読売新聞 報道と紙面を考える 第15回懇談会(2015年10月2日)

戦争の体験 語り継ぐ

読売新聞東京本社は10月2日、第15回「報道と紙面を考える」懇談会を開いた。外部有識者の意見を今後の取材や紙面作りに生かすのが目的で、本社紙面審査委員会が顧問を委嘱している上田廣一、国松孝次、長尾立子の3氏と記者教育支援委員6氏が出席。戦後70年の様々な動きと安倍首相談話、安全保障法制を巡る国会論議などをどう報じたか、活発に意見を交わした。

顧問
長尾立子(ながお・りつこ)氏 全国社会福祉協議会名誉会長、元法相
国松孝次(くにまつ・たかじ)氏 元警察庁長官、元駐スイス大使
上田廣一(うえだ・こういち)氏 明治大法科大学院特任教授、弁護士、元東京高検検事長
記者教育支援委員
荻野直紀氏(読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員)
湊和夫氏(十文字学園女子大名誉教授)
乳井昌史氏(エッセイスト、慶応大講師)
森本光彦氏(前山梨英和大教授)
沖山幾夫氏(元読売新聞東京本社新聞監査委員長)
鬼頭誠氏(帝京大法学部教授)
記者教育支援委員
記者教育の充実を目的に、本紙OB記者6人に委嘱。記事や取材活動の講評を行う。

老川最高顧問・主筆代理 あいさつ

節目の年 三つの意味

今年は戦後70年の節目であり、同時に安保法制の国会審議が重なって、政治的にも大変暑い夏でした。歴史認識や安全保障の問題は、今後の日本のあり方を決める課題でもありますので、主としてこの二つのテーマを軸にご議論いただきます。

70年の節目には三つの意味がありました。一つは戦争体験者が極めて少なくなった状況です。戦争の実態を語り継ぐため、積極的な紙面作りで国民に歴史の事実を認識してもらう必要がありました。二つ目の歴史認識問題は、中国と韓国に加え、同盟国の米国との外交関係にも影響が出ており、日本として明確な見解を示す必要がありました。三つ目は国際情勢の流動化。冷戦構造が崩壊し、日本が近隣諸国とどのような関係を結ぶのかが、安全保障にとっても重要な要素になっています。

安保法制は、国際環境が変化する中、日米同盟を強固にして安全確保に努めていくために必要なものだと考えて支持していますが、野党陣営が情緒的な批判に終始したこともあって、国会審議では内容的な議論が深まりませんでした。紙面では法制の中身と問題点を丁寧に説明してきましたが、十分理解が行き渡ったとは言えず、今後も法制が円滑に周知されるよう努めていきます。

さらに、この夏の自然災害も衝撃的でした。さまざまな論点がありますが、避難者の氏名を公表しなかったことで、行方不明者が実際には避難所におられたことが分からず混乱した点も重大です。災害時の個人情報の扱いに課題を残したと思いますので、そういう点も議論していただければと思います。

戦後70年

国松氏 資料発掘の時代に/長尾氏 国民被害 心に刻む/歴史教育 次世代に 上田氏

戦後70年をテーマとした報道について、柴田編集委員は、平均年齢87歳となる16人の著名人の戦争体験を集めた1面と特集面連動のインタビュー企画「あの夏」(8月1~16日掲載)を紹介。社会面や文化面、地方版などでも戦争体験の貴重な証言を集めて紹介してきたことを説明し、「戦争体験者が少なくなる中、新聞として貴重な体験をどのように伝えていくか、ますます大きな課題になっていると痛感した」と述べた。

上田氏は、自身の父親がシベリア抑留の体験を一切語らなかったことに触れ、「家族にはなかなか語れない悲惨な体験があったと思うが、インタビューでよく聞き出し、いい紙面になっていた」と評価した。

子供の時に戦争を体験した長尾氏は、「戦争被害は千差万別で、かつ深く心に残っているものだと改めて思った」と感想を述べた。そして、旧厚生省時代の経験を踏まえ、戦争で国民が受けた様々な被害に十分な補償がされてこなかったことにも言及。「深刻な反省の上に立ち、戦争被害者に向き合わなければならなかったのではないかと強く思った」と語った。

戦争体験者が少なくなっている中での取材について、国松氏は、「これからは資料発掘の時代になる。個人の資料あるいは図書館などの公共施設に埋もれている資料などを探り、戦中や戦後の状況を後世に伝える努力がもっと必要になってくる」と提言した。

紙面上の工夫を評価する声もあった。乳井委員は「著名人のインタビューは既視感のある場合が多いが、今回は記憶の引き出し方や紙面構成を工夫し、読み応えがあった」と発言。「大型インタビューは、読売新聞のお家芸になっている。今後も精進を続けてほしい」と期待を込める一方、「『今しか聞けない』と戦争体験者に食い下がって取材した若い記者が、そこで感じた問題意識をどう自分の中で生かしていくかが課題だ」と指摘した。


懇談会では、若い世代が近現代史を学ぶ必要性に関しても様々な意見が出た。

スイス駐在の経験がある国松氏は、「日本の高校生の中には、明治時代以降の戦争の歴史を学ばないまま卒業し、大学でも学ばない者もいる。スイスでは2回の世界大戦時の歴史を全部教えている」と指摘したうえで、「読売新聞で論陣を張り、高校生から必ず日本の近現代史を勉強する機運を高めてほしい」と求めた。

上田氏も、「戦争のことをほとんど知らない若い世代に、日本が歩んできた歴史をどう伝えるかが大切だ」と述べ、「戦争で悲惨な目に遭った人たちの体験談を紙面で特集する意義は大きい」と新聞の役割に期待を寄せた。

近現代史の勉強が不足している点について、大学教授の鬼頭委員は「8月に紙面で過去の戦争が盛んに取り上げられる頃、大学生は夏休みで考える機会を失っているのが実情だ」と説明し、「反省を込めて、これからの授業に紙面を活用したい」と語った。

森本委員は、新潟・長岡の花火が今年8月、米ハワイの真珠湾で鎮魂を込めて打ち上げられ、新潟の中学生が現地を訪れたという記事と、逆に米国の子供たちが長岡を訪れて1500人が犠牲になった空襲について学んだとの記事を紹介。「日米の若者世代の交流があったことは、もっとクローズアップされてもよかった。若い世代を特に意識して伝えてほしい」と話した。

84歳の湊委員は、時間の経過とともに記憶が薄れることに触れながらも、「戦争中の暮らしなど書き漏らされていることがまだまだいっぱいある。もっと言いたいという人も多いはず。今後も続けてもらいたい」と促した。

首相談話

安倍首相の談話を巡っては、田中政治部長がまず、首相の歴史認識が内外の注目を集めた事情を説明し、「歴史や国際的な観点に目配りしながら紙面を作っていくことになった」と述べた。

そして、談話の方向性を示した有識者による「21世紀構想懇談会」の議論をできるだけ丁寧に紹介したとしたうえで、「首相談話が発表された時は、歴代首相の歴史認識、談話の英訳などを紹介して談話の意味を読み解いた」と紙面のポイントを解説した。

また、談話に関する世論調査をいち早く行い、一定の評価がなされたという点も報道したことを付け加えた。

談話の内容について、上田氏は「懇談会の議論がベースになっている」とし、「右にも左にも偏らない、おおむね評価できるものになった。アジアや欧米を意識してよくバランスが取られている。わが国が世界の平和と繁栄を目指して進むことについて、非常に明快な気持ちが表れている」との感想を語った。

国松氏は「談話の趣旨を対外的に情報発信していくことが必要だ」と指摘し、紙面作りについては「書き方によっては違和感を覚えるところをうまくバランスを取って書いており、安心して読めた」と評価した。

森本委員も、「『過去への反省と謝罪をしたうえで、侵略を認めよ』とした本紙の報道姿勢は、非常にバランスが取れていて説得力があった。談話への影響も大きかったのではないか」と述べた。

読売新聞は2005年、社内に「戦争責任検証委員会」を設置し、当時の政治・軍事指導者らの責任の所在を検証して発表している。

沖山委員は、1931年に起きた満州事変を例に挙げ、「本紙は侵略行為そのものであるという指摘をたびたびしているが、若い人には何が侵略行為かは恐らくわからないだろう。歴史を正しく理解できるよう、紙面である程度の目配りがほしい」と注文を付けた。

さらに、鬼頭委員が「読売新聞が戦争責任についてしっかり検証して一つの答えを出しているのに、これが今の読者に伝わらないとしたら残念」と続き、より一層の工夫を促した。

戦後70年首相談話

注目された安倍首相の談話は、首相の側近らによって検討された戦後50年の村山首相談話、60年の小泉首相談話と異なり、有識者による懇談会(21世紀構想懇談会)の議論を踏まえたうえで、8月14日に閣議決定を経て発表された。

過去の談話が触れた「侵略と植民地支配」への「痛切な反省とおわび」などの表現はすべて盛り込まれ、戦後日本の国際復帰に当たり、日本との和解に尽力してくれた国々と人々への「心からの感謝の気持ち」を明記した。一方、子や孫など世代を超えて謝罪を続けることへの疑問にも言及し、「積極的平和主義」の下で、世界の平和と繁栄に貢献していくことをうたった。

過去の談話の3倍近い約3400字を費やし、英語と中国語、韓国語でも発信。談話を米国は評価し、韓国、中国両政府は、正面からの批判は避けた。

国の安全 幅広く議論

安保法制

国際的な視点を提示 国松氏/説明を分かりやすく 上田氏/情緒論とは一線画す 長尾氏

9月19日に成立し、同月30日に公布された安保関連法は、集団的自衛権に関する政府の憲法解釈を見直すなど、これまでの日本の防衛政策を転換させた。

安保関連法は、他国軍への後方支援を可能にする恒久法の「国際平和支援法」と、自衛隊法など10本の現行法を改正する一括法からなる。内容が専門的なうえ、複雑で多岐にわたり、国民には分かりにくい。

田中政治部長は、こうした点を踏まえ、「できるだけ分かりやすく、多角的でバランスの取れた紙面を目標とした」と説明。その例として、南シナ海での中国の埋め立てが安全保障に影響を与えることを写真によって目に見える形で伝えたことや、憲法学者にとどまらず国際法や国際政治学の学者にもインタビューした点などを挙げた。

そして、「安保関連法の成立で問題が終わるわけではなく、これから自衛隊がどう組織を見直し、米軍との活動がどう進んでいくのか検証したい」と報告した。

国松氏は「国会審議で決定的に欠如していたのは、世界の中で日本の安全をどうするのかという視点だった。国内の安保論議を何とか国際水準に引き上げていくことが、メディアの最大の使命ではないか」と語った。

荻野委員は、1990年の湾岸危機の際、読売新聞が社説で集団的自衛権の行使の必要性を主張していたことを紹介し、「25年前の社説がやっと実現した。一つのことが改められるのに何と長い時間がかかることか」と感想を述べた。


顧問や委員からは、安保法制に関する扇動的な報道を懸念する意見も相次いだ。

上田氏は「憲法との兼ね合いで難しい条件を付けたため、非常に複雑な法案になっているにもかかわらず、一部のメディアや政党が『徴兵制復活』『戦争法案』などとショッキングな言葉を使い出したことが、国民の理解を妨げる大きな要因になっている」と指摘。「国民の理解を得るよう政府は努力しなければいけないし、メディアも集団的自衛権行使の要件としてどういう場合が当たるのか、分かりやすく説明していく必要がある」と注文した。

長尾氏も同様に、「近視眼的で情緒的な議論が多すぎた。これに一線を画すことが重要だという点に本当に賛成したい」としたうえで、「確かに法律は大いに難解であり、具体的な説明を今後も努力していただきたい。日本人の多くは現実的な感性を持っている。安保問題に取り組んでいこうとする記事の構成は非常に有効だろう」と話した。

湊委員は、国民の間で安保法制への理解が進まなかった理由として、政府の説明が拙かった点を指摘。「中国の海洋進出などがあるなか、日本の独立と安全を維持するにはどうしたらいいか、もっと分かりやすく考える必要があった」と述べた。

沖山委員は、安保法制に反対する一部メディアの報道について言及。「初めは法律の条文の内容について個々に論評していたが、後の方になると、安倍首相のヤジや、自民党議員の『マスコミを懲らしめる』との失言などがセットで報道されるようになって、かなり感情的で説得力がなくなったような印象を受けた。それが残念だ」と語った。


安保法制のような世論を二分するテーマをどう報じるかという点でも、意見が交わされた。

沖山委員は「賛成と反対の人がそれぞれ自分の意見に沿う新聞を読み、視野がやや狭くなっているとの印象もあった。多様な論点を提示して法制の中身を読者に知らせていく工夫がもっとあってもいいのではないか」と語った。

関東・東北豪雨

不明者情報 公表に課題 行政の防災策 再点検

9月の関東・東北豪雨災害では8人が亡くなった。この災害を巡っては、茨城県で行方不明者として発表された人々が実は避難所や自宅にいて無事だったという問題も起きた。

山腰社会部長は、関係機関の間の連絡ミスが主な原因だったと指摘したうえで、「県が不明者について、氏名、住所、性別、年齢などを何一つ公表せず、単に不明者数だけを公表してきたために、誤った数字がなかなか修正されなかった」と説明。問題の背景として「個人情報保護法への過剰反応、萎縮の影響があった」とし、「災害取材で記者は、関係機関に安否不明者の氏名の公表を強く求めていかなければならない」と述べた。

上田氏は、「大規模災害が起きた時、行方不明者をどういう基準でマスコミに公表するか、ガイドラインのようなものがないので、わかりにくい対応になったのではないか」と分析。「自治体が国の指導を受けるなどしてガイドラインを作成し、公表すべきものを速やかに公表すれば、個人情報保護法には触れない」と語った。

被災地での取材について、平尾地方部長は取材記者が1階部分が水没した市役所に取り残されたことを挙げ、「現場の記者の二次被害を回避しつつ、どう最前線で取材をしていくのかが今後の課題だ」と報告した。

長尾氏からは、「あれほどの水害が出るというのは、治山治水に問題点があったのではないか。都市計画がどうだったのか、長期的な観点から取り上げていただきたい」との注文があった。

国松氏は、「危険が実際に迫っていることを、行政が住民に分かりやすく緊迫感をもって伝えることができていない」との問題意識を示し、「これからは、かつてない大災害が次々と起こる可能性がある。行政も、よほど工夫して、通り一遍でない情報発信に努めないと、避難に直結する生きた情報は住民に届かない。防災情報発信の実態をよく取材して、行政の覚醒を促してほしい」と要望した。

地方創生の観点から災害報道を語ったのは乳井委員。「地域活性化の基盤は安全にある。災害が起きた場合の対応、情報の流し方、ボランティアの受け入れ方、復興までも考慮した行政をやっていかなければ、地方創生は絵に描いた餅になりかねない。報道も常にそういう意識を持たなければならない」と語った。

溝口編集局長あいさつ

安保法制 多角的に報道

戦後70年の節目に、それも8月にどのような企画を掲載するかというのは、新聞各社が相当考え抜いたと思います。

読売新聞の企画は、編集委員を中心に関係各部が案を出し合って、当時を知る方に体験を語っていただき、若い人も含めて読者に追体験をしてもらえないか、胸に刻んでいただけないかと考えたものです。

構想段階から紙面のデザイン担当者も加わり、読みやすいレイアウトにしました。おかげさまで読者からの反響も非常にいいものがありました。70年を機に一つの重要な取材手法、報道手法として蓄積されたと考えています。

安保法案については、国会審議が途中で憲法論争になってしまい、残念だったと思う面はあります。世論調査でも国民が「説明不十分」と考えている状況が続きました。今後法律が施行されるわけで、顧問や委員のご指摘を受けて、読者、国民に分かりやすい紙面をこれからも作っていきたいと思っています。

安保法制の議論は、日本がどこまで国際主義に踏み出すかという問いでもあります。新聞の持つ多様性、多角的な視点をうまく生かして、報道していきたいと考えています。

本社側の出席者

老川祥一・グループ本社取締役最高顧問・主筆代理、溝口烈・東京本社常務取締役編集局長、田中隆之・編集局次長兼政治部長、坂本裕寿・経済部長、飯塚恵子・国際部長、山腰高士・社会部長、平尾武史・地方部長、柴田文隆・編集委員、星春海・グループ本社広報部長、中村明・東京本社紙面審査委員長、石垣朝克・大阪本社役員室総務兼記事審査部長、野間潔・西部本社編集局次長

(2015年10月21日 読売新聞)