科学フォーラム東京「知の地平線をひらく」

今年30周年を迎えた「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム~次世代へのメッセージ」が9月29日、東京都文京区の東京大学安田講堂で開かれ、1973年にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈・横浜薬科大学学長と、2015年に同じ物理学賞を受賞した梶田隆章・東大宇宙線研究所長を招いて、講演や質疑応答を行った。
「知の地平線をひらく」をテーマに受賞者2人が、人類の知の蓄積である科学の役割や、基礎研究の重要性について議論し、中高生ら約700人が熱心に聞き入っていた。

(文中敬称略)

参加受賞者
江崎玲於奈 横浜薬科大学学長(1973年ノーベル物理学賞受賞)
梶田隆章 東大宇宙線研究所長(2015年ノーベル物理学賞受賞)
コーディネーター
佐藤良明 読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員

基調講演 江崎玲於奈氏「創造力 呼び覚ませ」

写真:江崎玲於奈氏
えさき・れおな

1925年大阪府生まれ。東京大学理学部卒。東京通信工業(現ソニー)、米IBMワトソン中央研究所、筑波大と芝浦工大の学長を経て2006年から現職。73年、「半導体のトンネル効果の実験による発見」でノーベル物理学賞を受賞。98年から茨城県科学技術振興財団理事長。

受賞へ「してはいけない」5か条

「創造力を喚起しよう」というテーマでお話ししたい。20世紀の大発明と言われたトランジスター(半導体素子)は、それまで使われてきた真空管をいくら研究しても改良しても生まれなかった。安定した社会では、将来は現在の延長線上にあると思いがちだ。しかし、変革の時代に、ブレイクスルー(突破口)やイノベーション(技術革新)を生むためには、個人の創造力が決定的な役割を演じる。

私がノーベル賞を受賞できたのも独創力のおかげだ。大学時代、最も新鮮な刺激と強烈な感動を受けたのは、ドイツの理論物理学者マックス・プランクが基礎を築いた量子力学だ。従来の古典力学では説明しきれない事象を説明できる革命的な学問である。

私は量子力学の新知識を生かして、革新的な装置を作ろうと、エレクトロニクス企業に就職した。当時は企業の研究に量子力学を応用することはあまり行われていなかったが、「リスクを冒してでも、人が誰もやらなかった未踏の分野を開拓しよう」と決意した。

新しいトランジスターの研究を始めると、電圧を上げても電流が増えないなど予想外の出来事に直面した。実験を重ねて、量子力学の考えを使った「エサキダイオード」を作り出した。サプライズを生かし、チャンスにつなげたことでノーベル賞を受賞できた。

エサキダイオードの発明により、海外で講演することが多くなった。アメリカの有名なベル研究所を訪問すると、入り口に電話を発明したアレキサンダー・グラハム・ベルの胸像があった。そこには、「時には踏みならされた道から離れ、森の中に入ってみなさい。これまでにあなたが見たことのない何か新しいものを見いだすに違いありません」と刻まれていた。この言葉に感動し、35歳で研究の場を住み慣れた日本からアメリカへと移した。

筑波大学の学長に就任するため帰国したのは67歳の時だ。以来、研究から教育に活動の場を変えた。

これまでの経験から、ノーベル賞を取るために、してはいけない5か条を皆さんに伝えたい。〈1〉今までの行きがかりやしがらみにとらわれてはいけない〈2〉大先生を尊敬し、教えを受けるのは良いが、過度に心酔してはならない〈3〉情報の大波の中で、自分に無用なものまで抱え込んではいけない〈4〉自分の主張を貫くため、戦うことを避けてはならない〈5〉いつまでも初々しい感性とあくなき好奇心を失ってはいけない――。

創造力を喚起して、来るべき世界で大いに活躍してほしい。

写真:講演に聞き入る参加者たち
講演に聞き入る参加者たち

基調講演 梶田隆章氏「装置拡充 新実験へ」

写真:梶田隆章氏
かじた・たかあき

1959年埼玉県生まれ。埼玉大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。東大宇宙線研究所助教授などを経て、2008年から現職。15年、「素粒子ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動の発見」により、ノーベル物理学賞を受賞。

「部活より物理」人生変えた決断

高校を卒業して埼玉大学に進み、部活動で弓道部の副主将を務めた。主将になることを期待されていたが、東京大学の大学院を受験するために辞退した。物理学の魅力にひかれていたからだ。人生を左右する重要な決断だったと思う。

大学院は2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士の研究室に入った。最初に関わったのが、岐阜県飛騨市神岡町の鉱山地下に巨大な水槽型装置カミオカンデを設置し、陽子が崩壊する瞬間をつかまえようという実験だった。1983年に始まった。

この実験に出会ったことは幸運だった。一日中、机で論文を読む理論の専門家よりも、体を動かして装置を作り、実験する研究者の方が自分に向いていた。

陽子崩壊は見つからなかったものの、装置に飛び込んでくる素粒子ニュートリノが観測され始めた。3種類のニュートリノの一つ「ミュー型」ニュートリノの観測数が、自作プログラムの予測よりも少なかった。徹底的に調べてもプログラムに間違いが見つからないので、何が起きているのかを解明することにした。自然界の謎に迫っているというワクワク感があり、研究者として一番楽しい時期だった。

カミオカンデの20倍の容積を持つスーパーカミオカンデを建設し、96年に実験を始めた。その結果、ミュー型が飛行中にタウ型に変わる「ニュートリノ振動」が起きていることを突き止めた。これはニュートリノに質量があることの証明にもなった。98年に国際会議で発表した翌日、クリントン米大統領に「宇宙の成り立ちに関する根本的な理論を変えるかもしれない」とコメントしていただき、たいへん光栄だった。

ニュートリノ研究が成功したのは、国から長期的な支援を得られたこと、国際的に注目された実験だったこと、そして私自身が、キャリアの早い段階で安定した職に就いて研究に専念できたことが大きかった。

現在、超新星爆発で生じたニュートリノを捕捉するためにスーパーカミオカンデの感度を上げる改造工事を行っている。スーパーカミオカンデの10倍の大きさのハイパーカミオカンデの構想も検討中だ。

昨年のノーベル物理学賞の受賞テーマとなった重力波を観測する巨大望遠鏡「KAGRA(かぐら)」もスーパーカミオカンデの近くに建設した。来年中に観測を始めたい。

科学研究の醍醐(だいご)味の一つは、人類の知の地平線をひらくことであり、今後も神岡の地下でそんな研究を続けていきたい。

パネルディスカッション 大発見には… 「気づき」放置しない/準備を整える

――タイトルに掲げた「知の地平線」は、ノーベル賞が決まった時に梶田さんが記者会見で話した言葉だ。この言葉に込めた思いを。

梶田近年、科学研究の目的は、明日の生活を豊かにすることだと言われることが多い。それが前々から気になっていた。だから、この言葉を使い、研究は生活を良くするためのものばかりではない。人類全体の「知の地平線」を拡大する方向性を持った研究もある、ということを知ってもらいたいとの思いで話した。

写真:フォーラムの様子
パネルディスカッションで基礎研究の重要性について話す江崎玲於奈氏(左)と梶田隆章氏(奥)

――基礎研究の意義を。

梶田基礎研究は自然界の真理を探るものだが、その成果は、やがては日々の生活にも還元されるかもしれない。量子力学も、最初は小さな原子を理解しようという知的好奇心から研究が進み、例えばトランジスターのような、量子力学を利用したもの(製品)がなければ私たちが生活できない世界につながった。

――大発見に結びつく「ひらめき」や「気づき」はどのように訪れるのか。

江崎既成概念を超えるところに発見のチャンスがある。フランスの細菌学者ルイ・パスツールが「幸運の女神は準備を整えた者を好む」と言っている。チャンスは偶然だが、準備を整えた人に訪れるのだ。

梶田私は基本的には観測や実験をしているので、「ひらめき」というより「気づき」が重要だと思う。陽子の崩壊を探していて、偶然、ニュートリノがどうも少ないと気がついた。しかも、それを放っておかなかった。そこが重要だった。

――物理学者に必要な資質は何か。

梶田きちんと自分で深く考えられる人、そんな感じがする。我々の仕事は今まで知らなかった自然を知ることなので、上辺(うわべ)だけの考えではだめだ。深く考えて仕事できないと、きちんとした成果は出せない。

江崎教師の言うことを理解することも大事だが、自ら新しいことを考えたり、新しいものを見つけ出したりする創造性が、物理学者や基礎科学の研究者には必要ではないか。創造性をどのようにして喚起するかが大きな課題だと思う。

――日本の科学力が低下していると言われる。

梶田日本の科学研究が他国に比べ伸び悩んでいるのは事実だ。研究には資金的なサポートも必要で、海外では資金的な手当てなども拡大しているが、日本はそういう状況にない。それが日本の今の科学力に反映されている。

――それを打破するような若い人たちが出てきてほしいということか。

梶田画期的な研究ができるのは、明らかに40歳以下だ。若手研究者が伸び伸びと活躍できる環境を作ることが極めて重要だ。

江崎高齢化社会で若い人が少なくなっている。それをカバーするため、今まで以上に国を挙げて若い研究者を積極的に養成する必要がある。

――最後に次世代へのメッセージを。

梶田科学には、自分の好奇心に基づいて自然を知る研究があるということを知ってもらいたい。そういう研究に興味があれば、ぜひその道に進んでもらいたい。

江崎アルフレッド・ノーベルは、科学の知識は人類にとって最大の財産だと言っている。科学こそ文明を推進させる原動力だ。科学に貢献することは自分の能力を最大限に発揮することでもある。科学は進歩する。思いつきで新しいことをするのではなく、今までの仕事の上に、新しいものが積み重なるわけだ。これが科学の特徴だ。その進歩に貢献することは大変重要なことだと知ってほしい。

写真:コーディネーターの佐藤良明・読売新聞調査研究本部主任研究員
コーディネーター 佐藤良明・読売新聞調査研究本部主任研究員

質疑応答 「大変な思い出は?」

6000個の検出器 一瞬で壊した

――取り組むべき研究を決める際、好きだけど苦手な分野を選ぶべきか、好きではないが自分の得意な分野を選ぶべきか。

梶田それは究極の選択だ。自分で一生懸命考えて、決めないといけない。私の場合、それが実験物理学だった。

――創造力を向上させるには、何が大切か。

江崎もちろん、たくさんの知識を身につけることは大切だが、それだけではなく、自分で考えることも大切だ。出会う様々な事象に対して疑問を持ち、どうしてこうなるのだろうか、と考えることが、創造力に結びつく。

――人生の中で大変だった思い出は?

梶田2001年、スーパーカミオカンデで使われている約1万1000個の検出器(光電子増倍管)のうち6000個以上をほぼ一瞬にして壊してしまった。(検出器1個の亀裂から起きた破壊の衝撃波が周囲に伝わる)起こしてはいけない大事故だ。この時は、全身の力が抜けるほど、つらかった。このような事故を二度と起こすまいと誓った。

江崎アメリカでは、私が中心となって多くの人たちと一緒に研究を行ってきた。その時に使う言語は英語。日本語と大きく異なるので、正確なコミュニケーションを取るのに苦労した。例えば、日本語の「心」は、英語では「heart(ハート)」と「mind(マインド)」の両方の意味がある。英語は、日本語より解析的な言葉と言える。チャンスがあれば、外国に住み、様々な体験をしてみることを勧める。

写真:フォーラムの様子
受賞者に質問する高校生

会場の声

一生かけた研究 幸せそう

お茶の水女子大付属高2年、人見はるかさん(東京都世田谷区)「お二人とも、一生をかけたいと思える研究をされていて、とても幸せそうだと思った。将来は宇宙物理学を勉強したいと考えており、物理学者に必要な資質についての質疑が印象深かった」

宇宙に興味 勉強続けたい

豊島岡女子学園高1年、上田咲希さん(神奈川県相模原市)「研究には個人の創造力が決定的な役割を演じるという江崎先生の講演が印象的だった。私は宇宙に興味があり、地球外生命の研究に携わるのが夢。初々しい感性と好奇心を忘れないで勉強を続けたい」

理論と実験 相互作用の成果

千葉県立東葛飾高2年、赤永晋一郎さん(同県松戸市)「梶田さんの業績は、物理学の理論と実験がうまく相互作用して生まれた結果だと感じた。ぼくも将来、素粒子物理学の研究者になって、梶田さんのような実験チームの人たちの役に立つ理論を作ってみたい」

  • 主催=読売新聞社
  • 後援=外務省、文部科学省、NHK

(2018年10月14日 読売新聞)