・S・エリオットの詩集を基にした「キャッツ」は、歌とダンスの見せ場を繰り出す作り。幅広い層に受け入れられやすい、間口の広い作品だ。この特色が、各地での公演で新たな観客層を掘り起こし、ミュージカル人口の裾野を拡(ひろ)げたことも大きな功績である。

 ◇街の片隅のゴミ捨て場を舞台に、天上に昇る猫を選ぶ年に1度の舞踏会の様子を描く。アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲の名旋律が耳に残る。東京・大井町の「キャッツ・シアター」でロングラン上演中。

選考委員特別賞

岡田利規(「プラータナー:憑依(ひょうい)のポートレート」の演出 )

タイの30年史濃密に

■審査評 徳永京子

 日本ではほとんど知られていなかったタイの小説家ウティット・ヘーマムーンによる自伝的長編小説を岡田利規自身が脚本化、演出したこの作品は、約30年にわたるタイの政治、経済、芸術文化の趨勢(すうせい)を、ひとりの青年の身体感覚からあぶり出し、近くて遠いその国の蠢(うごめ)きを、観客の脳内に高濃度で届けることに成功した。

 主語をすべて「あなた」に変えた大胆な設定は、語りかける者と聞く者の境界、役の輪郭、舞台と客席の線引きを溶解して観客を揺さぶったが、それがさらに、艶(なまめ)かしくも洗練された舞台へと結実したのは、俳優やスタッフのポテンシャルを引き上げた岡田の演出力によるのは間違いない。4時間を超す上演時間も緩みがなかった。

 テーマ、身体や言葉の扱いに、常に“演劇の未来形”を示してきた岡田だが、出演者11名がすべてタイ人で、せりふがタイ語のプロダクションでここまでの完成度に到達したのは、言語や風俗の差異を超えた人間の営みの本質を掴(つか)んだからだろう。

 ◇おかだ・としき 1997年、演劇カンパニー・チェルフィッチュを設立。2005年、「三月の5日間」で岸田國士(くにお)戯曲賞を受賞。言葉と身体の関係性を独自の手法で作品化し、海外でも上演している。46歳。

優秀賞受賞作、受賞者は次の通りです。

  • ◆優秀作品賞:「Le Père 父」「人形の家 PART2」「スリーウインターズ」「FACTORY GIRLS ~私が描く物語~」
  • ◆優秀男優賞:菅田将暉、平田満、水谷貞雄、山西惇
  • ◆優秀女優賞:枝元萌、クリスタル・ケイ、増子倭文江(しずえ)、若村麻由美
  • ◆優秀演出家賞:瀬戸山美咲、野田秀樹、蓬莱竜太
  • ◆優秀スタッフ賞:笠原俊幸、鈴木光介、塚原悠也、土岐研一

(2020年2月3日 読売新聞)