第46回医療功労賞 全国表彰者の横顔

 「第46回医療功労賞」の中央表彰受賞者10人が決まった。内訳は国内部門9人、海外部門1人。地域の医療・福祉に貢献し、難病患者や海外医療の支援に尽力した受賞者の横顔を紹介する(敬称略)。

国内部門

人間らしく生きる助けに

  • 鳶ヶ巣(とびがす)千代子 62 看護師

  •  「特別なことをしたわけではありません」。栄誉ある受賞にも謙遜して話す。

  •  中学卒業後、看護助手として働きながら定時制高校などに通い看護師となった。

  •  1978年に赴任した国立徳島療養所(現・国立病院機構徳島病院)で、重症患者300人が入院する結核病棟を担当。喀血(かっけつ)に苦しむ患者の看護にあたった。

  •  次に担当した筋ジストロフィー病棟では、子どもの患者の支援に力を入れた。子どもは症状が重く、進行も速い。テレビの五輪中継に「4年後の五輪は見られないかも」とこぼす子どもの姿を目の当たりにした。絵や音楽、詩などを楽しめる環境を整えた。

  •  勤続24年のベテランとなり、国立ハンセン病療養所・大島青松園(高松市)に単身赴任。患者の隔離などを定めた「らい予防法」は廃止され、国が補償金の支給を決定。しかし、戻るべき故郷を失ったり、入所者同士で結婚したりして園をついの住み家に決める人も多かった。根強い偏見を払拭(ふっしょく)しようと、毎年、四国各県で開かれるフォーラムでは、患者の名誉回復の現状や入所者の暮らしぶりを紹介した。

  •  いずれも共通しているのは、患者が人間らしく生きられるよう支えることだ。

  •  2年前から徳島市内の病院で総看護師長として後進の指導にあたる。若かりし日に看護助手を務めた病院だ。「看護師の魅力を伝え、人を育てることで恩返ししたい」と思っている。<徳島市>

障害、難病の子 リハビリ

  • 緑川正人 71 理学療法士

 障害などを抱える子どものリハビリテーションに40年以上携わってきた。

 柔道整復師となって5年後に理学療法士の資格を取得。東京都内の病院で研さんを積んだ。そこで得た専門知識をもとに、1977年から郡山療育園(現・福島県総合療育センター)で、障害や難病を抱える子どもたちのリハビリに取り組んだ。

 センターを退職後、子どものリハビリ専門施設がない県北部の病院に勤務。リハビリを必要とする子どもや保護者の助けになっている。現在は、乳児健診などで母親の相談にも乗り、活動の幅を広げている。<福島県国見町>

体操、食生活 村を健康に

  • 小林貴美江 58 保健師

 群馬県東北部に位置する川場村で30年以上、地域の健康作りにあたっている。

 就職時、定年を目前に控えた先輩保健師に付いて指導をあおいだ。1年で独り立ちし、全戸回って村民の健康状態の把握に努めた。こうした取り組みが9割を超える高い健診受診率につながり、村は1993年に当時の厚生大臣から表彰された。

 健康の元となる適切な食生活を目指し、減塩とバランスの取れた食事の啓発を進めた。子どもの生活習慣病予防にも学校などと連携して取り組んだ。

 独自の体操を考案し、高齢者の交流の場も創出。介護予防の担い手育成にも力を入れる。<群馬県川場村>

知的障害者と向き合う

  • 佐々木日出男 85 医師

 精神科医となって60年近く。今も重度知的障害者の外来診療を続ける。

 1971年から18年間勤務した東京都内の療育施設で、在宅の重症心身障害者の訪問事業などに取り組んだ。

 96年には、千葉県北東部の療養所院長に就任。精神障害に関係する医療機関や福祉施設との連携を深める目的の交流会の発起人となった。

 高齢化で認知症患者を診療する機会が増え、医療関係者や介護職、家族などを交えた勉強会も発足させた。認知症の市民向け公開講座の世話人も務める。院長の職は退いたが、医師の情熱は衰えない。<千葉県旭市>

精神科救急の第一人者

  • 平田豊明 67 医師

 精神科医療の中でも、自分や他人を傷つける恐れがあるような重症患者を受け入れ、集中的に治療・ケアする精神科救急の第一人者として力を尽くしてきた。

 在籍する千葉県精神科医療センターは、精神科救急に特化した類のない医療機関で、1985年のオープンの後は最前線で診療にあたってきた。

 症状が改善されれば退院して、早期に地域に戻れるよう体制作りも進めた。24時間の電話相談のほか、在宅患者が訓練などを受けられるようにした。

 昨年、病院長を退任。名誉院長として診療に立ちつつ後進の指導にあたる。<千葉市>

地域包括ケアの先頭に

  • 朝比奈利明 59 医師

 1985年に現在勤務する病院に着任して以降、山梨県内でも過疎と高齢化が最も進む中南部地域の医療に力を尽くしてきた。

 乳幼児健診や学校健診などの保健活動に従事。外来診療の傍ら、訪問診療や往診に駆けめぐる。透析施設や訪問看護ステーションの開設も進めた。

 近隣の医療機関や介護施設などとのネットワークを作った。県内での地域包括医療・ケアのモデルケースとなっている。

 初期研修医を受け入れているほか、山梨大医学部で社会学の講義も受け持ち、学生に地域医療のやりがいを伝えている。<山梨県身延町>

在宅の精神医療を支援

  • 上野半兵衛 64 医師

 勤務する病院は、和歌山市から南東の内陸に位置する。約35年にわたり地域の精神医療に携わってきた。通院が困難な患者には積極的に訪問診療にあたっている。

 精神障害者の早期社会復帰を目指し、院内にデイケア室や作業療法室を開設。同市内の社会復帰施設や障害者総合リハビリテーション施設の設立や運営に関わった。

 病院に看護師と精神保健福祉士、作業療法士で構成する訪問看護室を設置。院外では福祉施設の関係者との連携を進めるなど、在宅の患者が安心して過ごせるように支援している。<和歌山県紀美野町>

故郷・小豆島で半世紀

  • 大森茂 84 医師

 瀬戸内海に浮かぶ小豆島の出身。1969年、生まれ故郷で外科医院を開き、島民の頼もしいかかりつけ医であり続けている。

 地元医師会の役員を40年近くにわたって歴任。島民の保健衛生の向上に尽力した。また島民を対象にした国内初の帯状疱疹(ほうしん)の追跡研究にも協力。研究には1万2000人以上が参加した。性別や年代別のリスクや重症度との関連などの解明につながり、ワクチン接種による予防が可能になった。

 少子高齢化の一方、医療従事者は慢性的に不足。特定健診の受診率は県平均を下回る。島民の健康意識の向上にも力を入れる。<香川県土庄町>

豪雪地域の頼れる存在

  • 山川秀 69 医師

 江戸時代から続く医家。200年余り7代にわたって地域医療を守ってきた。

 日本でも有数の豪雪地域で、中心市街地までは10キロ近く離れている。交通手段を持たない高齢者にとっては頼りの存在だ。さらに15キロほど山側に入った集落へも約30年間、巡回診療にあたった。

 豊富な臨床経験は、ツツガムシ病患者の診断と適切な治療につながった。

 地域では少子高齢化と人口減少が進む。働き盛り世代は共働きが多く、介護が必要な高齢者を抱える家族の期待も大きい。住み慣れた場所で充実した最期を迎えられるよう在宅医療と介護にも力を入れる。<福井県大野市>

海外部門

ヒマラヤの麓 虫歯予防

  • 中村修一 74 歯科医師

 ヒマラヤ山脈の麓の村々で約30年、歯科医療の向上に取り組んできた。

 活動を始めた1989年当時、現地は電気や水道などの社会基盤が未整備で衛生環境も悪く、人々は指に砂やレンガの粉をつけて歯を磨く状態だった。村人は虫歯や歯周病を患っても我慢するしかなかった。

 カトマンズ近郊に拠点を構え、約1万5000人を治療。学校での口腔(こうくう)ケア指導で、子どもの虫歯も抑制した。

 現地の専門家育成も支援し、歯科診療所の設立にこぎつけた。近年は清涼飲料水や菓子類が店先に目立つ。子どもの虫歯予防にさらに力を入れることにしている。<ネパール>