第69回全国小・中学校作文コンクール 文部科学大臣賞3点の要約

 文部科学大臣賞3点を要約して紹介します。(敬称略)

中学校

「この地球(ほし)を共に生きる~平和な世界をつくる鍵~」
新潟大学教育学部付属新潟中3年  古泉修行(こいずみ・なおゆき)

 昨年の夏休み、カンボジアのプレアビヒア州を訪れた僕は、現地での体験を通し、世界を平和にする鍵が「教育」にあると気づいた。

 開発途上国を自分の目で見て、その生活を肌で感じたいと、僕は日本の支援でプレアビヒアに建設された井戸や養殖場の視察団に参加した。

 井戸のある家の女性は、井戸から水が流れて空心菜が自生するようになって喜んでいた。井戸を共用するなど、住民同士の協力がないため、村の発展につながってはいなかった。ホテルは虫が多く、水道からは水が出ない。不便な生活を体験し、共感するために来たはずなのに、とてもつらい。「途上国の当事者となり、支援のあり方を考える」。出発前に書いたリポートを思い出し、情けなくなる。きれい事ばかり並べても、現実はこうだと打ちのめされた。

 小学校で文房具をプレゼントしたが、子どもたちは無表情だった。続けてサッカーボールを出した瞬間、笑顔を見せて手に取り、外に飛び出して遊び始めた。相手への態度。感謝の示し方。日本人の常識はここでは通用しなかった。

 時間に追われる生活を送る僕たちと、時間の流れに身を任せて生活するプレアビヒアの人々。幸せの重さを測れる天秤(てんびん)があったなら、どっちの方に傾くのだろうか。

 プレアビヒアでは、住民自身で村を良くしていこうという向上心が欠如している。他人との助け合いや新しいものへの興味がない。これらは基礎教育不足からくるものだ。

 僕は、教育を改善することでカンボジアは将来発展すると考えた。教育を受けて知恵をもった国民は、まず自分の生活に目を向けるだろう。

 それを確信した僕は、現地での体験と教育の重要性を母校で発表したいと学年主任の先生に申し出た。希望はかない、全校集会で発表した。「教育問題が支援を停滞させていた」と僕は述べた。

 新学期が始まった4月、僕は校長先生から「令和元年を記念した行事を企画してみないか」と言われた。提案したのは植樹だ。国連の旗に描かれ、「平和」と「知恵」の意味をもつオリーブを植え、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の精神を学校や新潟に根付かせ、活動の象徴にしたいと考えた。

 夏休み初日、先生が「予算を確保したよ」と教えてくれた。先生方は僕の意思を理解し、そばで支えてくれる。その笑顔、言葉の一つ一つが活動の底力になる。途上国支援を決意した小学4年生。その頃の活動は一人だった。少しずつ賛同してくれる仲間が増えた。活動の継続はいつか集団の力に変わる。先生方の存在はそれを証明してくれた。

 教育の本質は、学ぶことで世界が広がることだ。教育は個人の資質を伸ばすだけでなく、世界を変革する原動力になる。全ての子どもたちが夢に向かって自由に挑戦できる世の中は必ず訪れる。

 「教育」が、未来の平和な世界をつくる。(指導・坂井昭彦教諭)


  ◆「伝える」ことへの心配り【講評】 古泉さんは3年連続の入賞。それだけでもすごいことですが、過去2回の入選から今回は一気に1等賞。飛躍の秘密は「伝える」ことへの心配りです。どんなにすばらしい主張も熱意だけでは伝わりません。どうすれば耳を傾けてもらえるかを考える――そこに作者のたしかな成長が感じられます。(石崎洋司)

小学校高学年

「それぞれのものさし」
岩手県盛岡市立桜城小4年  山田結心(やまだ・ゆい)

 「永菜ね、発達障害で感覚過敏があるみたいだよ」

 去年の夏、母は私に言った。永菜は妹だ。その時5歳になる少し前だった。

 たしかに妹はちょっと変わっていた。家族で花火を見ていると、ガタガタとふるえてパニックになった。呼んでいるのに返事をしてくれない。レストランに行くとにおいで吐く。自分の気持ちを話すのがにが手で保育園でお友達とよくケンカになった。

 ある日、母にこれ聴いてみてと言われた。数字を読む女の人の声はいろんな話し声、駅のアナウンス、足音にかき消され、ほとんど聞こえなかった。母は言った。「永菜にはこう聞こえるの。無ししているわけではないんだよ」

 音が苦手な妹に母は防音ヘッドホンを買った。妹に笑顔がふえた。洗たくの時、妹の服は母と一緒だった。「不安になったら、においをかいでごらん。ママのにおいがするから」。それから妹は服のにおいをかぐ事が多くなった。

 私は一度妹に「そんな事もできないの」と言ってしまった。母にものすごくしかられた。「待ってあげる事は手を差し伸べているのと同じ。自分の物差しで人を見るな!」

 母が妹の病院でかんごしさんと話しているとき、母の目から涙が一つぶ、二つぶと流れた。私は見てはいけないものを見た気がして気付かないふりをした。その時、かんごしさんが言ってくれた。「お母さんはよくやっているよ。みんなステキに育っているじゃない」。母も悩み、苦しんでいた。でもこうして分かってくれる人がいる事が私が何より安心出来たことだった。

 母は「一番つらいのは永菜だから」と、妹が生活しやすくなることだけを考えていた。

 感覚過敏の子は愛情不足とか、しつけが悪いとか言われる事が多い。でも私は母がそうだとは思わない。そうだったら妹はいまだに病院にいく事もなく苦しんでいたのではないかと思うからだ。

 だれだって(自分は)普通だと思っている。でも普通には基準がない。自分が出来るから相手も出来るわけではない。それが母の言う「自分の物差しで人を見てはいけない」という事だ。

 病院の先生もほめてくれた。先生が母に言った。「おたくの子供たちはすごいなあ。お母さん、あなたがすごいよ」。こうして支えてくれる人たちがいるからこそ、母は妹に向き合えているのだ。

 今日も妹は母と手をつなぎ、ピンクのヘッドホンを着けて保育園に向かう。来春、私は1年生になった妹と母のかわりに手をつないで学校に一しょに向かう。お母さん、学校は大丈夫だよ。だって私が一しょにいるんだから。(指導・金野幹子教諭)

 ◆悩んで書いて 大きく成長【講評】 結心さんは、この内容を書くことを昨夏に決意し、温めてきたそうです。しかし、家族の悩み、苦しむ姿を書くことには最後まで悩みます。でも、その決意を後押ししてくれたのは、結心さんが最も信頼し、尊敬するお母さんでした。この1年間の結心さんの心の大きな成長は驚くばかりです。(新藤久典)

小学校低学年

「なす一人」
埼玉県戸田市立芦原小2年  山下心子(やました・ここ)

 2年生になって、なかよしだった友だちとは、ちがうクラスになりました。さみしかったけれど、がんばろうと思いました。がんばることは手をあげることときめました。

 じゅぎょうの時、手をあげて、こくばんにこたえを書いていたら「数字がどんどんちいさくなってる」と友だちにみんなの前で言われました。とてもはずかしかったです。体から力がぬけていきました。その時からはっぴょうするのをやめました。

 すきなやさいをそだてることになり、わたしはなすにきめました。なすをえらんだのは一人だけでした。クラスでひとりぼっちになった気分です。きゅうしょくになすが出て、「なすきらい」とだれかが話していました。わる口を言われたようでした。なすをぜんぶたべました。かなしい気もちも、なすといっしょにゴクンとのみこみました。

 いえにかえったらつかれがドバアと出ました。「学校こわい」と心が下におちて、頭がズキンズキンとしました。「あした学校休んでいい」とママに聞いたら「いいよ」と言って、頭をもみもみしてくれました。あさになり、「なすにお水をあげなくちゃ」と思い出しました。あげなかったらかれてしまいます。

 お水をあげるとなすは「おいしいお水だね」と言ってくれます。花から赤ちゃんなすが生まれました。「いい子だね。もっと大きくなってね」と言って、よしよしとみをなでました。まい日、なすといろんな話をしました。

 ついに大人のなすになり、はさみでジョキッと切って、いえへもってかえりました。

 なすのおみそしるに、かぞくはうれしそうでした。おにいちゃんが「でも、しょっぱいね」ともんくを言いました。ママはわらって言いかえしました。「ごめーん。みそを入れすぎちゃった」。けんかではなく、じ分の気もちを言っていたのです。なんだかすばらしいと思い、わたしもじ分の気もちを話しました。

 「あのね、学校でね、名前をへんなふうにかえられている。やめてって言ったのにやめてくれないの。名前はおうちの人がつけてくれたから大切にしましょうって先生が言ってたもん。でも、からかうんだよ。いじわるするの」

 思い切ってぜんぶ話したら、今までのかなしかった気もちがぜんぶ出てきました。なみだが止まりません。おねえちゃんが、むぎゅうとだきしめてくれました。

 つぎの日、先生とわたしと友だちで話し合いました。わたしたちは、なかなおりができました。そうしたら、心がらくになりました。

 なすはたくましいです。トマトが多くいたのに、まねしません。一人でも大きななすをみのらせました。なすとくらべると、わたしはよわ虫でした。ゆう気を出して声をかけたら、友だちができました。学校がたのしくなってきました。目ひょうをもう1回がんばろうかな。手をあげて、はっぴょうできたらいいな。(指導・中村潤子教諭)


 ◆ぐんぐん引きこまれて【講評】一風変わった題名に「何の話だろう?」と読み始めるや、ぐんぐん作品の世界に引きこまれました。みんなと同じじゃなくていいということを、ほかでもない「なす」に教えられるというのが素敵(すてき)です。とらわれない自由なものの見方がユーモアのある文章にも表れていて、大きな才能を感じました。(梯久美子)

(2019年12月3日 読売新聞)