日本語大賞 入選作決まる

NPO法人・日本語検定委員会は、第8回「日本語大賞」(読売新聞社ほか協賛)の入選作を発表しました。小学生、中学生、高校生、一般の各部で文部科学大臣賞を受賞した作品は次の通りです。(敬称略)

▽中学生の部
 「今日も自分にかける言葉」西山遥彩(はるな)(大阪府、2年)

▽高校生の部
 「大和言葉」島村莉於(りお)(アメリカ、2年)

▽一般の部
 「お静かなお日和」渡辺恵子(神奈川県)
 
▽小学生の部
 ◆「悔しくても心をこめて」
 ◇酒田怜実(れいみ)(神奈川県、5年) 

 「負けました。」

 私にとって、出来れば使いたくない言葉だ。なぜなら、この一言で勝敗が分かれてしまうからだ。

 私は将棋をやっている。競技の勝敗の決め方は色々ある。ほとんどの場合は、得点、時間制限、しん判の判定で勝敗が決まるが、将棋はちがう。自分が負けたことを声に出して相手に伝えなければ終わらない。そのような競技は珍しいと思う。もし仮に、「負けました。」と言わずにだまっていたままでいたら、相手は、何分、何十分と待つことになってしまう。だから、悔しくても負けをしっかりと認めることが大切だ。

 「負けました。」という言葉は不思議だと思う。自分が言わなければならない時は、言葉に出来ないほど悔しく、勇気がいる。相手が悪いわけではなく、自分の実力が足りなかったと思うと、とても心が苦しくなる。

 だが、相手から「負けました。」と言われた時は、心がスカッとする気分になる。「やったー。」と叫びたくなるほど、うれしくなってしまう。

 将棋を始めたばかりのころ、初めて千駄ヶ谷の将棋会館道場へ行った時のことだ。男女問わず様々な年れいの人が沢山いて、みんなが真けんに将棋を指していた。対局をして、勝つと手合いカードに白丸がもらえるが、十局指して私のカードは真っ黒だった。カードを見るたびに悲しくなった。

 十一局目、私はうれしくなった。次の相手は私より弱く、明らかに勝てる相手だと思った。余裕で対局へいどんだ。

 もちろん私がせめていて、勝つと思った。ところが、終ばんで大逆転されてしまったのだ。頭が真っ白になった。今まで十回も言ってきた言葉を、また言わなければならない。

 「負けました。」

 そのしゅん間に涙があふれてきた。この対局まで、何局もあっさり負けていた。だから、口先だけで心をこめず「負けました。」と言っていた。でも、この対局で初めて、「負けました。」という言葉の意味を考えた。この言葉には、「あなたは、強いですね。」と相手を認め、そん敬する意味があるのだ。

 それからは、どんなにあっさり負けても、熱戦で負けても、心をこめたあいさつをするようになった。

 それから三年たった今も、私は将棋を続けている。どこへ行っても、上には上がいて、これからも何回、何十回と負けを認めなければならないだろう。それでも、決して口先だけで、「負けました。」と言わずに、この言葉を大切にしたい。そしてもっと、将棋が強くなりたい。