読売新聞 報道と紙面を考える 第18回懇談会(2017年4月21日)

事実の見極め 責務

読売新聞東京本社は4月6日、第18回「報道と紙面を考える」懇談会を開いた。外部の有識者の意見を取材や紙面作りに生かすことが目的で、本社紙面審査委員会が顧問を委嘱する上田廣一、国松孝次、長尾立子の3氏と、海外取材経験が豊富な識者3氏が出席し、「トランプ米政権とメディア」をテーマに意見を述べ合った。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)経由で偽情報が拡散される時代に、新聞がどのような役割を果たすべきかについて議論を交わした。

顧問
上田廣一(うえだ・こういち)氏 弁護士、元東京高検検事長
国松孝次(くにまつ・たかじ)氏 元警察庁長官、元駐スイス大使
長尾立子(ながお・りつこ)氏 全国社会福祉協議会名誉会長、元法相
識者
斎藤彰氏 国際ジャーナリスト(読売新聞東京本社調査研究本部 客員研究員)
飯山雅史氏 北海道教育大学教授
秦野るり子氏 富山国際大学教授

老川最高顧問・主筆代理 あいさつ

ポピュリズム的政治 深刻

トランプ政権が発足して2か月半が経過しました。実際に政権が発足すれば現実的な政策を打ち出すとの期待もありましたが、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱や移民の入国制限という排外主義的な政策を打ちだし、大変な混乱を生んでいます。

トランプ大統領の支持率は低いものの、3割強の人たちからは熱烈な支持を得ているという特異な現象も起きています。その背景には、ツイッターなどのSNSで、トランプ政権に有利なことが書かれたフェイク(偽)ニュースがあたかも事実のように伝えられ、ネットで拡散されて、むしろそちらの方が逆に信じられているという前例のない現象があります。

こういった排外主義的な、またインターネット時代におけるポピュリズム(大衆迎合主義)的な政治は、我が国やヨーロッパも含めた大きな流れになっており、深刻に受け止める必要があります。

こうした情勢の中にあって、新聞の正確な報道は一段と重要になっています。紙媒体とともにネットでもニュースを伝えている報道機関として、それぞれ具体的にどのような役割が求められているのかについて、ご議論をいただければと思います。

トランプ政権

正確・公平 情報に信頼 上田廣一氏/実態に迫る取材力を 国松孝次氏/米国の「影」 分析必要 長尾立子氏

ドナルド・トランプ氏の1月の大統領就任を振り返り、飯塚国際部長は「トランプ氏の勝利は想定を超えた事態だった。その後の政権運営も異例ずくめだ」と指摘した。

トランプ氏は簡易投稿サイト「ツイッター」を使った一方的な情報発信を続けながら、政権に批判的な既存メディアとの対決姿勢を鮮明にしており、「常軌を逸した事態といえる。政権とメディアのせめぎ合いを詳しく伝え、情報のファクトチェック(事実確認)を続けていく」と述べた。

トランプ氏が大統領選を制した背景に、SNSで拡散されたフェイク(偽)ニュースが影響したとの評価があることに、上田氏は「偽ニュースに反応する多くの国民がいる中で、トランプ政権が誕生した」と指摘。トランプ氏の過激な主張に賛同する熱狂的な支持者が存在していることを踏まえ、「失業者や不法移民の増加など、米国民が何に悩んでいるのかを、さらに掘り下げる報道をしてほしい」と続けた。

長尾氏は、開票直前までヒラリー・クリントン氏が有利だとの報道が大勢を占めていたことに触れ、「トランプ氏の当選を意外に思った人は多いのではないか。私もその一人だ」とした。米国社会の「光と影」のうち、「我々が知らない影の部分が、現実の政治に大きな影響力を持つようになった」と分析。「そうした影を取り上げた報道が少なく、米国の大きな変動について十分な情報が届いていなかったという印象を持っている」と語った。

国松氏は、全国紙の少ない米国で地方紙が衰退していることを例に挙げ、「一連のトランプ現象で、米メディアの実態掌握力が落ちていることが表面化した。メディアの根っこの部分が枯れているのではないか」と懸念を示した。さらに、「米国民が『(メディアは)自分たちの意見をくみ取ってくれていない』と考えてしまい、メディア不信にもつながった」と論じた。

同様の状況が、日本でも起きる可能性があると警鐘を鳴らした上で、「原点に返って現場第一主義に徹した取材能力を高めることが最大の対策。全国紙である読売の取材網を生かして、地方の実態に目を行き届かせることが必要だ」と求めた。

大統領選挙を現地で見てきた斎藤氏は、「意図的、計画的に、SNSを駆使して偽ニュース作戦が展開されたことが今回の選挙の特徴だった」と論評。飯山氏は、「報道機関が派手な政治対立に目を奪われ、社会の現状を見ていなかった点は反省が必要だと思う」と述べた。秦野氏は「影の部分を報じるためにも、ある地域に長期間滞在して取材するルポも読んでみたかった」とした。

前木政治部長は「トランプ政権だけではなく、日本の外務省や首相官邸からの説明も必ずしも本当だとは限らない。その背後にある真実の姿を追い求めていきたい」と述べ、天野経済部長も「トランプ氏の一方的な情報発信に対しては、冷静に分析し、誤りがあれば、それをしっかりと指摘していく必要がある」と応じた。

偽ニュース

活字メディア役割期待

日本のメディア、新聞の役割についても話題が及んだ。

原口社会部長は、「ネット上に偽情報が氾濫する中で、情報の真偽を見極めることが非常に難しくなっている」と指摘した上で、「真偽不明のニュースの氾濫が、報道の信頼まで損なうような事態を防ぐためには、新聞など既存メディアが、正確で偏りのない情報を提供することに尽きる」と強調した。

上田氏は「ネットを見る人の選別能力を養うような記事をどんどん出してほしい」とした上で、「メディアが信頼を得るには、事実の裏付けを必ず取って、内容に正確性、公平性がある記事の編集を続けることが一番大事。ネットに虚偽のニュースが流れた場合は、それに対する反論も必要になってくる」と、新聞の果たすべき役割を示した。

長尾氏は「活字メディアによって、物事に対する思考力やニュースを受け取る能力の基本的な部分が教育される。これが衰退していくことは、非常に大きな問題だ」と指摘。「活字の報道や活字の文化に、従来にも増して大きな役割が期待され、充実していかなければならないという認識を強く持ってほしい」と述べた。

国松氏も、偽ニュースの蔓延(まんえん)を防ぐには、「活字メディアの復権が必要だ」と力説した。一覧性のある紙面で多様な視点のニュースに触れられる新聞は、偽ニュースがもたらす価値観の分断を抑止する役割を持っているとし、「活字メディアが自信を持って、そうした役割を果たしていかなければならない。活字の大事さを小学生の段階から教えこんで、考える力をつけさせる手だても、新聞社として考えてほしい」と求めた。

大学で教べんを執る秦野氏は「新聞がネット上の偽ニュースをいくら注意しても、学生がそれを読んでいないというジレンマがある」として、若者のメディアリテラシー(情報活用能力)が低下しているとの懸念を示した。同じく、学生に講義をする飯山氏も、「新聞社の記事やアカデミックな論文と、個人ブログとの区別をつけられない学生も多い。何が信用できるメディアなのか、教育の場で早くから教えることが重要だ」と主張した。

斎藤氏は、「日本の場合は米国と違って各地方支局を通じてきちんと報道がなされている」とした上で、「一体何が真実なのか受け手が混乱している時代だ。だからこそ、伝統があり、信頼のおける新聞の役割は、かえって大きくなっていくだろう」と結んだ。

溝口編集局長あいさつ

新聞の力量示したい

米大統領選の報道については、特集面などを使って、できる限り分かりやすく伝えることを心がけ、就任演説など歴史に残るものは英文と和訳の両方を掲載しました。

ただし、米国の世論調査に引っ張られ過ぎた面もあったと思います。今になって考えれば、トランプ大統領の選挙戦術は、非常に緻密(ちみつ)で周到なものでした。ポイントを見極め、足を運んで深く取材し、読者に伝えていく必要性を感じました。ポピュリズム政党が台頭するフランス、ドイツの選挙取材でも、本日のご指摘を生かしていきます。

トランプ氏は大統領就任以降も、ツイッターでのつぶやきを続けており、どのようにその内容を検証して伝えていくかは、深く考えていかなければなりません。「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」という詭弁(きべん)としか思えない言葉も生まれる中、真実かどうかを見極めていくのは、新聞の出番だという面があるとともに、我々の力量が問われているとも言えます。

そうした点を意識した記者教育を行っていきたいと思います。

本社側の出席者

老川祥一・グループ本社取締役最高顧問・主筆代理、溝口烈・東京本社専務取締役編集局長、前木理一郎・編集局次長兼政治部長、天野真志・経済部長、飯塚恵子・国際部長、原口隆則・社会部長、平尾武史・地方部長、棚瀬篤・論説委員、滝鼻太郎・グループ本社広報部長、中村明・東京本社紙面審査委員長、高部真一・大阪本社記事審査部長、岩崎誠司・西部本社編集局次長

(2017年4月21日 読売新聞)