提言報道の記録

読売新聞がこれまで行ってきた提言報道の実績をご紹介します。

1994年11月 読売憲法改正試案

冷戦が終結し、国際情勢が大きく変わる中、国民的な憲法論議を深めるために発表した。試案では、主権者は国民であり、国政は議会制民主主義によって運営されることを明確にするために「国民主権」の章を新設し、第1章に置くとした。安全保障政策では、「自衛のための組織」として自衛隊の存在を明確に位置づけ、「国際協力」に関する条項を新設した。

その後の動き

衆参両院に憲法調査会を設置(2000年1月)

1995年5月 総合安全保障政策大綱

外部からの侵略や争乱によるものだけではなく、自然災害や大規模事故、テロ・環境破壊なども含めた「脅威および災禍」に備える諸施策・国内体制の整備を提唱した。日本が個別的自衛権に加えて、安全保障上の利害を共有する同盟国と協力しながら集団的自衛権を行使できることを明確にした。

その後の動き

在外邦人などの救出・輸送に自衛隊の艦船も使えるようにする改正自衛隊法が成立(1999年5月)

1996年5月 内閣・行政機構改革大綱

首相がリーダーシップを発揮して政治課題に果断に対応できるよう首相権限を強化することを提唱した。閣議を名実ともに最高意思決定機関とするため、閣僚の数を大幅に削減することを求めた。当時の1府8庁12省体制を、内外の構造変動や新たな行政需要に対応するため、1府9省に統合・再編するよう提言した。

その後の動き

中央省庁が1府12省庁に再編(2001年1月)

1997年5月 21世紀への構想――国のシステムと自治の再構築をめざして

地域の個性ある発展と地方自治の自立・自己責任の原則を確立するため、都道府県・市町村体制を「12州・300市」に統合・再編するよう求めた。同時に、国と地方の役割分担を根本から見直すことを提唱した。外交、防衛など「国」の基本に関する統一的な政策は国が担当、「市」は医療、教育など身近な生活に関した行政を守備範囲にするとした。

その後の動き

小泉首相が地方制度調査会に「道州制」導入などを諮問(2004年3月)

1998年4月 あすでは遅すぎる 経済危機七つの提言

景気が冷え込む日本経済の状況は「戦後最大級の難局」であるという認識に立ち、橋本内閣に対し、政策の優先順位を変え、財政再建より景気への配慮を優先させるよう求めた。当面、柔軟な財政出動が可能になるよう、財政構造改革法に弾力条項を導入し、年度ごとの赤字国債の削減規定を停止することが必要とした。

その後の動き

特別減税を実施するため、赤字国債を増発できるようにした財政構造改革法が成立。大規模な経済対策を実施(1998年5月)

1998年5月 政治・行政の緊急改革提言

経済危機にイニシアチブを発揮できない政治の立て直しに向け、政治の指導性を確立するためのシステム改革を提言した。具体的には、▽内閣が国会に法案を提出する際、与党の事前承認を必要とする慣行を廃止する▽国会議員による本会議政党間討論制度を創設する――などを提唱した。

その後の動き

綿貫衆院議長の私的諮問機関「衆院改革に関する調査会」が、法案に関する与党事前審査の廃止を求める答申を提出(2001年11月)

1998年5月 あすでは遅すぎる 税制改革への提言

税制改革への提言では、日本経済に活力をよみがえらせるため、「恒久減税」を求めた。弱者保護に名を借りた様々なゆがみをただし、グローバル・スタンダード(世界標準)にあった税体系に改めることも大切だと訴えた。6月の政治への提言では、経済専門家を首相補佐官に起用するよう求めた。

その後の動き

所得税・住民税や法人税の恒久減税を実施するための減税関連法が成立(1999年3月)

1998年7月 小渕新政権へ提言

橋本首相(自民党総裁)の退陣表明に伴い、自民党は後継総裁に小渕恵三氏を選出した。新政権発足を前に、金融安定化、デフレ阻止へ政策の大転換、経済活力を引き出す税制の抜本改革など五つの政策を柱とした「100日間の緊急行動計画」を策定し、実施するよう提言した。

その後の動き

小渕首相が就任後初の所信表明演説で、景気回復について、「一両年のうちにわが国経済を回復軌道に乗せるよう、内閣の命運をかけて全力を尽くす」と表明(1998年8月)

1999年5月 領域警備強化のための緊急提言

1999年3月の北朝鮮工作船領海侵犯事件で、日本の領域を守るための法制度が不備であることが露呈した。提言では、自衛隊に領域警備や警戒監視の任務を与えるため自衛隊法の改正を求めた。領域警備事態で、首相が機動的に指揮できるよう内閣法を改正することを提唱した。

その後の動き

防衛庁が不審船立ち入りのため、海上自衛隊に特別警備隊を設置(2001年3月)

1999年5月 このままでは危ない 経済再生へ五つの提言

日本経済を自律的な回復軌道に復帰させるためには、大胆な政策を時機を失せずに打つことが必要と提唱した。金融システムを巡る不安回避のため、2001年4月からの、預金の払い戻し保証上限を1000万円とする「ペイオフ」の解禁を延期するよう求めた。日銀に対しては、金融の量的緩和に踏み切るべきだと提唱した。

その後の動き

ペイオフの凍結解除を2002年4月まで延期する改正預金保険法が成立(2000年5月)

1999年7月 医療の改革を急げ 新世紀への五つの提言

日本の先端医療を検証した結果、がん克服に国を挙げて取り組む米国に比べ、日本のがん対策は極めて貧弱であることが分かった。提言では、▽がん死亡「1割減」へ総力を挙げよ▽世界水準の新薬開発をめざせ▽生命科学10か年戦略を策定せよ▽医療機関の治療実績を公表せよ▽偏差値だけで医師の卵を選ぶな――と提唱した。

その後の動き

政府が「ミレニアム・プロジェクト」(千年紀事業)を決定。認知症やがん、糖尿病、高血圧など高齢者のかかりやすい病気の遺伝子情報を解明し、画期的な新薬の開発に着手する方針を盛り込む(1999年12月)

1999年11月 社会保障制度改革への五つの緊急提言

少子・高齢化が急速に進み、老後の暮らしを支える社会保障制度への信頼が揺らぐ中、年金、医療、介護制度をはじめ、財政、少子化問題にも踏み込んで、5項目の緊急提言を行った。高齢者にもコスト意識を持ってもらうため、高齢者医療にも一定程度の「定率制」を導入するよう求めた。

その後の動き

医療保険制度改革関連法が成立。70歳以上の高齢者の自己負担は入院、外来とも医療費の原則1割定率に(2000年11月)

2000年2月 地方新税制についての緊急提言

石原慎太郎東京都知事が都議会に、大手銀行に対する法人事業税の外形標準課税導入案を提案し、波紋を広げた。この問題を受け緊急提言では、公平で安定的な地方財源の確保のために「全国同時、全業種を対象」とする法人事業税の外形標準化を2001年度から実施するよう求めた。

その後の動き

全業種を対象にした外形標準課税を全国同時に導入(2004年4月)

2000年5月 憲法改正2000年試案

国民的な憲法論議をさらに深めるため、そのたたき台となる憲法改正第2次試案を発表した。国民の権利と密接に絡む「公共の福祉」の内容として「国の安全や公の秩序」などを明示したほか、政党を憲法に初めて位置付けた。外部からの侵略や大規模災害に万全な対応ができるよう、新たに緊急事態条項を設けた。

その後の動き

衆院憲法調査会が中間報告を議長に提出(2002年11月)

2000年11月 教育緊急提言 新世紀の担い手育てるために

提言の第一に「『教育改革』を改革せよ」を掲げた。入試や学習指導要領のひんぱんな見直しなど技術的なレベルの「教育改革」を超えて、「子どもとは何か、育てるために何が大切か」という教育の原点に戻って考えることを求めた。責任ある自由を柱に教育基本法を新たに作り直すことを提唱した。

その後の動き

教育基本法が制定以来59年ぶりに改正。同法の前文に教育の理念として「公共の精神を尊び」を追加(2006年12月)

2001年3月 デフレ阻止へ緊急提言

日本経済がデフレ・スパイラルの危機に直面する中、この状況を打開するため6項目の緊急提言を行った。最大の責任は政治にあるとして、国民と市場の信頼を失った森首相は退陣し、ざん新な布陣の新内閣の下で、果断に政策を実行しなくてはならないと訴えた。金融当局に対しては、デフレ阻止にあらゆる手段を尽くすよう求めた。

その後の動き

日本銀行が量的緩和を決定。その後も量的緩和を拡大(2001年3月)

2001年4月 日本再生 五つの提言

森首相が退陣し、小泉内閣が発足した。新政権発足にあたり行った緊急提言では、▽大きなマップを描き、強力に実現せよ、デフレ脱出と改革の両立を期せ▽ポピュリズム的な政治手法を排せ▽「新傾斜生産方式」で生産再生をはかれ▽資本市場を育成し強い金融の構築を▽不良債権処理で10年不況に終止符を打て――と訴えた。

その後の動き

民間金融機関が保有する持ち合い株式を売却する際の受け皿となる銀行等保有株式取得機構が発足(2002年1月)、新証券税制がスタート(2003年1月)

2001年10月 「世界の危機 日本の責任」緊急提言

2001年9月の米同時テロは世界を震撼(しんかん)させ、米経済にも大きな打撃を与えた。緊急提言では、政治・経済両面で日本の取るべき道を示した。具体的には、▽テロ対策法案の成立を急げ▽「一国平和主義」意識を捨てよ▽自衛隊に領域警備任務を与えよ▽集団的自衛権の行使を認めよ▽緊急経済対策を早急に――などと提唱した。

その後の動き

テロ対策特別措置法などテロ関連法が成立(2001年10月)。米軍などに燃料補給などを行うため海上自衛隊艦船をインド洋に派遣(同11月)

2002年5月 個人情報保護法案・人権擁護法案の修正試案提言

国会で審議入りした両法案について修正試案を緊急提言した。個人情報を保護する法制の整備と新たな人権救済機関の設置は時代の要請にかなうものであるが、その一方で、国民の「知る権利」を保障する「表現の自由」を損なうことがあってはならないからだ。個人情報保護法案については、「透明性の確保」の原則は報道分野への適用を除外することなどを求めた。

その後の動き

個人情報保護法が成立(2003年5月)

2002年9月 目指すべき税制改革の提言

読売新聞が実施した「税制改革に関する全国世論調査」の結果は、国民が悪性デフレにあえぐ日本経済の危機克服に、大胆で効果的な税制改革と大幅な減税を求めていることを示した。提言では、小泉首相に税制改革に指導力を発揮することを求めた。消費喚起策として、生前贈与の円滑化を軸とした相続税・贈与税の見直しに取り組むことを提唱した。

その後の動き

与党が、相続税・贈与税の最高税率を70%から50%に引き下げることを柱とする税制改正大綱を決定(2002年12月)

2003年3月 有事下の経済危機 六つの提言

イラク情勢が緊迫化する中、東京株式市場の株価が終値でも8000円を割り、20年前の水準に落ち込んだ。提言では、小泉首相が大胆な政策転換で「デフレを終わらせる」と宣言し、デフレ脱却に最優先で取り組むよう求めた。不良債権処理の加速が存続可能な企業の倒産につながらないよう現実路線での処理を提唱した。

その後の動き

りそなホールディングスへの公的資金の注入を決定(2003年5月)

2004年5月 憲法改正2004年試案

1994年試案、2000年試案の骨格を踏襲しながら、前文に、「個人の自律」「相互の協力」の精神の下に、「自由で活力があり、かつ公正な社会」を目指すことを盛り込むなど、国の理念、基本的価値をより明確にした。新たに家族条項を設けるとともに、生命倫理、情報享受の権利の規定を明文化した。

その後の動き

憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立(2007年5月)

2008年4月 年金改革に関する提言

提言は、すべての国民による応分の負担で支え合いの仕組みを強化し、年金制度の持続可能性を高めることで、超高齢時代の老後保障を確実にすることを目指した。現行の社会保険方式を基本に、基礎年金の受給に必要な加入期間を25年から10年に短縮し、最低保障年金を創設して月5万円を保障することを提唱した。

その後の動き

厚生労働省が、基礎年金の最低保障機能強化を柱とした年金制度改革の原案を提示。基礎年金の受給資格期間の10年程度への短縮、パート労働者への厚生年金適用拡大などを盛り込む(2008年9月)

2008年10月 医療改革に関する提言

年金改革提言に続き、超少子高齢社会にふさわしい医療・介護の社会保障の方策を打ち出した。提言は、お産、救急医療、認知症の介護などが安心して受けられるよう、直ちに実施すべき「緊急対策5項目」と、中長期にわたる「構造改革5本の柱」からなる。財源として、2011年度までに消費税を「社会保障税」に切り替えて、税率を10%に引き上げるよう提唱した。

その後の動き

政府の社会保障国民会議が、社会保障制度について「機能強化が必要」として給付拡充を求める最終報告を提出。機能強化で追加的に必要となる財源額は、社会保険方式の場合、2015年度に消費税率換算で3・3~3・5%、税方式では同年度に6~11%が必要と試算(2008年11月)

2010年5月 経済再生に向けた緊急提言

民主党政権が誕生しても、デフレ克服のメドは一向に立たなかった。提言では、鳩山内閣に対し、財源なきバラマキ政策を改め、成長を促す政策に転換すること求めた。法人税実効税率の20%台への引き下げを目指すとともに、新たな通商戦略を策定するよう提唱した。

その後の動き

菅内閣が法人税実効税率を「主要国並み」に引き下げるとする新成長戦略を閣議決定。自民党が参院選公約に法人税実効税率の引き下げについて、20%台が目安と明記(2010年6月)

2011年8月 震災復興緊急提言

東日本大震災の発生から5か月を経過しても、ままならない復旧・復興に国民のいらだちは募った。提言では、菅首相の早期退陣で人心一新を断行し、与野党協調の新体制を構築することを求めた。また、▽消費税率上げで財源確保▽暮らしの再建が最優先だ▽放射能に苦しむ福島を救え▽電力危機を直視すべきだ――と提唱した。

その後の動き

東日本大震災の被災地の復興を加速させるため、規制や税制などで特例を設ける復興特区法が成立(2011年12月)。復興の司令塔となる復興庁が発足(2012年2月)

2013年5月 医療改革に関する提言

2008年の医療改革提言に続き、医療の国際競争力を高め、日本の成長に弾みをつけるための改革案を提言した。日本の医薬品と医療機器は国際競争力に乏しく、多額の貿易赤字で成長の足かせになっているからだ。医療を成長のエンジンにするため、医療産業の国際競争力の強化や、規制改革の加速、国家戦略の強化などを提唱した。

その後の動き

政府が「健康・医療戦略」を決定。▽病気の予防や食事・運動指導などのサービスを提供する産業の支援▽医薬品・医療機器の輸出促進に向けた税関手続きの電子化推進――などを盛り込む(2013年6月)。医療研究の司令塔となる国立研究開発法人「日本医療研究開発機構」が発足(2015年4月)

2017年2月 社会保障に関する提言

人口減、少子高齢化の現実に立ち向かい、経済成長を確かなものとするには、子育てや介護の環境を大きく改善しなければならない。▽カギは1~2歳児保育だ▽安心の介護と認知症対策を▽保育・介護の人材確保を急げ▽働き方改革で担い手を支援▽あらゆる資金の活用を―の5項目を提言し、政府・自治体のみならず、企業など民間の力の結集も求めた。

     

その後の動き

政府の「子育て安心プラン」(2017年6月)や地域包括ケアシステム強化法成立(同5月)、介護報酬改定(2018年4月)で主要部分が実現。

2020年6月 新型コロナウイルスに関する提言(第1次提言)

新型コロナウイルスは、日本で900人を超える死者を出し、経済・社会活動を様々な形で止め、国民の間に大きな不安を広げた。感染症に強い社会を築くため、▽感染症対策不在から脱せよ▽「コロナ不況」脱却に全力を▽首相直属の本部を設けよ▽国は地方任せにするな▽休校でも学習機会の確保を▽国際協調の機運を取り戻せ▽コロナ差別を許さない風潮を―の7項目の緊急提言をまとめた。

その後の動き

政府がPCR検査体制を拡充し、同検査は1日17万5千件を上回る水準に(2021年3月末現在)。

2021年3月 新型コロナウイルスに関する提言(第2次提言)

新型コロナウイルス対策で1都3県に出された緊急事態宣言が解除されたタイミングでの提言。入院できない患者が続出し、医療体制のもろさを露呈した。感染力が高いとされる変異ウイルスの流行が懸念される中、コロナ対策の長期化を前提とし、感染再拡大を抑止しうる体制を戦略的に構築するため、以下の対策を提言した。▽パンデミックでは病床を「有事用」に▽感染爆発に耐える医療計画策定▽国はワクチン確保に全力を▽変異ウイルス 監視で封じ込め▽仮設医療・療養施設の展開を迅速に▽看護師の負担軽減を徹底▽保健所の職員を増員せよ