読売国際会議2017「グローバリズムの危機を越えて――日本再生の道」6月フォーラムトランプ大統領と国際秩序

米政権 戦略なき5か月

読売国際会議2017「グローバリズムの危機を越えて――日本再生の道」のフォーラム「トランプ大統領と国際秩序」(読売国際経済懇話会=YIES=、読売新聞社共催)が6月19日、東京・京橋の東京コンベンションホールで開かれた。トランプ米政権の発足から5か月となるタイミングで、米国政治の現状と課題を検証するとともに、北朝鮮や中国、中東などに対するトランプ外交の展望や国際社会の役割について議論した。(文中敬称略)

パネリスト(順不同)
リチャード・ハース 米外交問題評議会会長
田代桂子 大和証券グループ本社取締役兼専務執行役
岡本行夫 外交評論家
コーディネーター
渡辺覚 読売新聞調査研究本部主任研究員

冒頭発言 リチャード・ハース氏「秩序構築へ結束を」

写真:リチャード・ハース氏
Richard N. Haass


1951年生まれ。英オックスフォード大で博士号取得。89~93年、父ブッシュ米大統領の特別補佐官。国務省政策企画局長を経て、2003年、外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」発行元の外交問題評議会会長に就任。本紙一面コラム「地球を読む」執筆者。

米大統領に就任したトランプ氏を待ち受けていたのは多くの困難な課題だった。

中東は長きにわたる政治・宗教的な闘争の中にあり、欧州では英国の欧州連合(EU)からの離脱やロシアの軍事的脅威が問題となっている。アジアでは中国の台頭で領土をめぐる争いが生じ、何より核・ミサイルを開発する北朝鮮の危機に直面している。

グローバル化が急速に進み、課題とその対応との間に溝が生じている。サイバー攻撃で他国の政治プロセスに介入するロシアなどの動きがあるが、国際ルールは十分でなく、規制のとりまとめは容易ではない。

一方、トランプ氏はその言動で世界の混乱を深めている。彼は「米国第一」を掲げ、欧州では同盟に不確実性をもたらした。貿易をめぐっては第2次大戦後の世界的な合意に懐疑的だ。環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、北米自由貿易協定(NAFTA)にも疑問を示した。

彼は米外交の伝統からも距離を置く。民主主義を重視せず、独裁的な政権と近づき、中東からの難民受け入れを制限した。地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱も表明した。

過去70年間を振り返ると、国際秩序は、米国のリーダーシップと各国の協力で維持されてきた。だが、トランプ政権の誕生で、米国の果たす役割は変わりつつある。米国は今まで以上に自らの判断で外交を展開するようになり、世界はより予測困難になるだろう。

米国が果たしてきた役割を担える意思と能力を持った国家は他にない。米国の代役として中国を挙げる声もある。しかし、中国の外交方針は国際秩序を目指すものではなく、自国の経済的利益と政治的安定を狙うものだ。

これから我々が向かうのは、秩序と無秩序が混在する世界だ。むしろ世界は、無秩序の方向に向かっていると言える。ただ、前向きな動きもある。例えば(親EU派が勝利した)フランスでの選挙だ。

国際秩序はひとりでに作られるものではなく、問題を放置しては解決しない。力を合わせて解決策を見いだし、無秩序に向かう流れを押し返す必要がある。

冒頭発言 田代桂子氏「TPP11先行 賢明」

写真:田代桂子氏
たしろ・けいこ


1963年生まれ。86年、早稲田大政治経済学部卒後、大和証券入社。米スタンフォード大で経営学修士(MBA)取得。シンガポール、ロンドン勤務などを経て、2013~16年に大和証券キャピタル・マーケッツ・アメリカホールディングス会長。16年現職。

2016年は、英国の欧州連合(EU)離脱決定やトランプ氏の米大統領選勝利など、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭が見られた。だが、17年になってピークは過ぎたかと思う。オランダの選挙は与党が第1党を維持し、フランスでは親EU政権が誕生した。

世界の金融経済動向をみると、欧州は所得や雇用の改善が個人消費を堅調に導き、景気拡大の流れに戻っている。米国の失業率は低下しているが、賃金がなかなか上がらず、2%の目標物価上昇率に到達していない。米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースは今後、雇用・物価情勢を見ながらになるだろう。

日本は、緩やかな回復が確認できているものの、個人消費を中心とした内需は一進一退だ。株式市場だけを見れば経済は順調に回復しているが、日本の置かれている外交的、経済的立場は、安定しているとは思えないところがある。

トランプ大統領の過激な発言も最近は減りつつあり、市場も一喜一憂しなくなってきた。インフラ(社会基盤)投資や「国境税」の導入など、政権が掲げる主要な政策は議会の承認が必要で、順調には進んでいない。野党・民主党の反対もあるが、共和党内でも意見調整ができておらず、議会運営の先行きが懸念される。

世界貿易機関(WTO)が今後、国境税など米国の保護主義的な政策を「違法」と認定し、これに米国が従わなかったり、WTOを脱退するようなことになれば、戦後構築された国際秩序が大きく崩される。日本だけでなく、世界の多くの国に混乱が生じる。

日本に最も影響が大きいのは、米国の環太平洋経済連携協定(TPP)離脱だ。

ただ、共和党は自由貿易主義のはずなので、将来的には(離脱を)見直す可能性がある。日本は、TPPの原型をできる限りとどめながら、残る11か国で交渉を先行させるのが賢明だ。

TPPには知的財産の保護や国営企業改革など、新しい取り組みが数多くあり、今後の貿易ルールの基本となる可能性がある。貿易の恩恵を受けた国として、日本政府は、TPP実現に向けてリーダーシップをとってもらいたい。

冒頭発言 岡本行夫氏「日本が『公共財』担え」

写真:岡本行夫氏
おかもと・ゆきお


1945年生まれ。68年、一橋大経済学部卒後、外務省入省。北米局安全保障課長、北米1課長などを歴任。91年に退官した後、シンクタンク「岡本アソシエイツ」を設立。橋本、小泉両政権で首相補佐官を務める。立命館大客員教授、東北大特任教授。

世界で今起きているのは、1989~91年に起きたベルリンの壁崩壊やソ連邦の消滅という世界史上まれにみる地殻変動の反動だ。

冷戦構造がなくなり、グローバリゼーションが始まったことは、世界経済に大きな恩恵をもたらした。しかし、貧富の差は拡大し、極端なまでの(階層)分化が起きた。これが英国の欧州連合(EU)離脱を引き起こし、トランプ米大統領の誕生にも関係した。

中国の習近平(シージンピン)国家主席とロシアのプーチン大統領は、悪質なナショナリズムに背中を押されて拡張主義をとっている。中露による「新しい帝国主義」の時代は、2020年代も続くのではないか。

あの指導者(金正恩=キムジョンウン=朝鮮労働党委員長)が核の発射ボタンを持つ北朝鮮は、「今そこにある危機」だが、より長期的に深刻なのは中国の脅威である。中国は、国境や政治的な境界線は力によって変更していい――という考え方だ。そして海洋進出を着実に進めている。

2月の日米首脳会談で出された共同声明には、米国は核兵器を用いてでも日本を守るという強い一文が入った。北朝鮮に向けられたものだが、一番驚いたのは中国だと思う。この米国の防衛コミットメント(約束)が、日本の抑止力だ。

懸念されるのは、トランプ大統領が掲げる米国第一主義によって、民主主義や法の支配、環境保護など普遍的な価値に基づく目標、つまり世界の「公共財」の担い手がいなくなることだ。

欧州は米国に失望しているどころか怒っている。メルケル独首相は最近、欧州が米国に依存する時代は終わったという趣旨の発言をした。米国への決別宣言のようなものだが、日本はメルケル氏のようにたんかを切るわけにはいかない。独力で自国を防衛する能力を持たず、安全保障上、米国にしか頼れないからだ。

このような時こそ日本は、世界の公共財の新たな担い手として、名乗りを上げるべきだ。

日本の経済協力はピーク時に比べて半分になっているし、難民も移民もほとんど受け入れていない。それでは「世界に貢献する国」とは標榜(ひょうぼう)できない。日本が「一緒にやろう」と呼びかければ、米国も拒否できないのではないか。

パネル討論 規制緩和 経済界は好感 田代氏/対北軍事行動は難しく 岡本氏/対中融和が得策と判断 ハース氏

◇内政ミス続き

――トランプ政権5か月間の内政をどう評価する?

ハース米大統領は、国内政策よりも外交の方が自由に色々なことができる。内政最大の業績は、最高裁判事の任命程度だろう。

 かたや行政府では、未曽有の事態が起きている。各省の政治任用が進んでおらず、国務省も国防総省も人がいない。西部開拓時代のような状態だ。

 トランプ政権はある意味、自傷行為をしている。議論が沸騰していた医療保険制度(オバマケア)の改革を最初の優先課題としたのは明らかなミスだ。2018年11月の中間選挙前に法律になることはないだろう。移民に対する批判的な態度も誤りだ。移民政策や国境管理は大統領の権限だが、政策の説明や導入の仕方を誤り、司法に手を縛られてしまった。

 法人税改革やインフラ(社会基盤)投資など、経済政策の具体的な部分は提示されてもいない。実現可能性はあるが、共和党内でも合意を得るのは難しい。こうした傾向は、選挙が近づけばなお強まる。

岡本内政は、ほとんど成功していない。論功行賞で任命された内政担当の閣僚たちに共通するのは「反オバマ」でしかない。終始一貫した戦略は描かれていないし、実施もされていない。幸い外交と安全保障は強力なチームができた。しかし、手足となる人間がいない。400以上の高官ポストが空白のままだ。北朝鮮問題の担当高官も、中東問題の担当高官も任命されていない。政権が十分に離陸できない状況だ。

写真:フォーラムの様子
パネリストの発言に聞き入る聴講者たち(東京コンベンションホールで)

 トランプ政権の5か月間は、「出たとこ勝負」だった印象が強い。すべてが案件ごとの処理方針に委ねられ、統一的な戦略がない。「どういう米国を目指すのか?」に関する回答がない。

田代経済界からは、トランプ政権の規制緩和が好感されている。特にエネルギーと金融分野だ。議会承認が必要なインフラ投資や法人税減税、貿易に関する政策も、一部は実現するだろうとの楽観論がある。

◇パリ協定離脱

――地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱表明をどう見るか。

岡本明らかに間違った政策だ。世界2位の温室効果ガス排出国の米国が抜ければ、「自由にしていい」との空気が世界に広がる。

ハース離脱は支持しないが、米国の気候変動に関する政策には影響を与えない。多くは州や都市のレベルで設定されるからだ。もともとパリ協定は控えめな合意で、それを超えるものがいずれ必要になる。

田代パリ協定は、できるだけ多くの国を入れることに意味があった。みんなで遊びに行こうと言った時、一人だけ「抜けた」となると、今後、結ぼうとする協定への米国の姿勢が予想不可能という点で悪い影響が出る。

◇対北朝鮮

――北朝鮮への対応をどう予想するか。

岡本トランプ政権にとっては、米国まで届くミサイルと小型化された核弾頭を持つことが「レッドライン」(越えてはいけない一線)だろう。ただ、それを越えても軍事行動を起こすのは難しいと思う。米国は1993~94年頃に一度、北朝鮮の基地攻撃を検討した。だが、報復による米韓の犠牲者が多すぎるため実行しなかったと聞いた。その時より北朝鮮の報復能力は飛躍的に増している。

ハース様々な選択肢がある。一つは軍事力の行使だ。ただ、第2次朝鮮戦争は誰も見たくない。一方で、北朝鮮が米国を直接攻撃できる能力を備えるのも困る。北朝鮮の政権を考えると、抑止力が利くとは言いきれない。まずは、北朝鮮に影響力を行使するよう中国に経済的な圧力をかける。その後で北朝鮮を放置するか、あるいは攻撃するか――という順番になると思う。

◇対中国

――トランプ氏は選挙期間中の対中強硬姿勢を改め、習近平(シージンピン)国家主席との良好な関係を演出している。

岡本米国は態度を変えつつある。トランプ氏は台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統と電話会談したり、「一つの中国政策を守らない」と示唆したりして、中国は大いに慌てたと思う。今は本来の対中政策に戻ったが、これが融和までいくと今度は日本が困ることになる。

 中国は、国際紛争の場になっている案件を「核心的利益」という言葉で表明し、それをオバマ前政権が受け入れて勢いづかせてしまった。米国は後に失敗に気づき、一切譲らなくなった。米中が友好的な関係になることは構わないが、安全保障上の利益において、中国が今以上に出てくるのを容認しない姿勢を示してもらわないといけない。

ハーストランプ氏の中国への対応には大きな変化があった。習氏との個人的な関係は非常に良好だ。謎解きは難しいが、トランプ氏は二つのことで納得したようだ。一つは北朝鮮の脅威と中国の役割、もう一つは中国との貿易戦争がもたらす様々な影響だ。「米国を再び偉大な国にする」には、関係悪化は得策でないと悟ったのではないか。

田代米国の貿易赤字の半分以上は中国だ。中国を問いただせないのであれば、日本を含む他国に強く主張することは難しくなる。ただ、貿易と北朝鮮とをてんびんにかけ、「中国には北朝鮮に対して行動してほしいから、貿易は少し大目に見るよ」となると、世界経済には好ましくない。

◇中東リスク

――トランプ大統領の中東政策をどう評価するか。

ハースサウジアラビアやアラブ首長国連邦など湾岸協力会議(GCC)加盟国と近しい立場を示し、テロ資金を断つという誓約を得た点は評価できる。ただ、イランを敵視することが賢明かどうか。大統領の中東訪問で、サウジとイランの対立のリスクがさらに高まったのではないか。イランに融和姿勢を示したカタールとサウジなどが国交断絶したミニ危機もある。中東で米国は慎重な立場をとる必要がある。

岡本中東情勢は5、6年前に比べて非常に難しくなっている。今は“アラブの冬”状態で、膨大な武器がイラクなどから中東全域に拡散し、収拾できない。加えてシーア派とスンニ派の激しい対立がある。米国は非常にデリケートなハンドリングが求められる。

◇露疑惑の影響

――ロシア疑惑がトランプ政権に与える影響は。

ハース捜査機関やメディアが何を見つけるか分からないが、混乱は避けられない。政治的なエネルギーがこの問題に吸い取られてしまう。シリアに対しても米露が限定的な協力しかできないこともありうる。

岡本ニクソン、クリントン両大統領が弾劾(だんがい)の対象になった時、対日政策がおろそかになった。米政治の不安定な状況は早く収束してほしい。トランプ氏が国内基盤を固め、ロシアと向き合うことが必要だ。

◇日米の今後

――日米関係は今後、どうあるべきか。

岡本日本は自らを防衛する完全な能力を持たないまま危険な地域に存在しており、日米同盟に依拠していくしかない。抑止力の基本は良好な日米関係だ。トランプ氏という一種異形(いぎょう)の大統領が登場した今、日本は経済だけでなく、安全保障上の義務も果たすべきだ。日本の防衛予算は国内総生産(GDP)比で世界の102番目。こうした点を含め、国のあり方をもう一度考え直す時期に来ているのではないか。

写真:コーディネーター 渡辺覚
コーディネーター 渡辺覚

(2017年08月09日 読売新聞)