第66回読売文学賞(2014年度)の受賞作と選評

 第66回読売文学賞の受賞作と選考委員の選評を紹介します。

 戯曲・シナリオ賞は受賞作がありませんでした。

小説賞

川上弘美「水声」  きらめく家族の時間 

川上弘美さん

 冒頭、朽ちたサンダルが崩れ、足裏がはこべを踏む場面に出会った時から既に、“わたし”と陵の姉弟に何が起こるのか分かってしまったような錯覚に陥る。彼らの家の内側にひたひたと堆積している記憶の影が、一瞬、視界の隅をよぎってゆく。それでいて予感の輪郭を言葉ではっきりとは結べないままに、気がつけば揺らめく水の底に引きずり込まれている。

 『水声』は何も産み出さない、何も証明しない特異な小説だ。物語の飾りをまとうことを潔く拒んでいる。掌(てのひら)に載せても重みの実感はなく、たとえ握り潰したとしても、あとには空洞しか残らない。にもかかわらず、間違いなく一つの家族の時間が眼前を流れている。ささやかなエピソードの一つ一つが、水面をすり抜けてくる光を受けてきらめいている。

 近親相姦(そうかん)という愛の形が描かれながら、そこに切実さはない。体のためではないもののために体を使う姉弟の息遣いが、ただ聞こえるばかりだ。それに耳を澄ませているうち、まるでなかったことのように水底に沈められた時間が、いつしか浮上しているのに気づかされる。

 『水声』を閉じる時、文学の立つ地平が、そっと押し広げられているのを感じる。(小川洋子)

     ◇

 かわかみ・ひろみ 1958年、東京都生まれ。お茶の水女子大理学部卒。94年、「神様」で第1回パスカル短篇(たんぺん)文学新人賞を受賞し、デビュー。96年、「蛇を踏む」で芥川賞、2001年、『センセイの鞄(かばん)』で谷崎潤一郎賞を受賞した。

星野智幸「夜は終わらない」  止まらない劇中劇

星野智幸さん

 小説に門外漢の私は、いつも弱気な選考委員だった。だが、この作品は私こそが理解できる。私こそが、この作品に選ばれた読者だ。そう思わせてくれた。

 演劇的な小説である。劇中劇=入れ子細工式の構造である。しかも一筋縄でいくような劇中劇ではない。劇中劇中劇中劇中劇…といった風に続く、止まらないマトリョーシカである。そこに「ひとたび、話を聞き始めたら、戻ることのできない」千夜一夜物語としての説得力があった。その構造にこちら側が気がついても、次から次と巧妙な仕掛けが施されている。しかも「劇中劇」にありがちな、破綻もない。いやむしろ、破綻さえ利用し、破綻を曝(さら)すことでさらに、面白い次なる「劇中劇中劇中…」が、待っている。

 そして、これらを支えているのは、作家の「筆力」とでもいうべき腕力である。終始、言葉の面白さで弾んでいる。弾み続けている。書いている人の愉悦が感じられる。それが、爽快だった。中井英夫の『虚無への供物』に出会った若い日の興奮をこの小説におぼえた。誰か言ってなかったか? 「自分だけのために書かれていると読者に思わせる小説こそいい作品だ」と。まさに私にとってはそれであった。(野田秀樹)

     ◇

 ほしの・ともゆき 1965年、米・ロサンゼルス生まれ。新聞社勤務の後、メキシコ留学。97年、「最後の吐息」で文芸賞を受賞しデビュー。2000年、『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、11年、『俺俺』で大江健三郎賞。

随筆・紀行賞

山崎佳代子「ベオグラード日誌」  2つの言語の緊張感

山崎佳代子さん

 セルビア(かつてのユーゴスラビア)の首都ベオグラードに住んで三十五年になる詩人の日記である。詩人として日本語とセルビア語の両方に属し、二つの言語の間にぴんと張った綱を渡る緊張感から自分の詩は生まれると言う。

 時期は二〇〇一年から二〇一二年まで、つまりNATOによる爆撃の翌々年から東日本大震災の翌年まで。爆撃では隣人を失い、地震の時はたまたま日本にいて揺れを体験した。国境線が動けば難民が生まれ、地面が揺れれば被災者が生まれる。災厄に満ちた歳月であった。

 災厄に抗する力は友人たちとの親しい行き来によって、また言語をまたぐ多くの文化活動によって、養われた。不安が記されることはあっても不満や愚痴はない。人々とのつながりが生きること、詩を書くことを支えている。

 詩を書き、詩を訳し、東欧圏と日本の詩人たちと会って心を通わせる。詩という言葉の道具に頼って、受難と希望の間に道を探る。

 文章は簡潔にして端正、行動の記録と思索と感慨がちょうどよい比率で交じり、静かにゆっくり読むことを誘う。

 「詩とは何か」という問いに「一番深い闇の中から発する幽(かす)かな光」と答える。光はたしかに見えているのだ。(池澤夏樹)

     ◇

 やまさき・かよこ 1956年、静岡生まれ。詩人。北大卒業後の79年に旧ユーゴスラビア(現・セルビア)へ留学、ベオグラード大で日本文学を教える。同大教授。詩集に『秘やかな朝』、エッセーに『そこから青い闇がささやき』など。

評論・伝記賞

富士川義之「ある文人学者の肖像評伝・富士川英郎」  父の真実の生涯

富士川義之さん

 文人学者。専門を越えて文学の普遍に参画する稀有(けう)な存在。富士川英郎はまさにその呼称に相応(ふさわ)しい。著者はその息子で、英文学者富士川義之である。追い求められるのは「父の真実の生涯」である。

 「美しい少年時の思い出をもつ父親への憧れ」から書きはじめられる。だが、その父が古書を次々と買い込むため台所はいつも火の車で、母がすすり泣きをしているのをみて、少年の著者は怒りと悲しみを必死にこらえる。

 「憧れ」と「悲しみ」がこの本の基調であるが、著者の豊穣(ほうじょう)な学智と経験に裏打ちされた犀利(さいり)でエレガントな文体は、父親の文業を通して、『日本医学史』『日本疾病史』の祖父富士川游(ゆう)へと渉(わた)り、游が、森鴎外が「史伝」を書くに当っての最大の協力者であった事情を記述した上で、鴎外、游、英郎が、滅びゆく江戸後期の文化を支えた無名人たちへの哀惜と共感の中で、美しい空想の文芸共和国を生みだし、一体となっていく様子が感動的に描かれる。

 では「父の真実の生涯」はどうなったか? 父の書斎から洩(も)れる「孤独のランプ」に触れ、真実を知ることへの諦念が明かされる末尾に近いページは、我々すべての「父」と「子」の孤独を照らし出して余りある。わが国評伝文学の最高度の達成である。(辻原登)

     ◇

 ふじかわ・よしゆき 1938年、岡山市生まれ。イギリス文学者。東京大、駒沢大教授を歴任。著書に『ある唯美主義者の肖像』『英国の世紀末』『きまぐれな読書』など。『ブラウニング詩集』はじめ、ナボコフやペイターの訳書多数。

詩歌俳句賞

高野公彦 歌集「流木」  「一」のいのち 歌う

高野公彦さん

 『流木』のタイトルは集中の作「トラークルの詩より学びきにんげんは死の海に浮く小(ち)さき流木」から採られている。高野公彦は日本の古典の詩歌はもちろん、近現代の西洋の詩も広く渉猟し、作歌を続けてきた。それはいのちを「小さき流木」として捉える歌と言っていい。

 ・無量大数、不可思議、那由他、恒河沙……の底に「一」あり我もその「一」

 地球上のいのちの歴史をマクロの視点で深く観じつつ、その底にまぎれなく微小の「一」の重いいのちがあるという想(おも)いが主眼の一首である。

 四年前の「三・一一」を歌った作を多く含むのは当然と言えよう。「死の海に浮く小さき流木」のいのちの在りようを無惨(むざん)なかたちで示す大災害だったからである。

 ・口に鼻に泥の詰まりし遺体ありその気高さは人を哭(な)かしむ

 ・<花束>は太平洋をただよへり一つ一つの<花>に分かれて

 どちらも「一」のいのちの視点から歌われている。二首目は沖に連れ去られた遺体を<花>の語で荘厳(しょうごん)して切実な祈りに満ちる。

 他にユーモアやエロティシズムの作もあり、老いのいのちを躍如と感じさせる愉(たの)しい歌集でもある。(伊藤一彦)

     ◇

 たかの・きみひこ 1941年、愛媛県生まれ。歌人。「コスモス」で宮柊二に師事。同誌編集人。97年に『天泣』で若山牧水賞、2001年、『水苑』でちょう空賞、04年、紫綬褒章、13年、『河骨川』で毎日芸術賞。

研究・翻訳賞

井波陵一・訳 曹雪芹「新訳紅楼夢」全7冊  優美な詩の世界示す

井波陵一さん

 『紅楼夢』は、『三国史演義』『西遊記』『水滸伝』『金瓶梅』と並ぶ、中国の五大小説の一つ。清代中期に成立したもので、五作の掉尾(とうび)を飾る。しかし、他の四作が大衆的人気を博してきたのに比べると、『紅楼夢』は読まれることも少なく、真価も広く認められていたとは言いがたい。

 井波陵一の新訳は、この比類なき驚嘆すべき物語世界の全容を余すところなく伝えてくれる。もちろん、これまで邦訳がなかったわけではない。伊藤漱平、松枝茂夫、飯塚朗といった先人たちの訳業は、それぞれ優れたものではあった。しかし、井波訳は次の三点において画期的である。第一に、平明で、品がよく、みずみずしい現代語訳になっている。第二に、長年の研究の蓄積に基づいて、細部まで行き届いた訳注が施されている。第三に、作品全体を彩る夥(おびただ)しい詩の訳に特に心を配り、『紅楼夢』が優美な詩の世界であることを示した。

 『紅楼夢』はフランスの『失われた時を求めて』、ロシアの『カラマーゾフの兄弟』、そして日本の『源氏物語』にも匹敵する傑作だ。訳者は読み続けること四十年。翻訳にも十五年の歳月を費やした。最高の研究者による愛情のこもった仕事である。これ以上顕彰されるに相応(ふさわ)しい著作は考えられない。(沼野充義)

     ◇

 いなみ・りょういち 1953年生まれ。京大大学院修士課程修了。京大人文科学研究所教授。専攻は、中国文学。著書に『知の座標』『紅楼夢と王国維』、訳書に『宋元戯曲考』など。