読売新聞歴史年表

明治

読売新聞は1874年(明治7年)11月2日、東京・虎ノ門で創刊し、その歩みをスタートさせます。明治中期には坪内逍遥、尾崎紅葉ら文豪が入社して健筆を振るい、文学新聞としても名を馳せました。

明治

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  • 1870年(明治3年)
    後に読売新聞を創刊する「日就社」が横浜で設立
  • 1873年(明治6年)
    4月20日
    日就社の社屋を東京・虎ノ門に移転
    日就社の社屋を東京・虎ノ門に移転。
  • 1874年(明治7年)
    11月2日
    読売新聞を創刊
    読売新聞を創刊。
  • 1877年(明治10年)
    5月12日
    社屋を東京・銀座1丁目に移転
    社屋を東京・銀座1丁目に移転。
  • 1879年(明治12年)
    1月4日
    社説の初期形態「雑譚(ぞうだん)」欄を1面に掲載し、時事問題を論じる
  • 1888年(明治21年)
    8月7日
    福島県の会津磐梯山の大噴火を銅版画で掲載。報道写真の元祖とも言える試み
    福島県の会津磐梯山の大噴火を銅版画で掲載。報道写真の元祖とも言える試み。
  • 1889年(明治22年)
    12月23日
    坪内逍遙が文学主筆に就任。尾崎紅葉、幸田露伴が入社。
  • 1897年(明治30年)
    1月1日
    尾崎紅葉が「金色夜叉」の連載を開始
    尾崎紅葉の「金色夜叉」の連載が開始。
  • 1902年(明治35年)
    2月12日
    日英同盟の締結をスクープ
    日英同盟の締結をスクープ。
  • 1906年(明治39年)
    10月2日
    スポーツ面の前身にあたる「運動界」欄を新設

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大正

今日の朝刊「くらし家庭」面の前身となる「よみうり婦人附録」の創設、世界初の駅伝大会の開催など、時代を先取りした紙面や事業を展開していきます。しかし、関東大震災の発生で大打撃を受け、経営の立て直しが進められます。

大正

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  • 1914年(大正3年)
    4月3日
    「よみうり婦人附録」(今日の「くらし家庭」面)を新設。5月2日から「身の上相談」のコーナーも開設(今日の「人生案内」)
  • 1914年(大正3年)
    8月1日
    横浜に初の地方支局を開設
  • 1917年(大正6年)
    4月27日
    世界初の駅伝「東海道駅伝徒歩競走」を開催
  • 1917年(大正6年)
    12月1日
    読売新聞を発行する「日就社」を「読売新聞社」と改称
  • 1923年(大正12年)
    8月19日
    本社社屋を東京・京橋区西紺屋町(現・中央区銀座3丁目)に移転
  • 1923年(大正12年)
    9月1日
    関東大震災で本社社屋が炎上
  • 1924年(大正13年)
    2月25日
    正力松太郎が第7代社長に就任
  • 1925年(大正14年)
    通信手段としてハトを飼育
  • 1925年(大正14年)
    11月15日
    「よみうりラヂオ版」を新設(今日のテレビ・ラジオ欄)

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昭和(戦前)

発行部数が急速に伸び、東京で首位の座を固めます。読売巨人軍の前身となる「大日本東京野球倶楽部」を設立するなど、読売の名前は全国に広がっていきますが、戦争の激化で再び苦難に直面します。

昭和(戦前)

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  • 1929年(昭和4年)
    3月19日
    「日本名宝展覧会」を東京・上野で開催
  • 1929年(昭和4年)
    5月3日
    「読売診療所」(現・読売クリニック)を東京・水道橋駅前に開設
  • 1931年(昭和6年)
    10月29日
    読売新聞社が招いた米大リーグ野球チームが来日。ルー・ゲーリッグ選手らが参加
  • 1931年(昭和6年)
    11月25日
    満州事変を速報するため、ニュース主体の平日夕刊を発行
  • 1931年(昭和6年)
    11月26日
    朝刊に社説を常設化
  • 1934年(昭和9年)
    11月2日
    読売新聞社が招いた米大リーグ野球チームが来日。ベーブ・ルース選手らが参加
  • 1934年(昭和9年)
    12月26日
    プロ野球チーム「大日本東京野球倶楽部」(現・読売巨人軍)を創立
  • 1936年(昭和11年)
    7月25日
    オリンピックを「五輪」と紙面で初めて表記
  • 1937年(昭和12年)
    1月1日
    朝刊1面の全面広告を撤廃し、ニュース面に
  • 1937年(昭和12年)
    8月16日
    都内で夕刊2回発行体制に。激しさを増した日中戦争の戦況速報を強化
  • 1940年(昭和15年)
    6月10日
    現行の社旗の原型を制定。社内公募で選ばれた作品を、画家の和田三造が手直し(画像は現行社旗)
  • 1942年(昭和17年)
    8月5日
    日米戦争の激化を背景に、読売新聞と報知新聞が合併。題号は「読売報知」に
  • 1944年(昭和19年)
    3月6日
    日米戦争の激化で夕刊を廃止(各社一斉)
  • 1945年(昭和20年)
    5月25日
    米軍機の東京大空襲で銀座3丁目の本社社屋が炎上
  • 1945年(昭和20年)
    8月15日
    終戦。日中戦争以降、戦争の犠牲となった社員は177人

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昭和(戦後)

戦争の痛手を乗り越えると、大阪、北海道、北陸、九州、中部でも読売新聞を発行する体制を順次築き、全国紙として急成長を遂げます。スクープや企画記事などで数々の賞を受賞し、紙面の評価を高めていきました。

昭和(戦後)

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  • 1945年(昭和20年)
    9月15日
    空襲による銀座社屋の被災を受け、社屋を東京・有楽町1丁目の読売別館(現・読売会館)に移転
  • 1945年(昭和20年)
    10月23日
    経営方針などを巡って社内が対立し、第1次読売争議が起きる(12月11日に終結)
  • 1945年(昭和20年)
    12月12日
    第8代社長に馬場恒吾(12月26日に正式就任)
  • 1946年(昭和21年)
    5月1日
    「読売報知新聞」の題号を「読売新聞」に戻す
  • 1946年(昭和21年)
    6月13日
    社内で第2次読売争議が起きる(10月16日に終結)
  • 1946年(昭和21年)
    7月1日
    読売新聞の題字を隷書体で表記(現在の題字の登場。新しい書体は上の画像)
  • 1946年(昭和21年)
    9月1日
    「読売信条」を発表
  • 1947年(昭和22年)
    11月16日
    空襲で被災した銀座3丁目の社屋が復旧し、社屋を移転
  • 1947年(昭和22年)
    12月6日
    読者投票で選ぶ「日本十大ニュース」の募集を開始(海外10大ニュースは1989年に開始)
  • 1949年(昭和24年)
    3月1日
    朝刊1面コラムのタイトルを「明窓」から「編集手帖」に変えて常設化(1953年8月、表記を「編集手帳」に変更)
  • 1949年(昭和24年)
    11月26日
    朝刊とは独立した「夕刊読売」を発刊(1951年10月に通常の夕刊が復活し、朝夕刊セット体制に)
  • 1950年(昭和25年)
    5月24日
    国内唯一の総合文学賞となる第1回「読売文学賞」を発表
  • 1950年(昭和25年)
    6月1日
    読売新聞社を有限会社から株式会社に改組
  • 1951年(昭和26年)
    3月31日
    読売新聞社の初の西洋絵画展となる「アンリ・マチス展」が開幕
  • 1952年(昭和27年)
    11月25日
    「大阪読売」を発刊。全国紙への成長の転換点に
  • 1953年(昭和28年)
    3月10日
    「新宿暗黒街の粛清」などのキャンペーン報道(1951年3月開始)で、第1回菊池寛賞を受賞
  • 1953年(昭和28年)
    8月28日
    読売新聞社などが出資して設立した日本初の民間テレビ局・日本テレビが本放送をスタート
  • 1954年(昭和29年)
    3月16日
    米国の水爆実験で日本漁船「第五福竜丸」の被曝をスクープ(1955年の第3回菊池寛賞を受賞)
  • 1954年(昭和29年)
    7月7日
    役員会で正力松太郎を社主に推挙
  • 1955年(昭和30年)
    4月1日
    英字新聞「Japan News」を創刊(現在のThe Japan News)
  • 1959年(昭和34年)
    5月1日
    札幌市の北海道支社(1959年3月1日開設)が現地印刷を開始
  • 1961年(昭和36年)
    5月25日
    富山県高岡市の北陸支社(1960年1月19日開設)が現地印刷を開始
  • 1962年(昭和37年)
    4月1日
    読売日本交響楽団を設立。9月に初公演
  • 1962年(昭和37年)
    11月16日
    売血制度の問題点を指摘するキャンペーン報道を開始(このキャンペーンで献血が急増し、日本赤十字社は68年9月、読売新聞社に金色有功章を授与)
  • 1964年(昭和39年)
    3月20日
    レジャー施設「読売ランド」がオープン(1968年1月、「よみうりランド」に改称)
  • 1964年(昭和39年)
    5月15日
    潜水船「よみうり号」が新三菱重工業神戸造船所で進水。最大潜行深度は300メートル(1970年、八丈島周辺を探査中に座礁し、廃船に)
  • 1964年(昭和39年)
    9月23日
    「西部読売」を発刊
  • 1964年(昭和39年)
    11月
    大学生などに学費を貸与する「読売育英奨学会」を創設
  • 1966年(昭和41年)
    1月3日
    連載「物価戦争」で物価引き下げのキャンペーン報道を開始(1966年度の新聞協会賞を受賞)
  • 1966年(昭和41年)
    6月30日
    読売新聞社主催でビートルズの日本初公演を実施
  • 1967年(昭和42年)
    1月1日
    「昭和史の天皇」の連載を開始。1975年9月30日まで、計2795回掲載(1968年の第16回菊池寛賞を受賞)
  • 1967年(昭和42年)
    1月26日
    中国の文化大革命で、紅衛兵に引き回される中国要人の写真をスクープ(文化大革命の実態報道で1966年度のボーン国際記者賞を受賞)
  • 1970年(昭和45年)
    5月30日
    社主に正力亨、第9代社長に務台光雄が就任
  • 1970年(昭和45年)
    6月2日
    新聞界初のニュース総合解説・論評面となる「今日の断面」を創設
  • 1971年(昭和46年)
    6月30日
    22年前の弘前大教授夫人殺害事件で、「真犯人は私だ」とスクープ(再審無罪に至った同事件の報道で1977年度の新聞協会賞、1977年の第25回菊池寛賞を受賞)
  • 1971年(昭和46年)
    10月29日
    東京・大手町に新社屋が完成
  • 1972年(昭和47年)
    1月17日
    読売国際経済懇話会(YIES)が創立総会
  • 1973年(昭和48年)
    8月23日
    「金大中事件に韓国の公的機関員が介在」とスクープ(1974年度の新聞協会賞を受賞)
  • 1973年(昭和48年)
    11月1日
    巨人軍が日本シリーズ9連覇を達成
  • 1974年(昭和49年)
    10月11日
    昭和天皇と香淳皇后が東京・大手町の本社をご視察
  • 1974年(昭和49年)
    11月2日
    創刊100周年記念式典を開催
  • 1975年(昭和50年)
    3月25日
    「中部読売」を発刊
  • 1977年(昭和52年)
    2月
    日本ABC協会の報告部数で日本一の発行部数を達成(朝刊720万1056部)
  • 1977年(昭和52年)
    2月2日
    連載「医療をどうする」を開始(1978年度の新聞協会賞を受賞)
  • 1977年(昭和52年)
    7月1日
    ニューヨークで現地印刷を開始(2003年で終了)
  • 1978年(昭和53年)
    3月4日
    毎月の全国世論調査を開始
  • 1978年(昭和53年)
    10月
    ギネスブック(1979年版)が読売新聞を「共産圏を除き」発行部数世界一と認定
  • 1981年(昭和56年)
    6月29日
    会長に務台光雄、第10代社長に小林与三次が就任
  • 1982年(昭和57年)
    1月1日
    東京に調査研究本部を新設
  • 1982年(昭和57年)
    2月19日
    読売・日本テレビ文化センター発足(1980年12月に「読売文化センター」として発足し、社名を変更)
  • 1982年(昭和57年)
    4月1日
    読売新聞朝刊で4コマ漫画「コボちゃん」の連載をスタート
  • 1984年(昭和59年)
    11月12日
    読者モニターが審査に参加する第1回「読者が選ぶ読売広告大賞」の贈呈式
  • 1985年(昭和60年)
    11月6日
    大阪本社社会部の連載「戦争」が第33回菊池寛賞を受賞
  • 1986年(昭和61年)
    10月15日
    西部本社の「在韓日本人妻里帰り」キャンペーン報道が1986年度の新聞協会賞を受賞
  • 1986年(昭和61年)
    10月19日
    東京本社の新聞制作がコンピューター・システムに完全移行
  • 1988年(昭和63年)
    6月1日
    中部読売新聞社が読売新聞中部本社に
  • 1988年(昭和63年)
    10月18日
    大阪府警警察官の拾得金横領と届け出た主婦犯人扱いに対する大阪本社のキャンペーンが、1988年度の新聞協会賞を受賞
  • 1988年(昭和63年)
    11月7日
    第1回ノーベル賞受賞者日本フォーラムを開催

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平成

世界最大の発行部数の座を確固たるものにする一方、提言報道のスタート、様々なデジタルサービスの展開、読売KODOMO新聞や読売中高生新聞の創刊などにより、メディアとしてさらなる深化を遂げていきます。

平成

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  • 1989年(平成元年)
    12月1日
    被疑者の呼び捨てをやめ、「容疑者」などの呼称をつける
  • 1991年(平成3年)
    5月2日
    会長に小林与三次、第11代社長に渡辺恒雄が就任
  • 1991年(平成3年)
    6月3日
    長崎県雲仙普賢岳の火砕流で、大阪本社写真部の田井中次一記者が殉職(田井中記者と佐賀支局員の写真が、1991年度の新聞協会賞を受賞)
  • 1992年(平成4年)
    9月1日
    連載「医療ルネサンス」がスタート(1994年度の新聞協会賞と、1996年の第44回菊池寛賞を受賞)
  • 1992年(平成4年)
    10月15日
    PKO国会審議の写真で1992年度の新聞協会賞を受賞
  • 1994年(平成6年)
    1月22日
    「バーンズ・コレクション展」開幕(4月3日まで国立西洋美術館で開催。入場者約107万人)
  • 1994年(平成6年)
    5月
    日本ABC協会報告部数で、朝刊部数が1001万9985部となり、初めて1000万部の大台を突破
  • 1994年(平成6年)
    11月3日
    読売憲法改正試案を発表。提言報道の第1弾
  • 1995年(平成7年)
    1月17日
    阪神大震災発生。読売新聞社と読売光と愛の事業団は、翌18日から救援募金を開始し、総額約40億円が寄せられた
  • 1995年(平成7年)
    6月16日
    読売新聞のニュースサイトを開設(1996年1月に、ヨミウリ・オンラインと命名)
  • 1997年(平成9年)
    4月1日
    医療問題を専門的に取材する「医療情報室」を、東京本社編集局に新設(2000年3月に「医療情報部」、13年4月に「医療部」に)
  • 1997年(平成9年)
    12月24日
    府中総合システムセンター完成式。新聞制作に必要な素材の蓄積、加工、管理の一本化を実現(1998年度の新聞協会賞の技術部門を受賞)
  • 1998年(平成10年)
    6月6日
    妻以外の女性から卵子提供を受け、国内初の体外受精が行われていたことが判明したとスクープ(1998年度の新聞協会賞を受賞)
  • 1999年(平成11年)
    2月1日
    中央公論社から営業を受け継いだ中央公論新社が発足。読売新聞社が全額出資
  • 1999年(平成11年)
    10月15日
    ユーゴ・コソボ紛争の一連の写真報道が1999年度の新聞協会賞を受賞
  • 1999年(平成11年)
    11月25日
    明治時代の読売新聞紙面の画像を収録した「明治の読売新聞CD-ROM」を発売(2000年度の新聞協会賞の経営・業務部門を受賞。以降、大正、昭和と順次発売)
  • 2000年(平成12年)
    1月1日
    新しい「読売信条」を制定
  • 2000年(平成12年)
    1月26日
    読売新聞販売店の統一名称を「YC」(読売センター)と決定
  • 2000年(平成12年)
    3月1日
    社会保障問題を専門的に取材する「社会保障部」を東京本社編集局に新設
  • 2001年(平成13年)
    1月
    日本ABC協会の報告部数で、読売新聞が過去最高の1031万91部を記録
  • 2001年(平成13年)
    5月10日
    「読売新聞記者行動規範」を策定
  • 2002年(平成14年)
    7月1日
    読売新聞グループを再編。持ち株会社「読売新聞グループ本社」の下に、読売新聞3社と読売巨人軍、中央公論新社の計5社を配する基幹6社体制が発足
  • 2002年(平成14年)
    10月17日
    日本オリンピック委員会(JOC)とオフィシャルパートナーシップ契約を新聞界で初めて締結
  • 2004年(平成16年)
    1月1日
    西部本社が北九州市から福岡市に移転
  • 2004年(平成16年)
    1月9日
    グループ本社の会長・主筆に渡辺恒雄、社長に内山斉が就任
  • 2004年(平成16年)
    4月1日
    大阪本社に読者センターを開設
  • 2004年(平成16年)
    7月9日
    読売新聞の専売店(YC)が全国読売防犯協力会を設立
  • 2005年(平成17年)
    1月25日
    連載「教育ルネサンス」がスタート
  • 2005年(平成17年)
    4月1日
    東京本社に読者センターを開設
  • 2005年(平成17年)
    8月13日
    大型企画「検証・戦争責任」がスタート(2006年8月15日まで掲載)
  • 2006年(平成18年)
    4月1日
    連載「環境ルネサンス」がスタート(2009年3月20日終了)
  • 2006年(平成18年)
    10月10日
    北朝鮮の核実験実施で8ページの特別号外を727万5793部発行し、可能な限り宅配
  • 2007年(平成19年)
    6月20日
    渡辺恒雄グループ本社会長・主筆が世界のメディア業界の中から傑出した人物をたたえる「メディアパーソン・オブ・ザ・イヤー」をアジアで初めて受賞(第54回カンヌ国際広告祭)
  • 2007年(平成19年)
    9月1日
    東京・銀座で商業ビル「マロニエゲート」が開業
  • 2007年(平成19年)
    10月1日
    日本経済新聞社、朝日新聞社と、共同サイトの運営、販売事業の業務提携、災害時の新聞制作の相互援助などを行うと発表
  • 2007年(平成19年)
    10月16日
    渡辺恒雄主筆が日本新聞協会の新聞文化賞を受賞。読売では、馬場恒吾(1951年度)、正力松太郎(62年度)、務台光雄(80年度)に続く受賞
  • 2008年(平成20年)
    3月31日
    朝刊から「メガ文字」を導入。基本文字を約23%大きくし、紙面段数を14段から12段に移行
  • 2008年(平成20年)
    12月1日
    「読売ウイークリー」が休刊(1943年に創刊した月刊誌を52年から週刊誌化)
  • 2009年(平成21年)
    2月10日
    創刊号から現在までの読売新聞記事をインターネットで検索・閲覧できる「ヨミダス歴史館」のサービスを開始
  • 2009年(平成21年)
    3月16日
    人気アニメ「ポケットモンスター」のキャラクターが日替わりで紙面に登場する「ポケモンといっしょにおぼえよう!」の企画がスタート
  • 2009年(平成21年)
    4月16日
    創刊135周年を記念し、新時代にふさわしい100の景観を選んで顕彰する「平成百景」の認定地を発表
  • 2009年(平成21年)
    10月20日
    新聞とテレビの連動企画「広告に、事件を。」が日本新聞協会の新聞広告賞・新聞社企画部門を受賞
  • 2009年(平成21年)
    10月29日
    医療・介護・健康情報サイト「yomiDr.」(ヨミドクター)を開設
  • 2009年(平成22年)
    12月22日
    沖縄返還交渉時に日米両首脳が結んだ核密約文書が、佐藤元首相邸で保管されていたことを読売新聞夕刊でスクープ(2010年度の新聞協会賞を受賞)
  • 2010年(平成22年)
    6月14日
    読売新聞朝刊の4コマ漫画「コボちゃん」が、連載1万回に到達
  • 2010年(平成22年)
    9月1日
    読売新聞東京本社の社屋建て替えに伴い、東銀座の仮社屋に本社機能の移転を開始
  • 2010年(平成22年)
    10月15日
    「読売新聞×AKB48」プロジェクトが日本新聞協会の新聞広告賞・新聞社企画部門を受賞
  • 2011年(平成23年)
    3月3日
    読売KODOMO新聞を創刊
  • 2011年(平成23年)
    3月11日
    東日本大震災で印刷工場が被災。6工場で印刷不能に
  • 2011年(平成23年)
    6月7日
    読売新聞グループ本社、読売新聞東京本社の社長に白石興二郎が就任
  • 2011年(平成23年)
    7月21日
    東電女性社員殺害事件で、遺留物のDNAが受刑者とは別人のものだったとスクープ(2012年度の新聞協会賞を受賞)
  • 2011年(平成23年)
    10月12日
    読売KODOMO新聞が、世界新聞・ニュース発行者協会(WAN―IFRA)の世界青少年読者賞(編集部門)で審査委員会栄誉賞を受賞
  • 2012年(平成24年)
    5月14日
    スマートフォンに対応した読売新聞読者限定の有料サービス「読売プレミアム」をスタート
  • 2012年(平成24年)
    10月11日
    iPS細胞から心筋の細胞をつくり、心不全患者に移植する治療が行われたと読売新聞朝刊に誤報を掲載(関係者を処分)
  • 2013年(平成25年)
    4月1日
    読売新聞社の英字紙「THE DAILY YOMIURI」が「The Japan News」に題号を変更
  • 2013年(平成25年)
    4月1日
    記者教育のための記者塾を新設
  • 2014年(平成26年)
    1月6日
    読売新聞東京本社の新社屋「読売新聞ビル」が開業
  • 2014年(平成26年)
    3月28日
    「よみうり大手町ホール」が読売新聞ビル内にオープン
  • 2014年(平成26年)
    10月11日
    全国の小中高校、大学、企業・団体をつなぐ「読売教育ネットワーク」を創設
  • 2014年(平成26年)
    11月2日
    読売新聞が創刊140周年を迎える
  • 2014年(平成26年)
    11月7日
    読売中高生新聞を創刊
  • 2014年(平成26年)
    11月14日
    群馬大病院での腹腔鏡(ふくくうきょう)手術後に8人死亡をスクープ
  • 2014年(平成26年)
    12月1日
    より正確で信頼される紙面作りのために、編集局内に適正報道委員会を新設
  • 2015年(平成27年)
    4月9日
    読売新聞の創刊からの号数が5万号に到達
  • 2015年(平成27年)
    9月2日
    2015年度の新聞協会賞発表。「群馬大病院での腹腔鏡(ふくくうきょう)手術をめぐる一連の特報」(編集部門)と、「新聞用完全無処理CTPプレートの開発と実用化」(技術部門)がダブル受賞
  • 2015年(平成27年)
    9月3日
    読売中高生新聞が世界新聞・ニュース発行者協会(WAN―IFRA)の世界青少年読者賞(編集部門)の最高賞を受賞

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