第26回(2019年度)読売国際協力賞「難民や被災者に仮設住居を提供」 坂茂氏

 第26回読売国際協力賞は、難民や被災者に仮設住居などを提供する活動を国内外で四半世紀近く続けている建築家の坂茂(ばん・しげる)氏(62)に決定した。
 坂氏は1995年、アフリカ・ルワンダでの虐殺を逃れた難民のキャンプ用に紙管を使った仮設住居の開発に着手し、各地で実用化。「紙の建築」で、地震などの被災者の居住空間確保にも尽力している。

坂茂氏

1957年東京生まれ。成蹊高校卒業後、84年に米クーパー・ユニオン大卒。85年「坂茂建築設計」設立。95年「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」設立。慶大環境情報学部教授も務める。

難民ら「紙の建築」で手助け

 坂茂さんは世界的な巨匠として様々な大型建設プロジェクトを手がける一方、難民や被災者に仮設住宅などを提供する活動を続けて四半世紀になる。その原点には、「建築で人を喜ばせたい」という強い思いがある。

■再生紙でシェルター

 坂さんが難民や被災者の支援を始めたきっかけは、1994年にアフリカのルワンダで起きた民族間紛争による虐殺だった。直後に200万人以上が周辺国に逃れ、難民生活を余儀なくされていた。「雑誌の写真に、毛布にくるまって震える難民の人たちが写っていた。国連の作るシェルターが貧弱で暖を取れないでいた」

 たまりかねてジュネーブの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)本部を「アポなしで」訪ねた。応対してくれたドイツ人の建築家が、再生紙の紙管でシェルターを作る坂さんの提案に興味を示した。

 当時、難民たちが仮設住宅を作ろうとして大量に木を伐採することが環境問題化していた。住宅用にアルミのパイプを支給すると、売りさばいてしまう。そんな状況の下、現地で作れる紙の筒によるシェルター建設案が評価され、採用されたのだった。

■「一生の仕事」

 国内では95年1月、阪神大震災が発生した。神戸に駆けつけた坂さんと約160人のボランティアが建てた「紙のログハウス」や「紙の教会」は生活や交流の場として親しまれ、復興に貢献した。支援活動の主体になる現在のNPO法人「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」を創設したのもこの年だ。

間仕切りと坂さん
2018年、西日本豪雨の被災地・岡山県倉敷市真備町の避難所で支援活動する坂さん(中央)

 神戸の活動では心身とも疲れ切り、「二度とやりたくない」と思ったという。それでも、99年のトルコ大地震などの現場に通い続ける坂さんの活動は内外で広く知られるようになった。様々な関係機関から支援要請があり、「一生やるべき仕事かな」と考え直した。

 その後は、国の内外を問わず、家を失った人々が少しでも快適に過ごせる仮設住宅の建設や、避難所で誰もが悩むプライバシー確保のため開発した「間仕切りシステム」の設置に取り組んできた。2019年10月の台風19号でも、東日本の広範囲に及ぶ被災地で1200ユニット以上(19年11月6日現在)の間仕切りを供給している。

〈間仕切りシステム〉
 紙管を組み立てた骨組みにカーテン代わりの布を安全ピンで留めて2メートル四方、高さも2メートルの「個室」を作る。他人に見られずに着替えや授乳ができることで、特に女性の避難所生活のストレス軽減が図られる。2004年の新潟県中越地震で提供を始め、改良を重ねて内外の被災地で利用されてきた。VANは国内6府県、8市、8特別区(19年10月現在)と災害時協定を結び、自治体側の要請を受けてシステムを供給・設置する体制を取る。

■若者たちへの期待

 被災地での支援活動では、近隣の大学に呼びかけて建築科の学生を参加させることも多い。「特に最近は、若い学生がどんどん支援活動に興味を持ってくれる」と感じており、活動の重要性を知ってもらう講演活動にも力を注いでいる。

 本業では、パリと東京の事務所をほぼ毎週往復して大型プロジェクトを手がける坂さん。10月はスイスで、設計した時計大手スウォッチの新本社などの完成披露式典に臨んだ。

 「歴史的に見ても、建築家の仕事は特権階級のためだった。一般の人や、家を失った人たちを建築で手助けができないかと思っていた」と支援活動を始めた当時の心境を振り返る。一方で、こうも考えている。「お金持ちの住宅を作るのが悪いわけではなく、並行して被災者用仮設住宅も作りたい。人が喜んでくれるなら、建築家としての満足度はどちらも同じだ」 

 良い住まいを人に届ける――。その誇りと信念が多彩な活動を続ける大家の原動力であり、若い建築家たちへの力強いメッセージでもあるようだ。(調査研究本部主任研究員 永田和男)

長期避難住宅にも取り組む

 坂さんは2017年から、ケニアで国連人間居住計画(ハビタット)が進める難民居住区計画で、モデル住宅の建築に取り組んでいる。

ケニア・カロベイエイ
2018年7月、ケニア・カロベイエイを訪ね、難民居住区用のモデル住宅を建てる人々と交流する坂さん(後列中央)=久野武志氏撮影 

 同国北西部のカクマ難民キャンプは1992年の開設以来、エチオピアやソマリア、南スーダンからの難民が増え続け、現在は19万人を超えて飽和状態にある。緩和のため15年に近隣のカロベイエイで建設が始まった新居住区は難民の長期滞在が前提だ。地元住民向けの都市開発も一体で行われており、緊急避難を想定した従来型の難民キャンプとは性質が異なる。

 坂さんは現地でまず、地元の伝統的な工法と利用可能な材料を調べた。「住宅建設では難民や地域住民を雇用し、維持管理も任せたい。自分たちで家を作れば、より愛着がわく」という考えからだ。

ケニア地図

 紙管も含めた3タイプの住宅を提案し、14棟のモデル住宅を建てた。採用されたのは、紙以上に風土に適した木材の枠と日干しレンガを使うタイプだった。モデル住宅には、窓を大きくして通気を良くし、天井を高めに作ることで室内の熱を軽減するなど、地元では見逃されていた工夫やアイデアが盛り込まれた。

 難民らからは「窓が大きいのでたくさん新鮮な空気が入る」といった驚きと喜びの声が聞かれる。カロベイエイ開発を担当する国連ハビタットの寺田裕佳さんは「坂さんの影響で、難民たちも家をきれいに作るための小さな改良の大切さに気付いた」と話している。  

創造的で開放的な空間構造

 坂茂さんの代名詞でもある「紙の建築」は、1986年に東京で開かれたフィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの個展の会場構成に、再生紙の紙管を用いたことに始まる。再生利用が可能で軽く、施工機能が高い紙管の研究を重ねて、建築資材の認定を獲得した。

京都造形芸術大
京都造形芸術大の学生に「紙管仮設スタジオドーム」の建設を指導する坂さん(右)(2012年、京都市内で)

 紙以外にも木や布、ガラスなどの建築素材を用いた、ユニークで開放的な空間構造を持つ建築を、次々に発表している。代表作は、フランス北東部に2010年に完成した、木構造と膜屋根を持つ国立美術館の分館「ポンピドーセンター・メス」だ。

 14年には、「創造的な建築への積極的なアプローチで、人道的な取り組みも行ってきた」と評価され、「建築界のノーベル賞」といわれる米国のプリツカー賞を受賞した。(文化部 井上晋治)

■主な活動

1995年 ルワンダ難民用の紙管シェルター開発
      UNHCRコンサルタント(99年まで)
      阪神大震災で仮設住宅や教会を建設
  99年 トルコ大地震で仮設住宅建設
2001年 インド西部大地震の被災地で活動
  04年 新潟県中越地震で、避難所の間仕切りシステムを提供
  05年 インド洋大津波で被災したスリランカ南東部のコミュニティー再建プロジェクト
  08年 中国・四川大地震で、紙管を使った仮設の小学校校舎を設計・建設
  10年 ハイチ地震で、紙管などで防水シェルターを整備
      前年に地震があったイタリア・ラクイラに仮設音楽ホールを建設
  11年 東日本大震災で、宮城県女川町にコンテナ多層仮設住宅を建設
  13年 11年の地震で被災したニュージーランドで紙管を用いた仮設大聖堂を建設
  14年 米「プリツカー賞」を受賞
  16年 熊本地震で、木造プレハブ仮設住宅を建築・設置
      イタリア中部地震で、避難所に紙の間仕切りシステムを設置
  17年 マザー・テレサ社会正義賞を受賞。紫綬褒章を受章
      15年のネパール地震で損壊した小学校を再建
      ケニア北西部の難民居住区のモデル住宅設計に参画
  18年 西日本豪雨で避難所に間仕切り設置など
  19年 台風15号、19号などの被災地で活動

「高い技術力とユニークな発想」 佐藤行雄・選考委員会座長

 坂茂さんは、国際的に評価を得た建築家としての多忙な活動の中で、「建築で人に喜んでもらいたい」という思いから、自らのトレードマークである「紙の建築」の手法を生かしたシェルターや間仕切りシステムを開発し、国の内外で難民や避難民、災害被災者を救済する活動を四半世紀近く続けてきました。この活動について選考委員会は、日本人の持つ高い技術力とユニークな発想を世界に示すものと評価しました。坂さんが示された斬新な形の支援活動が、国際貢献についての国内の考え方を広げる効果を持つことにも期待しています。

◆選考委員(敬称略)
佐藤行雄(日本国際問題研究所評議員)=座長
長尾立子(全国社会福祉協議会名誉会長)
佐藤謙(中曽根康弘世界平和研究所顧問)
大島賢三(元国連大使)
老川祥一(読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆代理)

(2019年11月22日 読売新聞)