読売新聞 報道と紙面を考える 第14回懇談会(2015年4月2日)

「テロ報道 事実を見極め」

読売新聞東京本社は4月2日、第14回「報道と紙面を考える」懇談会を開いた。外部有識者の意見を紙面作りに生かすのが目的で、本社紙面審査委員会が顧問を委嘱する上田廣一、国松孝次、長尾立子の3氏と記者教育支援委員5氏が出席。イスラム過激派「イスラム国」による日本人人質事件などをどう伝えたか、意見交換した。本紙が昨年12月に設けた適正報道委員会についての報告もあった。

顧問
上田廣一(うえだ・こういち)氏 (明治大法科大学院特任教授、弁護士、元東京高検検事長)
国松孝次(くにまつ・たかじ)氏 (元警察庁長官、元駐スイス大使)
長尾立子(ながお・りつこ)氏 (全国社会福祉協議会名誉会長、元法相)
記者教育支援委員
荻野直紀氏(読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員)
湊和夫氏 (十文字学園女子大名誉教授)
乳井昌史氏(エッセイスト、慶応大講師)
森本光彦氏(前山梨英和大教授)
沖山幾夫氏(元読売新聞東京本社新聞監査委員長)
記者教育支援委員
記者教育の充実を目的に、本紙OB記者5人に委嘱。記事や取材活動の講評を行う。

老川最高顧問主筆代理あいさつ

情報 客観的に分析

今回の日本人人質殺害事件は、政府だけでなく国民、国家を脅迫し、危害を加える異常な事態でした。しかも、テロ集団はさらに世界中どこでも日本人を標的にすると宣言しており、今までにない大変な時代になったと感じています。

報道という面から見ても大きな特徴がある事件でした。インターネットを通じ残虐な場面を動画で流し、プロパガンダを積極的に世間にアピールするのは、今までにない犯罪です。残酷な場面がネット上で無制限に流される状況の中で、新聞として、健全な良識を働かせ、必要な情報を的確に線引きして伝えるという大きな使命を、改めて実感させられました。これは同時に、冷静かつ客観的で深い分析、解説が従来以上に求められているということでもあります。専門家の意見を紹介する場合でも、適切な人選がますます重要になってくると思います。

朝日新聞の誤報問題では、報道機関として致命的な誤りがありました。本紙の適正報道委員会は、取材者だけの思いこみで暴走した記事にならないよう、チェック機能を働かせていこうということです。

溝口編集局長あいさつ

正確性を最重視

適正報道委員会は、朝日新聞の誤報があって、新聞全体の信頼失墜を防ぎ、本当に正しい報道を担保するために、読売新聞としてできることを考えて作った組織です。委員会で審査中に他紙に先行されたらどうするのかという声がありますが、本紙は、特ダネはもちろん重要ですが、同時に重視すべきなのは正確性ということです。裏付けのレベルが高い、それが最大部数の全国紙の責任だと思っています。

「イスラム国」の事件では、インターネットで情報があふれ、真偽の見極めが難しく直接取材もできない中で、プロパガンダに乗らないよう努めました。暴力的な写真や脅迫文などをどう扱うかを日々考え、紙面作りという意味で非常に力がつきました。1面、総合面、解説面、国際面、社会面を一体のものとして紙面イメージを考え、展開したことを若干でも評価していただいたことは、非常に良かったと思っております。

適正な紙面が何かを常に考えていきたいと思っています。

事件の検証 発信必要 上田廣一氏/未然防止 世論喚起を 国松孝次氏/宣伝戦術には乗らず 長尾立子氏

■特異性

中東、欧米社会の脅威となっていたイスラム過激派組織「イスラム国」が、日本人を標的とした今回の事件について、柴田国際部長がまず、テロ集団がインターネットを駆使した組織宣伝を展開した点や、ジャーナリストを意図的に標的とした点など、事件の特異性を説明。「ネットに突然出るプロパガンダの映像をどこまで信ぴょう性を確認して報道するか。事実関係を区別した」と述べた。

田中政治部長は、安倍首相が中東に計2億ドルの資金援助を約束したことを、「イスラム国」側が攻撃材料としたことに関し、「支援の中身を紹介することで誤解を正し、日本政府としてテロと戦う姿勢を貫くべきであると考え、冷静な紙面展開をした」と語った。

国松氏は、本紙の報道を「全く新しい問題で論点整理が難しい中、抑制がきいて冷静な報道ぶりだった」と評価した。

その上で、「宗教を隠れみのにし、若者を引き入れた点から『イスラム国』とオウム真理教がある意味で非常に似ていた」と指摘。

「『イスラム国』に触発されたテロが日本国内において発生する可能性があり、十分に警戒する必要がある。特に、2020年の東京五輪・パラリンピックの時期は重大。テロの未然防止が緊急の大課題と世論を喚起してもらいたい」と期待を込めた。

上田氏も、「日本人にとって初めて経験するような非常に残忍な事件で、新聞やテレビなどの連日の報道に国民全体が強い関心を抱いた」との見方を示した。

さらに、報道機関の役割として、「今回の事件を検証する過程で、こうしたテロをどうやって起こさないか、防止策を社会に情報発信していくことが必要だ」と提言した。

長尾氏は、テロ集団の行動や主張が過激だったことに触れ、「相手の宣伝に乗せられないとしたのは、非常に重要な指摘。現代社会では、こうしたことが過激派の戦術だと思うので、この点は報道機関として大きな役割だと強く認識してもらいたい」となお一層の冷静な報道を求めた。

荻野委員は「驚いたのは、アメリカが表立って動く気配が見えなかったこと。随分、変わったなと思った」と感想を述べた後、日本国内におけるイスラム過激派によるテロ防止対策などについて質問。山腰社会部長は、「警察庁、公安調査庁などが情報収集を進めているだけでなく、東京マラソンでランニングポリスが映像を撮りながら一緒に走るなど、テロ防止の準備を進めている」と解説した。

■背景を説明

懇談会では、イスラム社会に関する情報、基礎知識を分かりやすく伝えるための紙面の工夫についての意見も活発に交わされた。

乳井委員は、複数の専門家の見方を伝える解説面の「論点スペシャル」などで幅広く問題を取り上げた点を評価し、「事件発生と同時に解説や背景の説明が丹念になされた。読者の役に立つとともに、前線の記者たちをバックアップする広がりと深さをもたらした」と述べた。

 森本委員も、「『イスラム国』の説明など事件の本筋とは別に、分析や解説をどれだけ手厚くできるかに新聞社の力量が出る。その点に非常に充実した記事があったのはとても結構だった」と評価した。

長尾氏は、「(宗教に対する)理解が深まるよう積極的な掲載を続けたのは非常に評価する。多様な視点で分かりやすく、素早くかつ深く理解できる配慮があった」と語った。

堀解説部長は、フランスの政治週刊紙を巡る銃撃事件に言及し、「論点スペシャルでは、適切な人選を心がけ、読者に常に複数の考える材料を提供するようにした」と報告した。

■安全踏まえ取材

フリージャーナリストなどが「自己責任」で紛争地帯などに取材に入りながら、実際に事件に巻き込まれるとその影響が各国政府にも及ぶという点について、湊委員は、「勇ましい議論が先行しがちだが、新聞記者の安全をしっかり踏まえながら取材活動をしてもらいたい」と求めた。

さらに、沖山委員は今後の継続的な報道について、「政府は(後藤健二さんの)誘拐情報について事件が表面化する前から把握していたとの話もある」と述べ、「『イスラム国』が(1月20日に)殺害を警告するまで、政府がどうしていたのか、しっかりと検証していただきたい」とさらなる検証の必要性を訴えた。

適正報道委の役割期待 第三者の目で記事チェック

東京本社編集局内に設置した適正報道委員会について、平石委員長がその目的や経緯、活動内容などを報告した。

本社では2012年の「iPS細胞」を巡る誤報を受け、13年4月に「記者教育実行委員会」(記者塾)を新設し、記者教育に力を注いできた。しかし、昨年は新聞の信頼を揺るがす他紙の誤報が相次いだ。

こうした事態を受け、昨年10月の新聞大会で、読売新聞グループ本社の白石興二郎社長・編集主幹が「誤報の起こらない自律的な仕組みを考えたい」と表明し、適正報道委員会を設けた。

同委員会は、記者経験が豊富な委員3人で構成。調査報道など1面トップで展開するような重要な記事について、内容が適切か、裏付け取材が十分か、委員が第三者的な目で出稿前に審査、アドバイスする。

対象となった記事は、群馬大学病院(前橋市)で肝臓手術を受けた患者が相次いで死亡した問題や元日朝刊1面の「ビットコイン不正操作」など20件を超える。調査報道、事件報道のスクープや、戦後70年に絡む話題など内容は幅広い。

「誤報防止にとどまらず、原稿のブラッシュアップにつながっている。取材源秘匿についても細心の注意を払っている」と報告した。

国松氏は「今後も活用してもらいたい。同時に記者自身がしっかりと取材の裏付けを取るよう記者教育を徹底してほしい。私の体験からしても、ウラ取りの徹底は、読売新聞の伝統であると思う」と要望した。

上田氏も「記事の正確性を担保するには、大変結構な制度」と評価し、長尾氏は「報道への信頼を高めるため有意義な対策」と述べた。

乳井委員は「新聞の信用を回復して高めるためには必要な機能だ」とし、森本委員は「結果的に記事が磨き上げられるというのは非常に重要」と述べた。

「イスラム国」による日本人人質事件

イスラム過激派組織が、ジャーナリストの後藤健二さんと、民間軍事会社経営の湯川遥菜さんを人質にとり、殺害した事件。1月20日、2人を刃物で脅している映像をインターネットに公開。日本政府に対し、計2億ドルの身代金を要求、72時間以内に支払わなければ2人を殺害するなどと脅迫した。その後も、湯川さん、後藤さんの「殺害映像」を公開するなど、残忍な動画を投稿し続けた。

本社側の出席者

老川祥一・グループ本社取締役最高顧問・主筆代理、溝口烈・東京本社取締役編集局長、平石冬樹・編集局次長兼適正報道委員長、柴田岳・編集局次長兼国際部長、田中隆之・政治部長、坂本裕寿・経済部長、山腰高士・社会部長、長谷川剛・地方部長、堀竜一・解説部長、大沢陽一郎・論説委員、星春海・グループ本社広報部長、中村明・東京本社紙面審査委員長、田中伸明・大阪本社記事審査部長、野間潔・西部本社編集局次長

(2015年4月17日 読売新聞)