日本・スウェーデン福祉シンポジウム「認知症ケアへの挑戦  IT、住まい、地域力」

技術生かし支える 尊厳ある高齢生活

日本・スウェーデン福祉シンポジウム「認知症ケアへの挑戦―IT、住まい、地域力」が3月26日、東京都千代田区の東京会館で開かれた。母親が認知症だったスウェーデンのシルビア王妃が、認知症に関する適切な知識の普及や専門職への教育、研究開発の重要性などをスピーチ。両国の専門家によるパネルディスカッションでは、IT(情報技術)を活用したケアの可能性や、地域で暮らし続けるための環境整備の必要性などが指摘された。(文中敬称略)

▽オープニングスピーチ
スウェーデン王室 シルビア王妃
▽基調講演(順不同)
ヨーラン・ヘグルンド スウェーデン保健・社会相
中村秀一 厚生労働省社会・援護局長
▽パネル討論(順不同)
エバ・ステルダル バルダル福祉財団最高経営責任者
グスタフ・ブヒト ウメオ大学教授
粟田主一 仙台市立病院神経科精神科部長
池田恵利子 いけだ後見支援ネット代表
▽パネル司会
本間昭 東京都老人総合研究所認知症介入研究グループ研究部長

オープニングスピーチ シルビア王妃

写真:シルビア王妃

私たちは皆、健康な高齢者になりたいと願っています。しかし、残念なことに、多くの人にとってそれはかないません。

日本と同様、スウェーデンでも高齢者の数が増えています。その中には、認知症の人も含まれます。治ることがない病の進行と向き合わなければならない人々は、より多くの支援を必要としています。同じことが家族にも言えます。家族もまた、支援を必要としているのです。認知症の啓蒙(けいもう)と早期発見、早い段階での支援が重要です。

もう一つ大切なのは、介護に携わる専門職が、認知症の進行や機能の低下について、より多くの知識を持つことです。本人の残された能力をいかに維持するか、家族に対してどう支援を行うのかなど。これらはすべて、「尊厳ある高齢期の生活」を迎えるための試みであるわけです。

私は家族として、認知症を身近で見てきました。さらなる知識や研究開発が必要であることを実感しました。そうすることで、「よりよい生活の質」が得られるのです。

専門職への教育が必要だと思い、1996年、バレンタインの日に、ストックホルム市内に「シルビアホーム」を開設しました。このホームは、主に認知症ケアに携わる准看護師が認知症ケアの専門家になることを目指しています。2004年からは、教育の一部がインターネットで行われるようになりました。現在、97名の准看護師が、不治の病にかかっても最期まで自分らしく生きる「緩和ケア」の理念にのっとって認知症ケアに携わっています。

介護を支援し、介護の質を向上させる方策として、補助具の存在も忘れてはなりません。補助具を上手に活用することで、在宅での生活をより自立して、より安全に送ることができます。補助具を使って、いつ薬を飲むのか、ちゃんと薬を飲んだのかをチェックすることもできます。

認知症ケアについての正しい知識が普及すること、そして、日本、スウェーデン両国の協力によって、この領域におけるさらなる研究開発が継続されることを切に願っています。

基調講演 ヘグルンド氏「質高いケア 政府も力」

写真:ヘグルンド氏

スウェーデンでも日本と同様、少子高齢化に伴って社会福祉制度のあり方が論議されている。年金については、受給者増に対応した改革を実行したが、高齢化で影響を受ける問題はほかにもある。高齢者介護や、介護する家族への支援、研究などだ。こうした状況を踏まえ、スウェーデン政府は今年3月、高齢者ケアの質を向上させるための特別委員会を発足させた。高齢者も家族も、たとえ病気になっても尊厳を保ち、安心して治療を受けられるよう環境を整備する必要がある。尊厳を守ることは政治、医学の問題ではなく道義的な義務だといえる。

認知症は世界的な問題だ。スウェーデンの場合、介護用ホームに入っている人の70%が認知症だといわれる。認知症は個人の悲劇だけにとどまらず、家族、友人など多くの人に影響を及ぼす。社会的なコストもかかる。

早期の診断と治療、介護スタッフの教育が必要だ。この点で、ITは重要な手段となる。患者、家族らは、治療、健康状態などに関するデータを迅速に入手できる。インターネットを通じ、助言を受けることも可能だ。ITは医療・介護従事者にとっても役に立つ。技術開発は、今まで高齢者向けにあまり行われてこなかったが、政府は高齢者や障害を持つ人向けの技術開発を促進する方針だ。

社会は、今まで以上に高齢者のニーズや好みに注目すべきだと思う。どの病院のどの医師に診てもらうのかを、自分で決められるようにすることが必要だ。質の高い高齢者ケアシステムを作り上げるためには、関係者の様々なアイデア、意見、論点に耳を傾ける必要がある。この点で国際的な情報交換や交流は重要だ。

日本は、高齢者のけがの予防の分野では先進国だと聞いている。スウェーデンは、2001年、福祉研究所を設立し、認知症ケアの研修を実施している。両国は10年前から医療や介護分野で実り多い関係を築いており、その関係がさらに深まることを確信している。

基調講演 中村氏「地域の支援体制整備を」

写真:中村氏

日本では、認知症高齢者の半数が在宅で、半数が施設で暮らしている。2002年の厚生労働省の推計で、身体の機能は自立しているが重度の認知症である高齢者25万人のうち、15万人が在宅だとわかった。ケアが最も大変な方々の多くが家族に世話をしてもらっているのが現状だ。ケアが困難な人は、施設ではなかなか受け入れてもらえないという実態が背景にある。日本の高齢者介護の最大の課題は、認知症に対応できる介護体制を整えることだと考えている。

認知症対策の歩みを振り返ると、1972年に、有吉佐和子さんの小説『恍惚の人』で、認知症が社会の注目を集めた。しかし、当時は身体的にハンデのある人に目が行き、認知症に着目した施策が進むことはなかった。86年、旧厚生省は認知症の対策本部を設置したが、有効な対策が十分見いだせたとは言い難い。90年代に高齢者介護は大きく進んだものの、認知症対策は難しく、当時、旧厚生省の老人福祉課長だったが、苦労したことを覚えている。

こうしたなか、80年代後半にスウェーデンで急速に進んだ認知症高齢者のためのグループホームケアが、ほぼ10年遅れで、日本にも導入された。政府も90年代半ばからグループホームの調査研究を実施し、整備を進めた。2000年に介護保険制度がスタート。介護保険導入前に266か所だったグループホームは、06年12月で8621か所にまで増えた。05年には介護保険を見直し、地域密着型のサービスを創設した。

これからの認知症施策で重要なのは、地域の支援体制づくりだ。そのためには、かかりつけ医と専門医の連携強化が欠かせない。診断法の研究や、介護の指導者を育てることも大事だ。地域で認知症の人や家族を支援するサポーターを養成しようと、05年から「認知症サポーター100万人キャラバン」という運動も民間レベルで展開されている。すでに12万人のサポーターが生まれており、地域での貢献が期待される。

パネル冒頭発言 ステルダル氏「認知症研究支援拡充を」

写真:ステルダル氏

バルダル福祉財団は、スウェーデン政府により1994年に設立され、高齢者医療介護分野の研究を支援している。

高齢化の進行に伴い、高齢者の医療、介護の需要は増えているが、経済的な資源は限られている。ケアにかかる費用、研究、いずれの面でも、何を優先するのかを考える必要がある。

スウェーデンでも認知症の人口比率が高まり、患者、家族の支援に必要なコストが課題となってくる。ただし、認知症の研究費は、がんや心臓病と比べて高いとはいえない。認知症の研究支援を拡充すべきだ。

一方、高齢者の価値観やニーズは多様化している。多くの人は在宅で過ごすことを望む一方、孤立することを恐れている。また、大半の高齢者は、自分が家族の負担にはなりたくないと感じている。こうした複雑な状況に対応するためには、ITの活用が欠かせない。スウェーデン政府は2010年までに、すべての国民がブロードバンド(高速大容量通信)を使えるようにする国家戦略を描いている。病院から家庭にいたるまで、ITを通じて様々な形で医療、介護サービスを提供することが可能となる。

ただ、こうしたサービスは、最善の介護を提供するための一つの手段にすぎないことを忘れてはならない。大切なのは、人とのかかわり合いや自立意識だ。

パネル冒頭発言 粟田氏「地域に診断の仕組み」

写真:粟田氏

1991年、宮城県栗原市の保健所に精神保健福祉相談の相談医として赴任してから、地域医療の一環として認知症にかかわるようになった。当時、この地域では認知症の問題が深刻化していたが、専門の医療機関がなかった。このため、認知症を診断する仕組みづくりから始めた。

まず、高齢者とその家族が、町村の相談窓口に相談に行く。そこの保健師から保健所を通じ、地域の総合病院で検査を実施。診断結果を本人と家族に説明し、保健師らとも相談しながら、介護の計画を立てる。かかりつけ医に連絡し、地域の介護サービスとともに継続的な医療を提供する。

この仕組みが機能するにつれ、保健師が認知症を発見する技術が高まり、結果として相談者の認知症の重症度が軽症化した。かかりつけ医の認知症に対する意識も高まり、診断技術を高めるための勉強会が自主的に開かれるようになった。地域の総合病院に専門の診療科も開設された。こうした仕組みは98年から宮城県内全域で広がり、2006年以降は、全国の地域包括支援センター、かかりつけ医、専門医療機関が連携して、この機能を担いつつある。

ただ、認知症は身体合併症などへの対応や終末期医療など様々なケアが欠かせない。一人ひとりに合った治療とケアの方針を立てるための仕組みを早急に作り上げる必要がある。

パネル冒頭発言 ブヒト氏「孤立感なくすIT交流」

写真:ブヒト氏

認知症高齢者とその家族を支援するITを活用したプロジェクトを幾つか紹介したい。

「DMSS(認知症管理支援システム)」は、認知症の診断を支援し、国、地方レベルでの介護計画の策定にも役立つコンピューターシステムだ。認知症に関する開業医の知識がバラバラで、診断がきちんと行われていない中、開業医は必要な知識を入手することができる。

夕食のテーブルセッティングができないなど、患者が日常生活に支障を来しているとき、患者の過去のデータを見て生活動作を支援し、その動きをモニターする「イージーADL(軽度認知機能障害者向け補助システム)」と呼ばれるシステムもある。例えば無線のヘッドホンのようなものを使って、コーヒーの入れ方を教えてもらうこともできる。現在、試作品が出来上がっており、将来的には、腕時計型の超薄型パソコンとなる予定だ。

「アクション(ACTION)」は、要介護高齢者宅と支援センターをネットワークでつなぎ、パソコンやウェブカメラを通じてセンターの職員と双方向で交流、必要な支援が得られるものだ。在宅で認知症高齢者の世話をする家族からは「孤立感がなくなった」など肯定的な評価が得られている。介護費用の削減のほか、介護用ホームへの入居を遅らせることができたとの報告もある。

パネル冒頭発言 池田氏「成年後見伸びぬ利用率」

写真:池田氏

高齢化が進む中、一人暮らし、または夫婦のみで暮らす高齢者が増えている。認知症の高齢者が地域で暮らし続けたいと願った場合、介護保険サービスの適切な利用でそれが可能となるはずだが、適切なサービスの選択をはじめ、住まいの問題、時宜を得た受診や服薬管理など、まだまだ課題が多いのが現実だ。

こうした状況を受け、昨年春に施行された改正介護保険法では、認知症や介護を必要とする人を支援する注目すべき仕組みが盛り込まれた。判断能力が衰えた人の権利擁護システムである成年後見制度の利用を支援し、虐待防止に責任を持つ総合相談窓口「地域包括支援センター」が創設されたことだ。しかし、成年後見制度の利用率は欧米で人口の1%前後といわれるのに対し、日本では0・05%程度にとどまる。虐待に関しても、高齢者虐待防止法はできたものの、認知症の高齢者を抱える家族が社会的孤立の末に虐待に至る現実がまだある。

2003年度の国の調査では、虐待されている高齢者の6割が認知症であり、05年の東京都の調査では、その割合は7割強を占めた。認知症イコール何も分からない人、という意識がまだ強く、認知症の人の意思を尊重するケアが十分に行われていないのではないかと思う。認知症の人が、尊厳を保って生活できるような社会の支えが、今こそ大事になっている。

パネルディスカッション

写真:本間氏

本間日本では、介護保険でケアが必要だと認定された方のほぼ半数、200万人前後の方が認知症だと見られるが、実際に適切な診断を受けている人数ははるかに少ないと想像される。スウェーデンではどうか。

ブヒト私の知る限り、3~4万人が何らかの認知症と診断されているが、この数は実際の患者数の3分の1程度に過ぎない。スウェーデンでも診断の問題はある。

本間日本では、在宅の認知症患者が入院が必要となった時、うちでは認知症の患者は診られないと病院に断られる場合が少なくない。

ブヒトスウェーデンでは、認知症の患者はそうでない患者と同じように治療を受けることができる。そうでなければ、きちんと治療しない医師が罰せられる。

粟田一般医療機関に認知症患者で困っていることを聞いた厚生労働科学研究のアンケート調査では、1位が徘徊(はいかい)で、2位がせん妄だった。スウェーデンでは、総合病院でのせん妄の管理についてよく研究されている。一方、日本では、一般医療機関でのせん妄の管理や徘徊のお年寄りのケアの方法論が確立されていないことが大きな問題だ。スタッフの不足も大きい。

本間地域生活を支えるのに欠かせない成年後見制度の利用が、日本では少ないという現状も指摘された。

池田2000年の介護保険スタート時に、成年後見制度も始まった。しかし、制度が必要な人が自ら手続きするのが難しいなか、介護や福祉との連携が十分ではなかった。05年の介護保険法改正で、自治体が地域包括支援センターなどを使って連携を支援する流れが出来つつある。

本間ITを活用する上での課題は何か。

ブヒトITは「冷たいもの」という批判もあるが、その逆だと思う。正しい形で使えば介護者の負担を軽減し、その分、患者にかかわることができる。

ステルダルITの活用は、長期的にコスト節減につながる可能性がある。もちろん、患者のニーズという視点からの開発が不可欠だ。それがなければただの技術になってしまう。

本間認知症になっても地域でできるだけ長く暮らすためには何が必要か。

ステルダル日本もスウェーデンも技術先進国だが、先端技術が高齢者介護に十分活用されているとは言い難い。高齢者が、自分は家族の負担になっていると感じないよう、さらなる技術開発が必要だ。

粟田地域包括支援センターの役割に期待している。ただ、チームケアの要となるべきセンターと、かかりつけ医、専門医療機関は、それぞれが持つ認知症高齢者の情報を共有できていない。共有できる環境を整えるために、ITは非常に役立つ可能性がある。

池田超高齢社会の中で、人的資源も限られてくることを思うと、ITの活用は魅力的だ。ITを道具として使うことで、人がどうしてもかかわらなければいけないケアの部分にかえって光が当たることは意味がある。ただし、高齢者が自分で通信などをする際には、手助けする人が必要ではないかと思う。

本間シンポジウムを通じて、診断上の課題や、地域生活を支える上での環境整備の必要性、また、ITの可能性などが浮き彫りになった。日本でもITを活用したケアへの可能性を探りながら、認知症へのさらなる理解を深めたい。

  • 主催=読売新聞社、スウェーデン大使館
  • 後援=厚生労働省、スウェーデン福祉研究所

(2007年4月13日 読売新聞)