第23回(2016年度)読売国際協力賞「途上国で母子保健の改善事業」 公益財団法人ジョイセフ

途上国 安心のお産

 第23回読売国際協力賞は、アジア、アフリカなどの途上国で母子保健の改善事業を地道に行ってきた公益財団法人ジョイセフ(JOICFP)に決定した。

公益財団法人「ジョイセフ」

JOICFP=Japanese Organization for International Cooperation in Family Planning。ジョイセフは、母子保健を普及させた戦後日本の体験を途上国支援に生かす目的で、1968年に発足した。世界34か国・地域で、妊産婦、乳幼児の死亡率削減や女性の健康増進を目指す活動を展開してきた。

妊婦向けに待機施設

 第23回読売国際協力賞を受賞したジョイセフは、貧困や差別に苦しむ途上国の女性の命と健康を守るため、世界各地で広範な支援活動を行ってきた。すべての母親が安心して赤ちゃんを産めますように――人間の命の最も大切な絆へのこだわりが、半世紀に及ぶ献身を支えている。

■看護師常駐

 石造りの病室に置かれた簡素なベッドに、生まれて半日足らずの女の赤ちゃんが、すやすやと眠っていた。枠しかない窓の向こうに、土ぼこりが舞うアフリカの赤茶けた大地が広がる。

 ザンビア北部ムポングウェ郡カルウェオ地区。母親のミリアム・サンブーニさん(18)は、診療所の隣にジョイセフが10月上旬開設した妊産婦待機施設「マタニティーハウス」で、初めてのお産を迎えた。出産後、合併症で大量出血したが、看護師が止血してくれた。20キロ以上離れた村での自宅出産を選んでいたら、命を落としていた可能性もあった。ハウスに来たのは、ジョイセフが育成した母子保健推進員に促されたからだ。サンブーニさんは、「看護師が常駐していて安心できた。ここで赤ちゃんを産んで良かった」と娘の寝顔を満足げに見つめる。

ザンビア地図

 マタニティーハウスと合わせて、同地区の公立診療所を囲む形で、保健推進員の集会所、助産師の住居などの施設もオープンした。出産に関するサービスを1か所ですませることができるジョイセフ独自の「ワンストップサービス」と呼ばれるシステムだ。北部2郡で2か所目になる。

 ザンビアでは自宅から医療機関への距離が遠いため、医療従事者が立ち会わない危険な自宅出産が今も多く行われている。タクシーやバスはあるが、費用を惜しんで、陣痛が起きた後、徒歩で2~3時間かけて医療機関に向かう妊婦も多い。路上で出産を迎えてしまうケースもあるという。母体の安全を第一とするジョイセフが“産住近接”を重視する理由だ。

■高い死亡率

 マタニティーハウスは、出産2週間前から妊婦が無料で滞在できる。船積み用のコンテナを改造した平屋で、外壁には夫が身重の妻を手伝う絵や「母乳で育てましょう」などの標語が描かれている。

 ハウスでは、主に10代の若い妊産婦たちに交じり、ビナス・ハコンゼさん(42)が9回目のお産を控えていた。7回は自宅出産で、うち3人の子供を亡くした。「医療機関で産んでいれば、3人は死なずにすんだかもしれない」と話す。

 国連によると、世界では年間約30万人、1日約830人の妊婦が死亡している。その99%が途上国の女性で、中でも深刻なのが、ザンビアなどサハラ砂漠以南のアフリカだ。2015年の同地域の妊産婦死亡率は出産10万件あたり546人。世界平均(216人)の約2・5倍だ。国連が昨年決めた「持続可能な開発目標」(SDGs)でも、同死亡率を30年までに70人未満に削減することを目指すなど、最重要課題の一つだ。

■保健指導も

 ジョイセフは人材育成などソフト面の支援にも力を入れる。地元政府と協力し、妊産婦や若者を対象に、保健推進員の育成に取り組む。どうしたら妊娠するかに始まり、検診や食生活など出産までに必要な知識を普及するのが役割だ。活動を取り仕切る委員会には、発言力の大きい地元の長老にも参加してもらう。

船橋さん
カンボワに新設するマタニティーハウスのデザインについて相談する住民と船橋さん

 05年から、北部の中心都市ヌドラを拠点に活動するジョイセフの船橋周(あまね)さん(42)は、「外から来た日本人が『妊産婦のありかた』を押しつけても、昔からの習慣は変わらない。ザンビア人の理解を得た上でないと」と地元ボランティア育成の重要性を強調する。

 診療所での出産を嫌がる人がいる背景には、「死者が出る不吉な場所」との迷信じみた考えもあるという。「ハウスに来ると約束していた母親が自宅での出産を選び、赤ちゃんを亡くしたこともあった。まだまだ普及活動が必要だ」と船橋さんは言う。

 確かな変化もある。マサイティ郡カンボワでは、住民たちが、使われなくなった倉庫を改修し、自前でマタニティーハウスの建設を始めた。約1500世帯ある同地区で、1世帯5クワチャ(約50円)を募り、維持費に充てる。4年前にジョイセフの保健講習を受けたマシアス・ムバンガさん(54)は、「村人にとって寄付金は安くない出費だが、母親と赤ん坊の健康は地域にとって、大事なことだ」と胸を張った。

 「支援に頼るのではなく、自分たちで前に進み始めたと感じる」。船橋さんの顔がほころんだ。(ザンビア北部で、上杉洋司)

母子健康 国の根幹 石井理事長

石井理事長(左)
カルウェオ地区に新しくできたマタニティーハウスで、出産を待つ妊婦と談笑する石井理事長(左)(10月10日)=上杉洋司撮影

「母子保健という地道な取り組みに光が当たったことが何よりもうれしい」。ジョイセフの石井澄江理事長(68)は10月、視察に訪れたザンビア北部で、受賞の喜びを語った。

 商社に勤務していた1975年、友人の話でジョイセフを知り、「途上国に貢献する仕事も面白そう」と母子保健支援の輪に加わった。

「女は代わりを連れてくればいい」

 90年代に訪れたアジアのある国で、お産で死んだ女性の夫が言い放った言葉に衝撃を受けた。アフリカなど途上国では、子供も10人産んで半分が死ぬ「多産多死」が珍しくなかった。妻が死んだら後妻をめとり、子供が死んだら次を産めばいい――。「女性や子供の命はあまりにも軽かった。『命の大切さ』を訴える自らの言葉が、空虚に響いたこともある」と振り返る。

 途上国の中には男性を優先する「男女格差」が大きい国も多い。教育や医療費は男子の方が多かったり、堕胎の9割が女児という地域もあったりした。

 それでも活動を続けてこられたのは、「国の発展の根幹は、すべての母子の健康にある」との信念だ。

 母子保健向上には、病気の「予防」、「治療」に加え、母親やその関係者に、妊娠や出産について学んでもらう「教育」も欠かせない。「世界には、文字通り命がけで赤ちゃんを産む母親がたくさんいる。安心して出産をして、産んだ赤ちゃんがちゃんと育つ社会を作りたい」と願って活動を続けている。

世界の女性へ ユニーク支援

 公益財団法人ジョイセフは1968年、戦後の家族計画推進の立役者で、寄生虫駆除から公衆衛生や母子保健を普及させた国井長次郎氏が、日本の成功経験を途上国で生かそうと創設した。以来、妊産婦死亡削減や家族計画を通じた母子の健康増進のため、アジア・アフリカなど34か国・地域で活動してきた。現在も職員がザンビア、タンザニア、ミャンマーなど9か国に長短期派遣されている。

ランドセルギフト

 ユニークな手法で、国内の支援の輪を広げているのも特徴だ。

 「想(おも)い出のランドセルギフト」は、日本で小学校卒業と同時に不要となるランドセルの寄贈を呼びかけ、再生して学用品とともにアフガニスタンに贈る事業で、2004年から約16万個が海を渡った。旧タリバン政権下で女子教育が禁じられ、妊産婦や助産師の多くが文字を読めない。男女平等にランドセルを配り、女子も隔たりなく学べるよう後押ししつつ、母親に知識を伝えている=写真上=。

 各地の自治体が放置自転車を再生して贈る活動は1988年にスタートした。東京都豊島区、さいたま市など12区市と再生自転車海外譲与自治体連絡会(通称ムコーバ)を組織し、91か国に8万台以上を届けてきた。無医村に自転車1台があれば、保健推進員や助産師が数百人を訪問でき、「命の足」「二輪救急車」と頼られている。

 さらに、女性たちが気軽に途上国支援事業に協力できるよう、2011年から「チャリティー・ピンキー・リング」を発売している。500円の小指用指輪を買えば200円が寄付される仕組みで、10~20代の女性にも共感を呼んでいる。(調査研究本部主任研究員 稲沢裕子)

「世界に誇る貢献」 佐藤行雄・選考委員会座長

 ジョイセフは約半世紀にわたり、アジア、アフリカなどの途上国で、母子保健の改善事業を地道に行ってきました。医療や教育、ジェンダーなど様々な格差に苦しむ女性の命と健康を守るため、誠意をもって地域住民、社会の理解と協力を培い、妊産婦、乳幼児の安心と安全を第一に追求し続けてきた真摯(しんし)な支援活動は、日本が世界に誇るべき価値ある国際貢献と言えます。

 妊産婦死亡率削減を目標とする国連の新たな行動計画が今年開始されたことも、ジョイセフが長年実践してきた支援の意義を改めて証明するものと思います。


(2016年11月08日 読売新聞)