読売国際会議2016「鳴動する世界と日本の責務」 秋季フォーラム英国のEU離脱で揺れる国際社会

秩序維持へ 世界で結束

読売新聞と読売国際経済懇話会(YIES)は10月26日、読売国際会議2016秋季フォーラム「英国のEU離脱で揺れる国際社会」を東京・飯田橋のホテルグランドパレスで開催した。年間テーマ「鳴動する世界と日本の責務」に沿い、内外の有識者3氏が6月23日の国民投票で決まった英国の欧州連合(EU)離脱(BREXIT=ブレグジット)の影響を討論し、約380人が熱心に耳を傾けた。(文中敬称略)

パネリスト(順不同)
ビル・エモット 英誌エコノミスト元編集長
朝田照男 丸紅会長
岩間陽子 政策研究大学院大学教授
コーディネーター
佐々木達也 読売新聞調査研究本部主任研究員兼編集委員

冒頭発言 ビル・エモット氏「EU崩壊 避けられる」

写真:ビル・エモット氏
Bill Emmott


ジャーナリスト。1956年ロンドン出身。93年~2006年、英誌エコノミスト編集長。今夏まで英放送通信庁(Ofcom)の役員も務めた。

英国とEUとは通商上の利害関係が深く、世界が不安定化する中で独仏と連携を強めることが国益にかなう。国民投票の結果は尊重するが、残留してEU改革を進めるべきだった。

離脱条件や新たな通商協定を巡る交渉は困難なものになる。国民投票後、ポンドが20%も下落したのはそのためだ。ポンド安でインフレ率が上昇すれば、2017年に英中央銀行は政策金利を引き上げるだろう。短期的には英国に投資している外国企業を除くと国際的な影響は限定的だが、長期的にはEUの未来、通商の将来、国際秩序の3点について懸念がある。

第一に、人口5億で米国より経済規模の大きいEUが崩壊しかねない。ユーロ危機による経済収縮や中東の戦乱が生んだ難民、台頭する反EU政党のポピュリズム(大衆迎合)など懸念材料は多い。ベルギーの地方議会の反対でEUとカナダの自由貿易協定(FTA)の成立が遅れたように、合意形成の難しさもある。だが、崩壊は避けられるし、避けねばならない。政治的意志と、過去の失敗に学ぶ姿勢が必要だ。英国が独仏伊などEU中心国と共通利益を探ることで打開策が見つかる。

ブレグジットはEUに対して警鐘にもなった。EUの意義を再認識し、分裂した国々に結束を促したからだ。来年5月の仏大統領選では、ポピュリストの国民戦線が25%以上の票を得るかもしれないが、中道右派で改革派のジュぺ元首相が勝つだろう。10月のドイツ総選挙でメルケル首相が再選されれば、EU立て直しの好機が訪れる。

第二の懸念は、ブレグジットが自由貿易体制の阻害要因となる可能性だ。

米大統領選ではクリントン、トランプ両候補とも、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対している。クリントン氏が当選すれば最後はTPPの批准に向かうと思うが、貿易自由化を体現するEUが弱体化すれば、他の自由貿易協定にも影響する。TPPが頓挫する打撃は、ブレグジットの比ではない。

第三に、国際秩序に及ぼす影響だ。戦後の欧米やアジアの安全を支えてきた国際機構、民主主義、法の支配といった価値観に挑む勢力を勢いづかせると危うい。国民投票の結果を喜んだのは、クリミアを併合し、EUを敵視するロシアのプーチン大統領や、日米や米欧の同盟を非難するトランプ氏だ。中国の南シナ海や東シナ海での行動、IS(「イスラム国」)、アフリカ、中東、アジアの過激派も、国際秩序を崩そうとしている。日米欧が結束して、その圧力に抗していかなければならない。

冒頭発言 朝田照男氏「貿易自由化 加速が必要」

写真:朝田照男氏
あさだ・てるお


経済同友会副代表幹事。1948年東京都出身。72年慶応大学卒業後、丸紅入社。ロンドン勤務などを経て2008年同社社長。13年に会長就任。

英国のメイ首相が移民制限の代償にEU市場へのアクセス制限を甘受する「ハードブレグジット(強硬離脱)」を採るとの見方に、最近、ロンドンで話した英国会議員は「交渉戦術だ」と否定的だった。(移民規制を抑制的にして単一市場に残る)ソフトブレグジット(穏健離脱)に向かう可能性はある。

来年にかけて注目すべき大きな流れが三つある。

第一は、政治の不安定化要因の増大だ。米国の新大統領の政策、2年が期限の英・EU離脱交渉の長期化、中国の指導部体制の交代などが予見可能性を下げると、市場は混乱する。

第二は、先進国で金融緩和の効果が表れにくいことだ。人口増の鈍化とイノベーション(技術革新)の減少で潜在成長力に近い指標「自然利子率」が低下したためだ。日本の数値は0%に近く、効果が出にくい。

第三は、格差拡大が移民排斥、反自由貿易の主張に同調する人を増やし、内向き志向、保護主義、不寛容が強まる傾向だ。

後ろ向きの流れを変えるためには、活気ある市場を数多く探すことがカギとなる。

英国経済は予想外に堅調だ。昨年の成長率が6・9%と25年ぶりに低かった中国も、夏以降に投資や生産が好転し、鋼材需要も回復した。新興国経済は減速しているが、中長期的にはまだ魅力的な市場だ。安倍首相の8月の訪問でアフリカでの商機も広がる。1年で4度も首脳会談を行う日露関係も、新たな段階に入っている。

底堅い個人消費で最も順調な米国では、丸紅の事業だと自動車関連、航空機関連などが堅調で、原油価格の低迷に悩んだ石油関連も回復が期待できる。ただ、米国の景気拡大は7年目に入り、そろそろ曲がり角かもしれず、注意が要る。

横ばいの日本経済は、潜在成長力を高める規制改革と構造改革が必要だ。中でも社会保障改革は、将来不安による消費抑制の解消や財政再建にも重要だ。世界経済が縮小の連鎖に陥らないよう、今国会でTPPを批准し、他地域とのメガFTA交渉も早く妥結して、貿易自由化の流れに勢いを与えてほしい。

ブレグジットを機に日英FTAを結び、より強固な関係を築くこともできる。「変化はチャンス」と見る意識が大切だ。

再生可能エネルギーも重要な課題だ。北海道や東北の風力発電の適地では多くの電力を使う首都圏までの送電線網が弱いために、立地が進まない。その地域に電力多消費型の産業を誘致すれば、送電線網に左右されないエネルギーの地産・地消となって、地方創生にも資する。

冒頭発言 岩間陽子氏「人の移動 日本は柔軟に」

写真:岩間陽子氏
いわま・ようこ


1964年兵庫県出身。京都大院修了。98年~2000年、在ドイツ日本大使館専門調査員。専門は国際政治、安全保障、外交史。

20世紀初めの20年間だけで、米国には南欧、東欧、ロシアから約1400万人が移動した。グローバリゼーションはこの時に、既に起きている。船と鉄道網の発達やマスメディアの登場などイノベーションの加速でモノもカネも動いた。ただ、制御が利かなかった。

プロテスタント中心の社会にカトリック、正教徒、ユダヤ人が流入してストレスを受けた米国は、排外主義を強め、排日移民法を含む規制を1920年代に始めた。「閉ざされ方」もすさまじく、31年~40年の移民数は数十万人まで急減した。排外主義はナチス・ドイツだけでなく、他の西側諸国にもあったことを想起すべきだろう。

90年代に急進展したグローバリゼーションは、冷戦終結に加え、80年代に広がった自由主義が背景にある。独仏は「単一欧州」に熱狂し、「リージョナリズム(地域主義)」「リージョナル・インテグレーション(地域統合)」が世界で流行した。

人の移動は難民と無関係に90年代から急増した。都市部で人の構成が変わり、従来の住民が外国人に反発を感じ、中産階級の所得低下も外国人が仕事を奪ったためだと考えられていたところに、難民の大量流入とテロが起きた。犠牲者数では交通事故の方が多いが、メディアを通じて視覚的に増幅されたこともあって、テロ事件の大きな衝撃が各地の排外主義を強めた。欧州は輝かしいモデルだっただけに、それが崩壊したことによる心理的打撃は大きい。

この状況で、ポーランド、ハンガリー、トルコには既に、従来の民主主義の観点からは疑問符が付く政権ができている。来年にかけて選挙が続くEU各国で、そんな政権が増えれば、EUの統治能力は失われる。

負の連鎖を避けるには、半歩後退する知恵が要る。人の移動を含む自由化は暮らしを豊かにしたが、コミュニティーを壊しては元も子もない。政治危機の間は、人の移動の制限を主権の行使であり、安全保障政策であると認めるべきだ。英・EUの離脱交渉も、人の移動と通商を切り離すことがカギになる。

逆に日本は、一歩でも前進すべきだろう。難民申請は昨年7586人だったが、認定数は27人に過ぎない。もっと柔軟な審査を考えていい。戦争がなくても激しい貧困が人の移動をもたらすから、地域の安定と生活向上への支援も重要だ。

人口減の今こそ、「人の開国」を考える時だ。移動の自由というEUの理想を一部でも共有して、例えば留学生が学び終えた後も日本で働いたり、暮らしたりできる仕組みが望まれる。

パネル討論 国民投票 社会の分裂招く エモット氏/言論の果たす役割 大きく 岩間氏/日本企業 先手打つ好機 朝田氏

◇距離感が拡大

――国民投票の結果をどう見るか。

写真:コーディネーター 佐々木達也
コーディネーター 佐々木達也

エモット氏 キャメロン前首相の致命的な過ちは、16歳、17歳に投票権を与えなかったことだ。より若い世代は、EUに残る選択が良いと考えただろう。投票後、グーグルで「EU」と検索した英国人が多かったのは、投票前はEUに無関心だった証拠だ。その状態で国民投票に持ち込んだことに無理があり、社会の分裂を招いてしまった。

朝田氏1992年から96年まで英国で勤務した当時、英国経済はどん底だった。その後、堅実に成長できたのは、EUから多くの有能な労働者が渡英し、さまざまな製造業を展開したからだ。それを忘れた投票結果は残念だった。

岩間氏EUの原型を作った「オリジナル6」は独仏伊とベネルクス3国で、英国はいない。62年に加盟申請するとドゴール仏大統領(当時)に「ノー」と言われ、加盟後も心半分だった。EU域内の住民や物の移動に対する国境検査を廃止したシェンゲン協定や統一通貨ユーロにも英国はほとんど関心を示さず、その距離感が一層広がったに過ぎないとも言える。

――国際経済への影響をどう見ているか。

エモット氏英国経済は失業率が低く、賃金は上昇し、消費も堅調だ。ポンド安は輸出上のメリットはあっても、世界経済が不調だから90年代のポンド安ほどの効果は期待できない。消費者物価の上昇率もまだ低いが、多くのエコノミストは2017年のインフレ率を2~4%とみており、購買力は下がる。長期的には投資、貿易への影響が問題だ。人口移動の制限に関しては、外国人比率が25%近く、EU加盟国ではないスイスが国民投票で人の移動を制限しながら、EUと緊密な関係を維持し、繁栄しているのだから、外国生まれの人口が14%の英国に及ぼす影響も、結論を急ぐべきではない。

――ドイツへの影響は。

岩間氏ギリシャ危機以来のユーロ安の恩恵と、南欧や東欧からの労働力流入による好調が続き、短期的には出ていない。今後の交渉次第だろう。

――日本の経済界にはどんな影響が出ているか。

朝田氏日本では自動車産業、世界的には金融サービス業が最も影響を受けるが、それを避けることが大切だ。総合商社としては、全体としてとんでもない事態は想定していない。

――金融市場への影響や金融政策の見通しは。

エモット氏英国はインフレと同時に国債の利回りが上昇しており、企業の借り入れ条件は厳しくなる。英中央銀行は緊縮型の金融政策に移行するだろう。一方、欧州中央銀行はデフレ懸念払拭のために緩和拡大を進めるから、ブレグジットは無視されるだろう。

朝田氏リーマン・ショックは突然やってきた。ブレグジットは、様々な政策や対応のふるい分けが時間をかけて進んでいて、大混乱は起きないだろう。最悪の事態で英国の金融資産が毀損(きそん)され、為替市場の混乱で緊急避難として円が買われて円高になると、日米の金融政策に影響する。その場合、日本が頼るのは財政出動だという気もする。

◇交渉戦術

――ハードブレグジット(強硬離脱)になるか。

朝田氏なり得ないと楽観している。

エモット氏メイ首相の発言は交渉戦術だが、英政府は欧州の司法裁判所の英国内の管轄権を認めたくない。単一市場にすると、認めざるを得ない。とすれば、ハードブレグジットは避けられないように思う。

岩間氏来年10月のドイツ総選挙でも、移民問題は大きな争点だ。メルケル首相が自由な移動から規制へと立場を相当に修正したことが対英交渉の柔軟性として反映されればいいが、テロが起きると、計画性のない単独犯でも雰囲気が変わる。感情に流されないよう、言論リーダーやメディアの果たす役割が大きい。

――英国と中国の関係に影響はあるか。

岩間氏日本の最大の隣人は中国だが、英国にとってはロシアであり、中国への接近は自然だ。日本は英国との対話で、中国に関する懸念を伝えればいい。

エモット氏英中接近はキャメロン政権で加速したが、メイ首相は違う。「英中黄金期は過去のもの」と発信してもいる。ただ、中国の問題行動に対する英ビジネス界や政治家の関心は薄い。英国の安全保障上の脅威はロシアだ。先日も英国海峡をロシア海軍が航行し、英国世論を刺激した。中国海軍が瀬戸内海を航行するようなもので、日本が対露制裁を緩める方が、英国の懸念は強まる。

――今後、自由貿易への影響はどうなるか。

朝田氏持続的成長のために世界に出ていく日本企業にとって、保護主義の流れは厳しい。ただ、英米が内向きな時は、英米に先んじるチャンスでもある。

エモット氏ハードブレグジットであれ、スムーズブレグジット(円滑離脱)であれ、メイ政権は各国と個別に自由貿易協定を結ぼうとするはずで、当初は英国の保護主義の度合いは下がると思うが、中長期的には不確実性が高まる。

――移民政策で日本に必要なことは何か。

岩間氏日本社会は快適だから若い人が外に出たがらない一方、高齢者が多く労働力人口が少ない逆三角形の構造は持続可能ではない。外国人労働者なしでは回らない。まず、日本で学んだ若い人に優先的に滞在権を与え、次に東南アジアの人材を選択的に受け入れていくべきだ。

エモット氏日本の外国人登録者は約2%で、移民を40年間も受け入れてきた英国とは出発点が違う。ただ、英国ではどの国から、どの技能で、どんな教育レベルの移民を入れるか厳選することで、最大の問題である文化的摩擦を減らしてきた。日本にも教訓になるだろう。日本は穏やかな出生率の向上、一貫した男女平等の労働市場、生産性を上げるための自動化技術の導入、穏やかな外国人労働者の受け入れの四つの政策を、うまく組み合わせて進めることが大事だ。

朝田氏移民受け入れなくして成長はない。まずは必要な分野から、徐々に始めるべきだ。

写真:フォーラムの様子
熱心に耳を傾ける参加者(10月26日、東京都千代田区のホテルグランドパレスで)=繁田統央撮影

◇独総選挙

――ブレグジットで欧州分裂の恐れはないか。

岩間氏1年前は確信を持って「ない」と答えられたが、各国で反EU、反外国人、反難民、反移民の政党が伸長し、変化が非常に大きく、今は心配だ。ドイツ総選挙でメルケル首相が政権に残っても、力は弱まるだろう。連立政権を作るために与党の数を増やせば政策決定は難しくなり、EUの意思決定が従来以上に遅くなる可能性がある。

エモット氏ナショナリズムに訴える政党の台頭によるEU崩壊は、人々がその危険性に気付けば予防できる。ドイツはその意味で重要だ。比較的うまく難民を受け入れ、管理してきたが、反難民派が伸びている。来年10月の総選挙が分水嶺(れい)だ。連立樹立が難航して緑の党が加わる展開だと、米国との環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)交渉に影響が出るかもしれない。

――日本が果たすべき責務とは何か。

朝田氏EUとのEPA(経済連携協定)は選挙が相次ぐ前の基本合意が望ましい。金融都市ロンドンの機能はパリやフランクフルトで代替できず、(EU域内1か国での金融免許取得で他国でも事業ができる)シングルパスポート取り消しの世界への影響は想像し難い。日米が協力して英国に働きかけてほしい点だ。

岩間氏来年は「自由主義の最も強固な守り手」の役回りを、日本が演じなければならない。指導力を発揮するためにも、もっと外国人を受け入れる姿勢を見せるべきだ。

エモット氏国際秩序の強力な支持者であってほしい。今年12月の日露首脳会談で安全保障の国際連携を崩したり、国際法を破ったロシアを許容したりする展開になってはいけない。

(2016年11月06日 読売新聞)