読売国際会議2018「迫る危機――問われる日本力」秋季フォーラム国際会議 北東アジア安定の道筋を探る

北非核化 米中駆け引き

読売新聞と読売国際経済懇話会(YIES)は10月12日、読売国際会議2018年秋季フォーラム「北東アジア安定の道筋を探る」を東京都港区のベルサール御成門タワーで開催した。年間テーマ「迫る危機――問われる日本力」に沿い、内外の有識者3氏が北朝鮮核問題の展望や米中関係の悪化が地域に及ぼす影響などについて討論し、約300人が耳を傾けた。(文中敬称略)

パネリスト(順不同)
柳明桓 元韓国外交通商相
ロバート・ガルーチ 元米朝鮮問題担当大使
田中均 元外務審議官
コーディネーター
大内佐紀 読売新聞調査研究本部主任研究員

冒頭発言 柳明桓氏「北の時間稼ぎを懸念」

写真:柳明桓(ユミョンファン)氏
ユミョンファン


1946年、ソウル生まれ。ソウル大卒業後、外務省入省。北米局長、駐イスラエル大使、駐フィリピン大使などを歴任後、2007年3月から駐日大使を務めた知日派。08年2月に外交通商相に任命される。

北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長は核開発をやめるという戦略的決断をしたのか。韓国ではリベラル派と保守派の間で見解が割れ、非核化問題にどう対処するかについての合意が形成されていない。

リベラル派は、米国による体制保証と経済制裁緩和の約束があれば金委員長は核兵器と大陸間弾道弾(ICBM)を放棄すると見る。保守派は、金委員長は時間稼ぎをしているだけで決して核を放棄しないと主張する。

私は、北朝鮮の戦略的目標は、パキスタンのように事実上の核保有国として認められることだと考える。

金委員長は、核開発と経済発展の「並進路線」が無理だとわかっていた。そこで非核化をカードにトランプ米大統領との直接交渉に乗り出したが、体制保証と制裁解除の見返りに、ごくわずかしか明け渡さない姿勢だった。

非核化では段階的アプローチを主張し、トランプ氏が当初述べていた包括的取引は拒んだ。完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)は、仮に実現できても10年以上の長い時間が必要だろう。

ポンペオ米国務長官は過去7か月に4回も平壌(ピョンヤン)を訪れた。トランプ氏の非核化への関心の高さの表れだ。

2回目の米朝首脳会談は11月の米中間選挙後の見通しだが、トランプ氏は今回は非核化の具体的方策の合意なしに会談を終えるわけにはいかない。言葉だけでなく、金委員長による具体的な行動が伴うようなものだ。6月の米朝首脳会談は歴史的だったが、北朝鮮は(非核化への)実質的な行動は取っていない。

韓国にとっての懸念は、トランプ氏が非核化の工程明示をあきらめたのか、「関係ない」とまで言ってしまったことだ。工程を示すことは最も重要で、それなしには、またしても北朝鮮による時間稼ぎ戦術が奏功しかねない。ずるずると10年もたてば、北朝鮮は事実上の核保有国となってしまう。それは韓国にも日本にも最悪のシナリオだ。

冒頭発言 ロバート・ガルーチ氏「寧辺の施設査察 注目」

写真:ロバート・ガルーチ氏
Robert L. Gallucci


1946年、ニューヨーク生まれ。ブランダイス大で政治学博士号。93年6月に始まった米朝協議で米側交渉代表を務め、その後も国務省特使として北朝鮮問題に関与する。現在、ジョージタウン大特別栄誉教授。

北朝鮮が非核化を約束したのは、今年6月の米朝首脳会談が初めてではない。では、今回こそは合意事項を履行するのか。米国では、そう見ない人の方が多い。

北朝鮮が米国を核攻撃できる能力に近づいたことを受け、米国は態度を硬化させ、北朝鮮がすべての核兵器、核関連物質製造能力、弾道ミサイルを放棄しない限り経済制裁緩和も政治的譲歩も一切、行わない方針を明示した。ところが今年、モードが突如、平和と友愛に転じた。自分ならば過去の交渉で障害となった点を乗り越えられると自負するトランプ米大統領ゆえだ。

多少の前進はある。ミサイル実験や核実験は起きていないし、北朝鮮は豊渓里(プンゲリ)の地下核実験場と東倉里(トンチャンリ)のミサイルエンジン実験場を破壊した。だが、これらの動きが本当に北朝鮮の核・ミサイル能力を制限するかどうかは疑問だ。それにもかかわらず、トランプ氏は米韓合同軍事演習を中止し、経済制裁がなし崩しに弱まることに反対もしていない。

実質的な進展が生じない理由は、北朝鮮が求める「行動対行動」の原理を米国が拒んでいるからだ。これがポンペオ米国務長官の今月の訪朝を受けて変わるのか。

注目点は北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)にあるすべての核関連施設を査察官の立ち会い下で解体するかどうかだ。同施設のプルトニウム製造を終了できれば、他にウラン濃縮施設が残っても、北朝鮮の核計画の前進をかなり制限できる。

今後の非核化交渉では、〈1〉北朝鮮に核の平和利用を認めるのか〈2〉北朝鮮を核拡散防止条約(NPT)に復帰させ、国際原子力機関(IAEA)の追加議定書を順守させるのか〈3〉北朝鮮に入る査察官の要員構成をどうするか〈4〉いかに完全かつ検証可能で不可逆的な非核化を目指しても、北朝鮮が潜在的核保有国であることを防ぐのは極めて難しい――などを念頭に置くべきだ。また、北朝鮮の人権問題を提起することも忘れてはならない。

冒頭発言 田中均氏「日本 平壌に事務所を」

写真:田中均氏
たなか・ひとし


1947年、京都生まれ。京大卒業後、外務省入省。経済局長、アジア大洋州局長などを経て2002年から外務審議官(政務担当)を務めた。現在、日本総研国際戦略研究所理事長。

6月の米朝首脳会談での合意は必ずしも良い合意ではないのかもしれないが、方向は間違ってはいない。〈1〉信頼に基づく新しい関係を作る〈2〉恒久的な平和体制を作る〈3〉完全な非核化をする――。この三つの合意に沿って、いろいろなことが動き始めている。

新しい関係で言えば、韓国と北朝鮮の間では間違いなく進んでいる。北朝鮮の開城(ケソン)には共同連絡事務所が作られ、南北の政府高官が常駐し、毎日のように様々な話し合いがされていると思う。新しい関係を作るためには必須だ。

注意するべきは、この三つが相互に関連しているということだ。仮に韓国が非核化を考慮せずに南北融和を進めるならば、元も子もなくなる。今の経済制裁体制を損なうようなことをやってはならない。

11月6日の米中間選挙後に2回目の米朝首脳会談があるという。米国は平壌に連絡事務所の設置を検討しているだろう。物事を本気で進めるには、それが必要だ。日本人拉致問題についてもそうだ。(日本も)連絡事務所を設置し、これを通じて具体的な形で調査をやっていかないといけない。

非核化で必要なのは、すべての核施設の通報、査察、廃棄、検証の四つのプロセスだ。北西部・寧辺の核施設の廃棄はそれなりの意味はあるが、ほかにも施設や核弾頭がある。非核化はとても時間がかかり、10年以下では済まない。この間、日本は米国、韓国、中国と協力を進めるべきだ。また、北朝鮮と連絡を取り、必要なことをやりとりするチャンネルも持たないといけない。

日朝首脳会談はいつかは必要だと思うが、十分な準備をしないといけない。日本の利益は拉致問題だけではなく、非核化や朝鮮半島の平和と安定も大切だ。総合的に物事を考えて、その中に拉致問題を置く。これによって、初めて日本も非核化のために貢献しているという姿になる。

パネル討論 制裁 容易に緩めるな 田中氏/北は中国の戦略的負担 柳氏/正恩氏 柔軟性も示す ガルーチ氏

◇膨大な投資

―――金委員長に非核化の意思はあるのだろうか。

写真:コーディネーター 大内佐紀
コーディネーター 大内佐紀

田中氏意思はあると思うが、時間をかけて米国から安全の提供を受け、核の放棄と安全保障を取引しようというものだ。安全の提供とは(朝鮮戦争の)終戦宣言や平和協定、関係正常化といったものだ。

ガルーチ氏核放棄を考えている可能性はあるだろう。技術的には1~2年で廃棄できるが、「行動対行動」の原理をとるならば10年以上はかかる。この間、北朝鮮は核能力を保持し続けることになる。

柳氏金委員長は完全非核化のカードを出さなければ米国と交渉はできないと考え、その意思を表明したのだろう。だが、これまで核開発のため行ってきた投資は膨大だ。放棄は最小限にとどめ、いずれ核保有国の地位を認めさせたいはずだ。核を持っていても体制は保証されないと考えた時に、ようやく放棄するだろう。

――現在、圧力が弱まるなど、北朝鮮にとって好都合な状況になっていないか。

田中氏北朝鮮は自らの生存のために核が必要だと考えているが、経済制裁やトランプ米大統領の不確実性があり、経済開発が進められない。だからこそ韓国は、容易に対北朝鮮制裁を緩めてはならない。

柳氏ガルーチ氏に質問したい。あなたは(米国を代表して)1994年に北朝鮮との枠組み合意をまとめたが、なぜこれが崩れたと思うか。

ガルーチ氏北朝鮮は枠組み合意に違反してウラン濃縮を進める一方、米国が関係正常化を怠ったと怒っていた。94年の中間選挙で共和党が上下両院で過半数を獲得し、当時のクリントン政権は合意を履行できなくなった。また、その次のブッシュ政権は意図的に履行をやめた。

田中氏枠組み合意は米朝2国間の取引だったから政権交代の影響も受けた。今後は(米朝と日中韓露の)6か国で、耐久性のある合意を目指すべきだ。

柳氏枠組み合意の時点では、米朝に関係改善の意思、つまり信頼関係が欠けていた。合意後、相互に連絡事務所を設置するはずだったが、北朝鮮が拒否した。米国や日韓両国が平壌に連絡事務所を開設することは重要だ。

田中氏(連絡事務所設置は)試す価値がある。米国は新たな関係を築こうとしている。北がまたしてもノーと言うなら、その意思がないということになる。

◇韓国外相の主張

――韓国の康京和(カンギョンファ)外相が、北朝鮮に米国が求めた核リスト申告の先延ばしを主張している。

柳氏米国は査察のために核やミサイル施設全体の申告を求めているが、北朝鮮が応じると考えるのは非現実的なので、より現実的な道を探れという趣旨だろう。トランプ氏も最初は自身の任期切れの2021年に非核化期限を設定したが、今は期限はいつでもいいと方針転換した。残念だが、これが交渉の現状だ。康外相は交渉の勢いをそぎたくないのではないか。

ガルーチ氏対米関係正常化に向けた朝鮮戦争の終戦宣言や平和条約締結といった、北朝鮮が求める政治的見返りと非核化をひも付けして一歩ずつ進めば、非常に長い時間がかかる。だからといって非核化が進められないという、(韓国外相の)主張は理解できない。

田中氏交渉に妥協は必要だが、私も韓国の提案は理解できない。

――終戦宣言は当初、完全な非核化の見返りとの位置づけだった。中間選挙を前に実績作りを焦るトランプ氏が(先に宣言を出す)譲歩をする可能性はないか。

ガルーチ氏終戦宣言と法的拘束力のある平和条約は区別すべきだ。政治的な宣言なら、次の米朝首脳会談で出てきても不思議はない。

田中氏ただの宣言であっても米韓合同軍事演習を実施しにくくなる。さらに、和平合意となると、現在の国連軍や在韓米軍の枠組みについても協議せざるを得なくなるだろう。

ガルーチ氏終戦宣言が政治的な声明なら、他の国への拘束力や米国の何らかの行動義務は伴わないだろう。条約だと、法的な意味を持ち、他国も関わってくる。休戦協定当事者でない韓国も条約に参加するだろうし、日本や中国も加わる。ただ、条約が米韓・日米同盟に言及しなければ、(同盟関係への)影響はない。条約締結のために同盟関係を犠牲にするような道を、米国は少なくとも現時点では選択しないと思う。

柳氏韓国政府は、終戦宣言は単なる政治的ジェスチャーだと見る。平和条約は難しく時間もかかる。非核化を進めるための暫定措置として終戦宣言に合意できないか、というのが韓国の主張だろう。

◇融和先行を不安視

――北朝鮮に対する中国の影響力は。

田中氏大きいと思う。北朝鮮は、米国の圧力に抗する上で中国を必要な存在と考えている。中国にとっても北朝鮮が核を保有し続ける状況は好ましくないだろう。米中貿易戦争も北朝鮮の核問題と無縁ではない。

 おそらくはアルゼンチンで来月末から始まる主要20か国・地域(G20)首脳会議の場で米中首脳会談が実施され、北朝鮮の核問題への中国の協力も議題になるのではないか。その方向で米中関係が改善することを願いたい。ただ、米中の対立の根底には中国の経済力、軍事力の拡大という中長期的な問題がある。米中の戦略的競争は、中長期的には今後、ますます厳しくなるのではないか。

ガルーチ氏中国は北朝鮮の核開発も、米朝の軍事的衝突も望んでいない。米朝と南北の関係改善も中国にとって悪い話ではない。ただ、北朝鮮が中国の勢力圏を外れて米側に付く事態は、北朝鮮を緩衝帯とみる中国が許容しまい。私の懸念は南北融和が米朝関係改善に先行することだ。米韓間に緊張が生まれ、中国を利する。

柳氏中国は、北朝鮮の核開発に反対との姿勢で一貫している。核ミサイルは方向を変えれば中国への脅威にもなる。一方で中国は北朝鮮を戦略的価値の高い資産とみており、国連制裁で体制を揺さぶることには消極的だ。それでも北朝鮮は中国にとって戦略的な負担になりつつある。

――米中のはざまで日韓はどう行動すべきか。

田中氏安倍首相は10月中に訪中し、日中関係改善へかじを切るだろう。中国は対米関係悪化を踏まえ日本に目を向けた。「中国の夢」を取り戻すという習近平(シージンピン)国家主席の目標は日本が懸念すべきもので、ヘッジ(防護措置)として日米安保強化が大事だ。だが今後、日本はさらに中国市場に依存する。対中関与とヘッジの均衡が重要で、貿易・投資、エネルギー、環境など、実質的な課題で利益を共有すべきだ。安全保障上の抑止力強化との両立は可能だ。

柳氏韓国にとっても中国は極めて重要だが、最終段階高高度地域防衛(THAAD)ミサイルの在韓米軍への配備を巡る中国の報復が韓国で反感を生んだ。配備中止は米韓同盟があり不可能だ。韓国民の8割以上が緊密な米韓同盟を望んでいる。

写真:フォーラムの様子
討論に聞き入るフォーラムの参加者

◇「拉致」合同調査

――ペンス米副大統領が厳しい対中演説を行った。

ガルーチ氏この2~3年で米政府高官や議会関係者、米国の中国専門家らの間で以下の共通認識ができた。中国は自らをアジア太平洋地域の現状維持勢力と位置づけていない。攻撃的な姿勢で、防衛の範囲を超えて米国を追い出す意図を持つ。南シナ海の拠点の軍事化、航行の自由と矛盾する領有権主張、貿易慣行と知的財産の侵害、技術の窃取は、米国や同盟国への明確な脅威だ。ペンス演説は米国内のそうした認識の表明であり、ここ数か月で急ごしらえしたものではない。

柳氏既存の大国と新興勢力は対立するものだ。安保面では妥協できなくても、経済面では日米がある程度中国を受け入れるべきだ。

――安倍政権は残りの任期3年で北朝鮮との交渉にどのように臨むべきか。

田中氏核問題と絡めて拉致問題の具体的解決策を探りたい。小泉政権は拉致問題と核問題を解決して日朝国交正常化へ至る展望を北朝鮮に示した。首脳間の交渉以前に、拉致被害者の行方を日朝合同で調査することも必要だ。

――金委員長の交渉力をどう見るか。

ガルーチ氏金委員長は、米国が北朝鮮の体制を武力で倒せない状況を作りたがっている。今年は国際社会との関係改善も進めた。本気で経済状況を改善したいと考えているはずだ。柔軟な面もあり、北朝鮮の指導者としては目新しく、そこにチャンスがあるかもしれない。

(2018年11月26日 読売新聞)