第2回(1995年度)読売国際協力賞 AMDA(アムダ=旧称・アジア医師連絡協議会、菅波茂代表)

国際活動への理解と、日本の積極的な参加を促すために本社が創設した読売国際協力賞の第2回受賞者は、アジアはじめ世界各地で緊急医療援助活動などを展開しているAMDA(アムダ=アジア医師連絡協議会、本部・岡山市、菅波茂代表、内外の会員900人)に決定しました。正賞と副賞500万円を贈ります。

本賞は、国際協力の分野で際立った活躍をし、国際社会への貢献と協力の重要性を身をもって示した個人・団体を顕彰するもので、読売新聞が創刊120周年を迎えた昨年創設されました。

AMDAは1984年の発足以来、岡山市を本拠に医師・看護婦らのネットワークをアジア全域に広げ、アジア、アフリカ、ヨーロッパの各地を舞台に緊急医療援助などを展開している国連NGO(民間活動団体)です。

本賞の選考委員会では、AMDAの過去11年間にわたるさまざまな人道援助活動の実績をはじめ、昨年から今年にかけて、ルワンダ内戦、旧ユーゴスラビア紛争、サハリン震災、チェチェン内戦など、国際的な注目を集めた紛争・災害の最前線における緊急救援活動で多大な貢献を残したことを高く評価したものです。


医療NGOのAMDA  戦争、災害に迅速対応

第2回読売国際協力賞を受賞したAMDA(アムダ=アジア医師連絡協議会)は日本に本拠を置き世界を舞台に活躍する医療NGO(民間活動団体)だ。最近、わが国のNGO活動も充実してきたが、専門技術が求められる医療救助活動の分野では国際的な医療専門NGOに比較してまだ遅れが目立つ。「日本人の顔が見える国際貢献」の担い手として奮闘するAMDAのこれまでの活動と世界の医療NGOの実情を紹介する。

難民救援活動が原点

AMDAの原点は79年のカンボジア内戦での難民救援活動だ。同年12月、医師である菅波代表と2人の日本人医学生がタイのカオイダン難民キャンプにかけつけたが、既存の国際NGOがそれぞれの目的を持ってしっかりと根を張る難民キャンプでは善意だけでは何も出来ないことを悟り帰国した。

カンボジアで国際医療救援活動には現地とのパイプと組織の必要性を痛感した菅波代表らはその後、日本で学んだアジアの医学生たちに呼び掛け「アジア医学生会議」を設立、84年8月、同会議のOBを核にしてアジアでの医療救援活動と研修を行うNGO「AMDA」を発足させた。設立理念は「相互理解、相互支援、相互幸せ」をステップに「良き医療、良き将来」。

以後、AMDAは着実に実績を重ね活動の場もアジアから世界に拡大した。現在の活動は自然災害や紛争地での人道的医療と日常の地域コミュニティーにおける保健医療に大別される。地域保健医療活動としてはネパールのビスヌ村、カンボジアのシアヌーク病院精神科再建プロジェクトなどが進行中だ。

一方、緊急救援医療も目覚ましい活動を続けている。91年には湾岸戦争で被災したクルド難民の救援、92年はエチオピアのチグレ州難民への救済医療、カンボジア難民の本国帰還緊急医療などで活躍。93年もソマリア難民救援、インド西部大地震被災者救援などに医師らが派遣された。

AMDAの名を世界に知らしめたのは94年のルワンダでの難民救援活動。日本のPKO部隊派遣に先駆け、難民がひしめくザイールのゴマキャンプに日本人医師らを派遣、世界の医療NGOにごしてカレヘ・キャンプの診療所を運営する実績を残した。

日ロの地震でも活躍

さらに95年1月の阪神大震災では初めて国内にメンバーを派遣、海外での経験を生かした緊急医療活動は大きな成果を上げた。また、その後のロシア・サハリン大地震でも医療NGOとして最初に現地に入り被災者の救護にあたっている。

現在は海外に14支部を置き、会員数は日本に700人、アジア15か国に200人。6月には日本の医療NGOとして初めて国連認定のNGO(カテゴリー2)に登録され、日本からアジア、さらに世界の医療NGOとしての道を確実に歩みつつある。

世界各地の医療NGO  特殊技能生かして貢献

世界各地では多くのNGOがそれぞれの目的を持って多彩な活動を続けているが、医療NGOとなると医師、看護婦など特殊な技能を持つメンバーの参加が必須(ひっす)条件となるため、数は限られてくる。その意味でNGOの中でも医療NGOは貴重な存在だ。

人種、思想超え救命

国際的な医療NGOとしてまず最初に挙げられるのがパリに本部を置く「国境なき医師団(MSF)」。1967年、ナイジェリア東部ビアフラがナイジェリアからの独立を図り失敗、その後に発生した「ビアフラ飢きん」を救うためにかけつけた仏人医師数人が中心となって71年に設立された。設立の基本精神は「人種、宗教、政治思想などに関係なく危機にひんしている人々への救援」。

その後、MSFの活動は着実に拡大、世界各地の戦災地、難民キャンプ、自然災害の発生地などに迅速にかけつけ効果的な医療救援活動を行ってきた。80年には欧州支部、90年にはアメリカ支部、92年には日本支部も設立され、現在、世界各地に12の事務所を置き、8千人以上の医師、看護婦、後方支援スタッフが世界の約80か所で活動を続けている。

その巨大な組織を支えているのは欧州連合(EU)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの補助金。しかし、全予算の半分は世界各国約90万の個人、企業、団体からの寄付。中でも個人の寄付が多く、それがMSFの持続性のある幅広い医療救援活動を支えていると言われる。

MSFと並ぶ2大医療NGOは同じくパリに本部を置く「世界の医療団(MDM)」。80年、インドシナのボートピープル救援のため、南シナ海で活動していた仏人医師、ベルナール・クシュネル氏らが中心となって設立された。クシュネル氏はMSFの主要設立者の1人だが、MSFと運営路線の違いからMDM設立に加わったといわれる。

MDMの基本理念は「助ける、治療する」に加えて「証言する」こと。悲劇発生の原因を医療救援活動のなかで見つめ、その実態を世界に証言、視線による干渉を試みている。設立以来、湾岸戦争、ルワンダ、ソマリア、ボスニアなど世界各地で幅広い活動を行ってきた。現在、約3千人の医師、看護婦、支援スタッフがおり、日本にも事務局がある。MDMも活動資金の大半は個人を中心とした寄付金で、賛同者は世界に80万人と言われる。

このほかにも小規模な活動を続けている世界の医療NGOはいくつかあるが、純然たる医療NGO以外で医療救援活動で多くの実績を残しているのが国際赤十字(赤十字国際委員会、国際赤十字社、赤新月社連盟、各国赤十字社)だ。

国際赤十字の活動は医療救援活動だけにはとどまらないが、戦時、平時の紛争地や自然災害発生地などで疫病の発生予防活動に欠かせない組織だ。

また国際的な緊急医療活動の組織として日本の国際協力事業団(JICA)の国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)も近年、重要な存在になってきた。

JMTDRは87年に「国際緊急援助隊派遣法」が成立して以来、インドネシア、ミャンマーなど11か国の災害地に17チームが派遣され、現在、173人の医師、214人の看護婦、122人の調整員が登録されている。


「長年の国際活動 評価」  選考委員会座長・浅尾新一郎

 昨年の緒方貞子・国連難民高等弁務官に続く受賞者を選ぶ第2回読売国際協力賞の選考委員会は、8月31日に開かれた。

今回は全国から個人10件・団体4件の合計14件の応募が寄せられた。昨年の例にならい、これを読売新聞社内の推薦委員会が個人3件・団体1件の計4件に絞り、本選考委員会に推薦があった。

これを受けて、選考委員会では、各候補の活動などについて事務局から説明を受けた後、出席の各委員が活発かつ熱心な発言を行った。各候補に対する論評に先立ち、公募の方法や選考の基準についても意見交換を行った。

選考委員会に推薦のあった候補4件については、出席した委員一人ひとりが意見を述べ、欠席した一委員の書面による見解も紹介した。これらを総合した結果、本選考委員会としては、満場一致でAMDAを読売国際協力賞の第2回受賞者に決定した。

AMDAを選んだ理由は、同協議会による長年にわたる活動ぶり、受賞による国際的な効果、国内外の広い地域での救援医療活動を外国人とともにすばやく展開している点――などを評価したものだ。

第2回読売国際協力賞の候補にあがりながら、今回受賞されなかった個人・団体も、それぞれすばらしい国際貢献を果たしている。選考委員会座長として深い感銘を受けるとともに、今後ますますの活動を期待している。

(1995年9月5日 読売新聞)