シンポジウム「国家安全保障会議と日本の戦略」「国家安全保障会議と日本の戦略―アメリカの経験をどう生かすか―」

国の針路、冷静に決断  本家・米国に学ぶ

日本の外交、安全保障政策を統合・調整する新たな仕組みとして安倍首相が設置を目指す国家安全保障会議(NSC)について、本家アメリカのNSCを例に取りつつ、その重要性や課題を話し合うシンポジウム「国家安全保障会議と日本の戦略―アメリカの経験をどう生かすか―」(読売新聞主催、東京大学公共政策大学院共催)が、6月19日、東京・弥生の東京大学農学部弥生講堂一条ホールで開かれた。聴衆には一般読者に東大などの学生や在京外交官が多数加わり、会場からの質問を柱に日米4人のゲストが活発な討論を行った。(文中敬称略)

▽コーディネーター
北岡伸一 東京大学教授(日本政治外交史)
▽パネリスト(順不同)
佐藤謙 世界平和研究所副会長
ロバート・ブラックウィル 元ブッシュ米共和党政権NSC担当副補佐官
ジェームズ・スタインバーグ 元クリントン米民主党政権NSC担当副補佐官

冒頭発言 北岡伸一氏「首相が対外政策統御を」

写真:北岡伸一氏
きたおか・しんいち

前国連代表部次席大使。政府の「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」メンバー。

日本の近代政治外交を研究していて一番気になるのは、もっと有効な政策統合がどうしてできないのかという点だ。政策の統合が出来なかったから、1930年代、あの戦争に突き進んでいってしまった。日本人は全般にチームワークが良く、所属機関に対する忠誠心が非常に強い。各省とも官僚の省に対する忠誠心が強いから、それを超えた統合が難しい。首相がその凝集力で対外政策をコントロールできるシステムが必要だ。

官僚制の縄張り争いが指摘される。日本の官僚は基本的に優秀だと思うが、組織への忠誠心が強過ぎる結果、縄張りの外にある肝心の所に穴が開いてしまう。縄張りを巡り相手と競争するが、まずいことが起こると、「それはわが方の責任ではない。わが方の仕事ではない」という態度をとる。

そうしないためにも、NSCのようなものが重要だ。

冒頭発言 佐藤謙氏「役所の意識改革必要」

写真:佐藤謙氏
さとう・けん

元防衛事務次官。政府の「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」メンバー。

複雑かつ多岐にわたって関連する安全保障上の諸問題を総合的に検討し、国家戦略を策定していくことが日本には必要だ。

だが、現状は極めてお寒い状態と言わざるを得ない。各種の対策が所管省庁ごとにバラバラに立案、実施されており、長期戦略はおろか国全体としての総合的な判断に欠けることもしばしばだ。

新たに設けられるNSCは、従来の安全保障会議の機能を吸収した上で、抜本改革をしたものだ。その機能、役割は、安全保障問題に関する戦略を長期的ビジョンに立って策定することだ。

NSCが総合的、多角的に政策オプションを議論できるようになるには、事務局の役割が重要で、独自の分析、立案能力を持つものにする必要がある。

適正な政策判断は的確な情報(インテリジェンス)活動によって支えられる。情報活動については、「情報要求―収集―分析―提供」というサイクル全体をとらえなくてはならないが、現状はいずれの面も改善すべき点が多い。

NSCを安全保障問題に関する司令塔として、真に機能させるには首相のリーダーシップが不可欠だ。

体制ができても、長い間の役所のやり方を改めるには困難が伴う。しかし今、必要なことは、そのような役所文化を改める意識改革ではないか。

冒頭発言 ロバート・ブラックウィル氏「省庁間の調整役に」

写真:ロバート・ブラックウィル氏
R. Blackwill

元駐印大使、コンサルタント会社BGR社長。

かつてある国務省高官は「アメリカの外交政策は大統領に任せておくにはあまりにも重要だ」と言ってのけた。各省に共通しているのは「アメリカの政策を牛耳っているのは自分たちであって、大統領ではない」という意識だ。そこで歴代大統領が努力してきたのは、自分に忠実なスタッフの確保であり、その場がNSCだった。大統領はNSCに大胆な政策提言を求める。官僚組織ではアイデアは上に上がるとともに消えるからだ。

父ブッシュ政権の時にドイツ統一が達成された。NSCの政策を実施しブッシュは統一に成功したが、国務省の専門家は、安定を求めて統一政策に反対していた。ニクソン、キッシンジャーの電撃訪中、米ソのデタント(緊張緩和)にも国務省は反対し、頼りになったのはNSC。大統領は機密保持もNSCスタッフに頼ってきた。ドイツ統一の時、事前にソ連ゴルバチョフ大統領に知られないで済んだのはそのお陰だ。NSCは各省間調整を可能にもしている。

日本版NSCの創設は価値がある。日本が国際的影響力をもつ中、国内調整役がぜひとも必要だ。しかし新設NSCに各省は抵抗するだろう。歴代首相が強力かつ継続的、労働集約的に支持することが必要だ。かつてない危機に直面する今がスタートの好機だ。

冒頭発言 ジェームズ・スタインバーグ氏「時代の要請に適応」

写真:ジェームズ・スタインバーグ氏
J. Steinberg

テキサス大学公共問題大学院長

米NSCの役割には、各省間調整のパイプ役、大統領に対する助言、政策の策定・発展の調整、政策の実行役、危機管理への対応、予算の格づけなどがある。

NSC型のプロセスは、世界が複雑化し、相互依存関係が高まり、グローバル化する中で、総合戦略を作成し、政策に関与する多くの関係者を調整し、方向性を示す場として不可欠だ。その国の政治体制に合うものを考えるべきだ。

クリントン政権におけるNSCは、法制上の形とは違い、時々のニーズに対応し拡大したり縮小したり、非公式化したりと様々な形をとった。要は、複雑な各省間調整をするのに最適の形を求めた結果だった。

93~94年の北朝鮮核危機に私たちは直面した。この時、国務省、軍、その他各省がそれぞれ関心事項について見解を出してきた。その調整をし、優先事項を決定したのがNSCだった。北朝鮮と交渉したガルーチ大使を支え、関係省の意見も聞き、指示を出したのが我々だった。

97年、タイに端を発した通貨危機でも、当初は通貨問題と見て財務省が担当した。しかし、中国がタイへの信用供与に乗り出した時点から地域同盟の問題となり、大局的観点からNSCが主導権を握った。状況や時代の要請に応じ、適応することが大事だ。

討論

写真:フォーラムの様子
パネリストの討論に熱心に聞き入る来場者
スタッフの仕事

北岡アメリカのNSCでは議題の設定、優先順位の選定は誰が主導するのか。普段、大きな懸案がないときの仕事ぶりは?

ブラックウィル省庁間の調整過程で、NSCスタッフが主導権を握って議題を設定する。スタッフの6~7割は国務省、国防総省、情報機関などの官僚だ。彼らはホワイトハウスに身を置いている間は大統領に仕える。残り3割は学界とシンクタンク(政策研究機関)からだが、学者は組織運営の経験が十分ではなく、うまくいかないことが多い。

党派についていえば、共和党政権なら原則として共和党員から採用される。

NSCスタッフは総勢130人ぐらい。日本の場合、15人程度と聞いたが、その数で大胆なアイデアを出し、大統領へのメモを書き、なおかつ、省庁間会議を指揮するのは無理だ。

佐藤日本はこれまで官僚主導だったから、政府の外からスタッフを登用するには限界がある。外務省、防衛省、自衛隊から来てもらわなければならない。この点はアメリカのNSCと少し違う感じがする。

スタインバーグ大統領が外国首脳と会談するに際して、NSCスタッフは各省庁に仕事を割り振って文書を作らせ、最終的にはNSCが大統領への説明文書を作成する。情報提供を省庁に求め、最終決定はホワイトハウスが行う。

北岡北朝鮮の核問題に関連する交渉の過程で、ヒル米特使(国務次官補)と米財務省の間にズレがあったようにみえたが、NSCはそこでどんな役割を果たしたのか?

分析の質が命/ブラックウィル

ブラックウィルヒル特使が受ける指示は大統領からで、NSCを通じて大統領からヒルに指示がいく。ヒルには必ずNSCスタッフ1人が随行する。この随行者を国務省の交渉担当者は皆、大切に思っている。それによってホワイトハウスからの支持の保証が得られるからだ。ところで、大事なのは質がすべてを決定するという点だ。

北岡質についてもう少し明確にすると?

ブラックウィル処方箋(せん)を出す前に分析をするのが原則だ。米国が大きな過ちを犯すのは、分析が十分でなかったか、イデオロギーを優先してしまった時だ。NSC担当補佐官の役目の一つは、分析の質を高めることにある。

長期的見通し

会場から日本の首相は任期が短いが、どうやって長期的戦略を持つことができるのか?

佐藤政策を遂行する上では、長期的な見通しに立って国益をどう確保するか判断しなければいけない。実際の任期とは、必ずしも矛盾するものではない。

短い任期でも真剣に/北岡

北岡大統領制で任期が4年あるいは8年ある米国とは違う面もある。どの首相も長くやりたい。しかし、任期が短くても、首相になった人は日本に何が必要かを真剣に考えてくれるものと信じている。

ブラックウィル首相が同じ政党から輩出されている場合、NSCスタッフを代える必要はないが、アメリカでは政権交代でNSCのスタッフが全部代えられる。これは大きな弱点で、今までやってきたことの記憶が全部消えてしまうという問題がある。

北岡政府提出法案でNSC担当の首相補佐官、官房長官、NSC事務局長の関係はどうなるのか?

官房長官 全体を統括/佐藤

佐藤事務局長は、首相の意向を踏まえて会議の運営にあたるから、首相に直結している。事務局は、内閣官房と調整しないと事が運ばない。そういう意味で、官房長官は事務局と内閣官房を含めた全体を統括する。

首相補佐官は、首相がどういう機能を補佐官に期待するかで、国会議員から選ぶか行政官から選ぶかの選択になる。議員から選ぶときは対外的活動が重視されるが、事務局長はどんなことがあっても対応できるように官邸に陣取る役だから、その場合に補佐官と事務局長を同じ人が務めるのは難しい。

一方、補佐官は首相への助言者として機能するから、議題設定や答申のまとめ方などで事務局長と連携する必要がある。

会場から米国では大統領補佐官の意見に依存し過ぎて大統領が失敗した歴史があるのでは。

情報の独立性重要/スタインバーグ

スタインバーグ大統領は自分と意見の違う人をスタッフに任用しないものだ。そうだとしても、分析という観点から見れば、ネオコン(新保守主義)やネオリベラル(新自由主義)の目で世界を見て、事実をねじ曲げられては困る。そうならないためには、インテリジェンス(情報)の独立性が重要だ。情報部門は政権が交代しても変わらない。情報部門のスタッフは、不都合な事実も提起する人たちだ。こうした声を聞くことが重要だ。

説明責任

北岡NSCを作ることで、説明責任を果たす上で問題は生じないか?

ブラックウィル説明責任を保証するもっとも良い方法は選挙だ。政府が説明責任を果たしていないときは選挙で負ける。

スタインバーグ国家安全保障の点で言えば、透明性がないことには十分な理由がある。機密保持という点だ。そのために、政策決定に関与する人間を限定しているが、それによって、ピッグス湾事件(61年、亡命キューバ人部隊がケネディ政権の支援でカストロ政権転覆を図ってキューバ侵攻し失敗)のようなとてつもない間違いを起こした事例もある。合法性を守ることも重要だ。我々のNSCには法律顧問がいて、ほぼすべてのケースで会議の場に出席していた。

北岡ODA(政府開発援助)や人権問題もNSCの議題になるか?

スタインバーグその通りだ。私どもの政権で常に議論したのは、特定の国の人権問題が、軍同士の関係に影響を与えるかという点だ。例えばインドネシアのケース。国防総省と軍は、インドネシア軍との関係をはぐくむことで、行動を正すよう説得するのが良いと主張した。一方、国務省は、人権原則を守るようになるまでは、軍と軍の関係は抑えておくべきだと主張した。NSCはこの二つの見解を踏まえて議論をした。

北岡意思決定の前提となる情報はどういうプロセスで入るのか?

ブラックウィル情報機関等が政策立案者に提供するもので、中国の軍事力の増大といった長期にわたる調査研究から、X国が国連の安保理で1週間後どういう投票をするかといった短期的な分析まである。

情報分析官が政策立案プロセスに精通していることが必要だ。失敗するのは、情報分析官が政治家の関心がない情報を報告している場合だ。

問題は、我々にとってあまりにも情報が多く、圧倒されることだ。パソコンを立ち上げると1つの問題でも700くらいのメッセージがある。650くらいは読まなくても良いものだが選別するのが大変だ。

情報分析官が「ああいう見方も、こういう見方もある」と言いがちなことも問題だ。03年、ブッシュ大統領特使としてイラクに行った際、イラク情勢について受けた情報分析官報告は警告だらけ。「このページのこの行で警告していたではないか」と後から言われても困るのに、会議では言ってくれない。情報を活用するのは難しい。

日本版NSC関連法案(安全保障会議設置法等改正案)の骨子
▽現在の安全保障会議を国家安全保障会議に改める
▽国家安全保障会議の議員は首相(議長)、外相、防衛相、官房長官
▽防衛計画の大綱など従来の安全保障会議の審議事項については総務相、財務相、経産相、国交相、国家公安委員長も議員
▽特定事項について調査審議させるため専門会議を置くことができる
▽国家安全保障担当首相補佐官は、会議または専門会議に出席し、意見を述べることができる
  • 「国家安全保障会議=NSC=National Security Council」 米国で国家安全保障に関する政策調整と大統領への助言を行うため設置されている。法定メンバーは大統領、副大統領、国務長官、国防長官。法定助言者の中央情報局(CIA)長官、統合参謀本部議長のほか、大統領令で他の閣僚らも加わる。安倍内閣は官邸主導の国家安全保障体制を整える目的で日本版NSC関連法案(安全保障会議設置法等改正案)を今国会に提出したが、次期国会に継続審議となる見通し。

(2007年6月24日 読売新聞)